表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/72

       * 身代りの器


自分の想いを処理しきれないままで、前に進めるものか。


いや?それすらも抱えて進むのがいいと思いますが。


 

 この身の在り方を

 

 誰に割り振られたのかなどと

 

 何故、気に病まなければならないの?

 

 ・:*:・。・:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。*:・。・:*:・。:・。・

 

 ディーナは一人庭園に佇んでいた。

 ジャスリート家には小さな池がある。そこに腰下ろし、覗き込む。

 背に春の日差しを受けながらのぼんやりは、何とも言えず心地よい。

 それでもこの深い部分だけは、なかなか暖まってはくれない気がした。

 それでもどうにか幾らかは、心を占める空しさを埋めてくれなかろうかと願う。

 水辺に指先を浸した。

 

 ディーナは水が好きだ。触れていると何とも言えず、楽しい気分になる。

 そんなディーナにフィルガは最初のうちこそ、躍起になって止めに入っていた。必ず衣服を水浸しにするからだ。

 最近は諦めたのか、ディーナが遊びを堪能した後でやんわりと止めに来るようになった。

 

 指先に伝わる水の感触の冷たさが、どうにかディーナを今ここに居るのだと教えてくれている。

 

 ここ最近の意識の飛びようは何なのだろう。

 神殿の書状を受け取ってから、徐々にその頻度も多くなった気がする。

 最初は緊張の余り意識を呆けさせてしまったのかと思っていたが、どうやら違うと見た方がいいのだろう。

 逸らせない真実に気が付き始めている自分に叫びだしたくなる。

 先ほどのフィルガの様子を見ると何かがあったと推測して当然だろうに。

 それなのにフィルガと来たら相変らず、言葉を濁してあいまいな事を言うばかりなのだ。

 何だっていうのだろう。

 

 自分を見る、あの瞳。

 あれは憐れみだと思う。

 なんなのだ、一体。

 これから神殿に上がる無力な小娘の行く末を案じてのものなのだろうか?

 それとも・・・・・?

 釈然としない。

 フィルガは何かを隠している。それを思うと胸が軋む。

 そう。フィルガはいつだって肝心な事は何ひとつ、言ってはくれない。

 自分の胸一つで収めようとする。

 やめて欲しい。確かに自分は頼りないかもしれないが、ディーナだって当事者なのだから知る必要がある。

 権利があると主張する。

 ルゼやフィルガの言い回しを真似るなら、そうなる。

 でも聞くのが怖くて、黙ってしまうディーナ自身にも問題があるのだ。

 そのことに気が付いている。

 

 じゃあ訊いてみたら良い。ただそれだけの話だ。自分は何をためらっているのだろう。

 このままこうして水遊びをしていても、本当に心が晴れることは無いのに気が付いているのならそうすれば良い。

(フィルガ殿は何をわたしに隠しているの?)

 隠し立てする彼を責めているようでその言い方は少し違う気がした。

 彼が言い淀むときは、彼にとっての不都合ではない事に薄々ディーナも勘付いている。

 聞いたら確実にディーナが取り乱すだろうから、濁すのだ。

 それを思うと胸が騒ぐのは何故だろう。

 その事にもディーナは戸惑いを隠せなかった。

 

 深く身を乗り出して水面を覗き込むと、波紋が広がった。

 雨。

 にわか雨だと思う。

 ぽつ、と一滴天から降り注いだ。

 あの遥か彼方からディーナの元へと届いたのかと、天を仰いだ。

 よくぞここまで。素直にそう思う。

 よくよく目を凝らして天を見つめ上げる。

 それでも澄み切った空には、雨雲らしきものは見当たらなかった。

 ひとつ、瞬くとまた雫が頬を伝った。

 ああ。何てことは無い。雨雲がよぎったのは他でもない自分の空色の瞳だったのかと思い苦笑する。 

 確かめるように自身の指先を水面から引き上げて、触れてみた。

 確かに濡れているが、自分の指先が濡らしたのかもしれないと往生際悪く考えてみる。

 目蓋を閉じて、熱いものを押し留めようと思う。それなのに――。

 ディーナは眉根を寄せた。

 対するフィルガの、曇天を思わせる瞳を思う自分がいたからだ。

 彼の瞳はいつだってディーナの青空に影を落とすのだから、と恨み言すら浮かんでくる。

 

 それでいて、あの眼差しに光射すといいとも願っている。願っている!

 

 ディーナはこれ以上瞳を閉じているのもままならなく、もどかしい想いを抱いたまま再び光を見た。

 願いを胸に秘めたまま、覗き込む水面に映るのは誰だろう。

 ふとそんな気がした。

 自分はただの器でしかないのだろうか。

 それは予感と言うよりも、確信に変わりつつあった。

 情けない虚ろな表情は、自身のあり方に確証が持てず不安そうだ。

 そのはずだ。

 だが、水面の中の自分はうっすらと微笑んでいる。

 それこそ驚いて身を乗り出して覗き込んだ。

 揺れる水面が見せた幻惑なのだろうか。

 それとも――?

 ディーナは弾かれたように浸していた指先を引き上げた。

 このまま指先を水中に引きずり込まれてしまいそうな恐怖感に慄く。

 そうして入れ替わったが最後、自分はきっと意識の深くに沈み込められてしまうかもしれない。

 そう思ったら涙が溢れた。

(シィーラ。あなたはどこにいるの?今、ここにいるのではないの?)

 こことは、ディーナ自身の内面を指す。

 この胸の内。ディーナは濡れた手のまま、構わずに胸元を押さえ込んだ。

 痛い。

 それが答えなのかと思うと、また痛みが増す。

 自分はこちら側に何らかの理由で留まれなくなったシィーラという存在の器になるためだけに呼ばれたんではなかろうか。

 身代わりですらなく。

 それはそうだとしたら、何とも言えず残酷な事実だ。

 ディーナは浅く忙しく呼吸を繰り返しながら、瞳を閉じた。

(もう、たくさんだ)

 

 こうやってただ佇んでいるのも、何も訊けずに何も答えてもらえないまま、存在をあやふやにしたままでいるなんて。

 (もう、たくさんだ!)

 唇を強く噛み締める。

「ダグレス」

 低く小さくわななく唇が、獣の名を呼ぶ。

 ””お呼びでしょうかな、嬢様””

「ええ。ダグレス、お願い。私をまた連れて行って欲しいの。あの橋へと」

 ””御安い御用でございます、嬢様””

 獣はうやうやしく、前脚を折ると頭を垂れた。

 

 ・:*:・。・:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。*:・。・:*:・。:・。・

 

 この橋を渡る。

 向ってくる、時には背を押してくれる風と共に渡る。

 霧と共にだったら、やはりもっと容易く思い出せそうな気がする。

 瞳を伏せがちにして、自身の爪先を見た。

 この爪先すら見えぬほどの深い霧を望むが叶わない。

 ならば仕方が無い。

 ディーナは再び橋へと一歩を踏み出していた。

 後ろからはダグレスが、注意深く付き添ってくれているから安心できる。

 日の光を浴びながら、ディーナ自身がまとった霧をふり払いたまえと願いを込めつつ進んだ。

 迷いという名の霧を晴らして、自分はどこへ向おうとしているのだろうか。

 霧のようなつかみどころの無い、不安の正体は何か見極めたい。

 そう思ったが、少々違うようだ。

 まずはソレをしかと見据える勇気が欲しい。

 事実をありのまま受け止める自分でありたい。

 そうでなければ自分が何故橋を渡ってきたのか、思い出してもきっと意味が無い。

 そう思える。今なら。

 思い出さずとも、ディーナはディーナだという訴えを取り下げる気は無い。

 

 そもそも、フィルガが悪いのだ。

 

 何も教えずに済まそうとする、取り澄ました態度を崩さない彼が悪い。

 

 本当は一番、一番!取り乱しているくせに、と怒鳴ってやればよかった。

 

 こんな所に着てまで、八つ当たりだ。

 

(紅雷。どこ?会いたいよ)

 

 自分が領域を侵して、危険を犯せば必ず彼は着てくれる。

 そう踏んでいる。

 これは賭けだ。

 着てくれなければ、ディーナ自身このまま神殿に向ってやろうとすら考えている。

 もうたくさんだから。何もかもが!

 

 橋を渡れば結界とやらの領域に触れる。それはフィルガをも刺激するだろう。

 彼は今度はどう出るだろうか。底意地悪い気持ちで、ディーナは見ものだと思った。

 それもある。だが、それ以外にも気になる点があった。

 あの時、橋を渡ろうとしたとき。

 行くな、と強く呼びかける声があったからディーナは振り返ったのだった。

 あの時の意志の現れの主は、どう考えたって銀の彼でしかない。

 ディーナに名乗らずに、でも必死で呼び止めてくれたあの方。

 一目見てその場で彼を特別だと思った。

 なのに。名乗らず答えず、彼はディーナのもとから立ち去ってしまった。

 

 紅雷。クライ、クライ、クライ。

 

 私の紅い雷はどこかしら?

 

 さきほどだってそうだ。

 微かに彼の気配がした。だから、ディーナは戻ってこれたと確証している。

 それなのに、目覚めてみれば彼の姿はどこにもない。

 代わりにと言っては何だが、心配そうに覗き込むフィルガの眼差しがあった。

(ひどいよ、ずるいよ。自ら呼んでおいて、自分は返事もしてくれない、なんて)

 

 ディーナは、まずはそこら辺をはっきりさせたいと思っている。

 

 紅雷。返事をしてちょうだいよ。

 

 そのためにもまずは、彼を引っ張り出さねばなるまい。

 話はそれからだ。

 彼もきっと懐かしの風を孕み持つ者、縁の者だ。

 

 ・:*:・。・:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。:*:・。*:・。・:*:・。:・。・

 

 そんな意気込みに胸を震わせながら進む。

 橋の作りは弧を描く形のため、中央に来るまでそのむこうがわは見えにくい。

 まるで空に向って歩いているかのような、そんな錯覚にすら足元を取られそうになる。

 ただ、ただ進んだ。

 妙なこの胸の高鳴りは、期待感から来るものなのか。

 それとも、よからぬ予感から来るものなのかは図れない。

 一歩一歩、進むたび鼓動もまた早まるのを止められない。

 橋の中央まで勢い任せでたどり着いて、それからディーナの足はぴたりと止まった。

 

 その背中を見せる人物に、息を飲んで見守る。

 

【やぁ、ディーナ。どこへ行こうというんだい?ボクは言ったはずだけど、もしかして忘れたの?】

 

 ディーナが声をかけるよりも早く、彼は振り返った。

 

「トゥーラ」

 

 トゥーラ・ファーガ・ジャスリート。

 かつてそう名乗った少年が、そこには居た。

 右肩に孔雀を止まらせて、孔雀共々咎めるような視線を送ってくる。

 

 

 



『前向きなんだか・後ろ向き何だか』


ディーナの不完全燃焼をどうにかしてあげたい。

それから本当の意味で立ち向かえたらいいな、と思います。

何にだ。まずはそこを見極めない事にはね、の章です。

仲違いしてる場合じゃないですから、最終章は。

と、いってもまだまだ先ですが〜。


お付き合いありがとうございます!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ