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       * 久方の再会


『おひさしぶりでゴザイマス』


ディーナはどうしちゃったのでしょうか?

 いつも儚げな微笑を絶やす事のなかった母。

 

 それは幼心にもこの胸を締め付けられた風景であったこと、忘れていない。

 

 出来れば眠らせたまま、目覚めさせたくは無い記憶の断片。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・::*:・。・:;*:・。・:*:・。・:*・:・。・・*:・。・:*:・。:・。・

 

 恍惚とした表情を浮かべ、自分をみているようで見てはいない微笑みは誰に向けらたものだったのか。

 いつも笑み浮べていたはずのあの人は、はかなく淡い哀しみを思わせた。

 今になって分かった。何故、子供心にもあのようにその笑みを繋ぎ止めたいと必死になったわけが、ようやく。

 フィルガはその紅い髪を見下ろしながら、目を細めた。

 こちらに視線を寄こしながらも、その焦点は曖昧で揺れている。

 

 あのひとはいつだってフィルガを見てはいなかった。これっぽっちも。

 視線をさ迷わせた先にはいない、彼女のただ唯一の想い人だけを見ていたのだから。

 こちら側(・・・・)にいながら、いつだって思いを馳せていたのはあちら側(・・・・)の方だった。

 それがどれだけ周りの人間に痛みを与えたかなど、あの人はわかっていただろうか。

 だからだ。フィルガはやっと思い当たる。

 ディーナに、自分を『フィルガ』を見ろと躍起になっていた焦燥のワケが知れた。

 ひどい。あまりに酷い事を、フィルガはディーナに要求していたのだ。

 シィーラの身代わりとして、しかしシィーラとは違う眼差しを寄こせと!

 もちろん、面と向ってではない。

 だからこそタチが悪い。勘のいいディーナのことだ。

 はっきりと言葉に出来ないままに、感じ取っていたに違いない。

 だからいつまでたっても彼女は不安げにしていたのだ。

 そうさせていたのは紛れも無く自分だというのに、フィルガはディーナだけを責めていた。

 いつまでもフィルガに心許しきる事は無く、獣たちとばかり(たわむ)れる彼女にひどく苛立っていた。

 物分りのいいフリをして、フィルガは表面だけの笑みを見せてこそいたが、内心は面白くない。

(それこそ・・・俺も母と同じではないか)

 ディーナもシィーラと一緒で、獣にしか心を許せないのだと決め付けて見ていた。

(ディーナ。すまない)

 フィルガは目の前の少女に詫びたかった。直接(・・)

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・::*::。・:*:・。・・*:*:・。・・。

 

「”どうか手合わせをフィルガ殿。もう、机にかじりついてのお勉強にも飽いてしまったの”」

 傍らの木に手を沿わせながら、その周りをゆったりと回りながらディーナの唇は歌うように呟いた。

 フィルガを捕らえる眼差しもどこかここにあらずといった風情で、嫌になるくらい平素のディーナの成りからは遠い。

 フィルガは舌打つ。そうだ。自分は何故ディーナを彼の女性(ひと)と似ているなどと本気で言ったのだろう。

 どうかしている。とても、正気だったとは思えない。それはきっとディーナを苦しめたに違いない。

 もう二度とするかとフィルガは固く誓った。例え口に出さずとも、心の中であってすらもけっしてだ!

 決意のまま、強く強く名を呼ぶ。声を張り上げる。

「ディーナ。戻って下さい。どうか、ディーナ!聞こえたならば返事を」

 

 フィルガは必死に彼女の気配を追いながら、ディーナを呼び戻そうとした。

 その急速に失われていく気配は、この間の脱走劇および介入の比ではない。

 ディーナという意識がまるごと、闇に沈められて行くのだけは何としても阻止せねばならない。

 目の前にいる紅い髪の少女は紛れも無く『ディーナ』ではある。フィルガが橋のたもとで引き寄せた花嫁。

 しかし、その身の内を支配する気配が違えば見逃すわけにいかない。

 しかも、その馴染み深い強烈な存在感にフィルガは怒りを覚える。

 それすらも通り越し、今は嫌悪感すらつのり始めていた。

「”聞こえているわよ、フィルガ殿?”」

 くすくすと笑いながら、目の前の少女は答えたが、フィルガは良しとはしない。

「何のつもりですか!?今さら、アナタ(・・・)は橋の向こうに在るはずでしょう!」

「”あら。なぜ?私はディーナよ”」

 小首を傾げて少女の体を借りた者が、ころころと笑いながら言い切った。

 明らかにからかいを含む声音は、フィルガを高みから見下ろしている。

「違います!アナタはシィーラ(・・・・)だ!」

「”なぜそう思うのかしら?紅い髪に空色の瞳のワタシなのに?”」

「間違えるわけが無い!俺がディーナとシィーラを間違えたりなどするものか!見くびらないで頂きたい」

 木漏れ日を追いかけて、踏み歩くのを楽しんでいた爪先から、視線をようやっとフィルガに向けた眼差しを捕らえた。

 対する彼女も逸らすことなくそれに答える。

「”ふぅん?”」

「何です!?」

「”当たりー”」

 にこりと彼女は笑みを見せた。それが『よくできました。』と言われているようで、フィルガは癪に障った。

「当然です」

「”えー?だってこんなにわたくし、馴染んでるのに!ね・ね!そう思わない事?気配を上手に隠していたのよ。

 驚かせようと思って!それが、確かに目は利くけど、気の利かない息子のせいで台無しだわ。

 ゆっくり、ゆっくり、徐々に、徐々に、慎重に・・・ディーナちゃんに介入してきたのにー”」

 確かにとフィルガは認めるしかない。

 しかし完璧にシィーラは気配を消しきれていないし、ディーナを押し込んでもいないのだ。

 明らかに『手加減』が見て取れる。そうした術者としては命取りである、わずかなほころびを見せてくれている。

「アナタが息子を見くびりすぎているだけの話でしょう。何が不満なんですか!いいかげんにして下さい!」

「”そうみたいね。もうちょっと、ディーナかシィーラか迷ってくれてもいいと思って。つまらないわ。フィルガが困った顔が見たかったのに”」

「何しに来たんですか!?アナタと遊んでる暇は無いのです。

 ディーナには覚えこませねばならない事が山とある。さっさとお引取り願いたい」

「”そうね。だから来たの。ディーナちゃんにはまだ・・・無理があると思うわ。神殿の能力者たちと渡り合うには”」

 吹き抜けてゆく風に目を細め、なびく髪を押さえながら呟きを乗せる少女。

 そこには憂いが見えるものの、凛とした立ち姿のように見える。

 こんなにも真っ直ぐな瞳を、かつてこの人から向けられた事があったろうか?

 そう思わず記憶をさらう。

 

 ディーナであって在らずものの姿であるはずなのに、フィルガは不覚にも目を奪われていた。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・::*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

「”改めて!お久しぶりね、フィルガ”」

「ディーナから除けて下さい。彼女の精神に傷が付く。まさか無理やり封じ込めていないでしょうね?

 ディーナ!聞こえますか、ディーナ!」

「”い・や・!まだ用は済んでないもの。お断りよ!”」

 必死で呼びかけるフィルガに、シィーラはつんと澄まして答えた。

 その様子はとてもじゃないが、こんなに大きくなった子供にとる態度ではないと思う。

 フィルガは呆れながらも根気強く訴えた。

「嫌じゃありません。ディーナはどこです?返してください」

「”知らないわ。”」

「白々しい――。・・・ならば力ずくで」

「”いいの?”」

「望むところです。アナタとは決着をつけねばならないと思っていたから、ちょうどいい」

 まぁ!と少女は目を大きく見開く。さも、今気がつきましたと言わんばかりの口調で告げる。

「”ずいぶん背が伸びたわ、フィルガ!大きくなったわね。口の聞き方も態度も!”」

「・・・・・・どれくらい前と比べているのですか、アナタは」

 無邪気に言い放つ、ディーナの身体を借りている存在に腹が立つのを止められない。

 何を今さら言い出すのやらと、憮然とフィルガは突っぱねた。

「”提案しに来たのよ。さすがにディーナちゃん一人を神殿にやるなんて心配だから”」

「アナタには関係ないでしょう」

 警戒しながら冷たく答えるフィルガに怯むことなく、シィーラも根気強く訴えるのを止めなかった。

 

「”あら。聞く気は無いの?だって・・・この子は『ディーナ』なんですもの。かわいくて無邪気な幼い子。計算高い『白孔雀』ではないの。だから反対。この子を一人で行かせてはダメ!みすみす神殿にくれてやりたくは無いから、来たの”」

 

 シィーラは胸に両手を重ねて、フィルガを見上げる。

 その眼差しは真剣でフィルガに聞く気が無くとも、せめて話くらいさせろと訴えていた。

 フィルガは諦めたように、肩の力を抜くと腕を組んで母親を見下ろす。

「何ですか、提案とは?」

「”あのね!”」

 

 許可を得たものとシィーラの表情が一気に晴れやかなものとなる。

(誰が幼い子で、誰が計算高いだと?)

 その屈託の無く意気込んで話し出す様子に、フィルガは苦笑するしかなかった。

 


『何だかなぁ、この人も』


はい〜シィーラ様です。

このお方も天然な上強情なお方です。

けっして、自分の調子を崩さない辺りがなんともはや〜。

でもお母さんですからね、優しいのです。

そこら辺は伝わってないかもしれませんが、それでいいと思っているシィーラさんです。


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