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       * 人の子の事情


長く生きているダグレスは、いつもいつも呆れてしまいます。


人間は何てもどかしい生き方ばかりを選ぶのだろうと。


幾月を過ごしても、さして変らない光景を目の当たりにするものですから。


 

 人の子の本心と言動の裏腹さにはいつも呆れる。

 

 何ゆえ欲するものを遠ざけ、欲してもいないものを求めるふり(・・)をするのか。

 

 ・・・・・・そこが興味深くもあるが。

 

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 くすくすと忍び笑いを響かせていたのも、そうっとクゼラに鼻先を押し付けられた。

 そんな風にやんわりと。たしなめられて、ディーナは自身の両手で口を押さえ込んだ。

 それでも愉快な気持ちは抑えようが無くて、おかしくてたまらない。

 ディーナはそんな笑い声を隠そうと、獣の首筋に抱きついて顔をうずめる。

(””嬢様。そこで隠れていらっしゃればおもしろいものが見られますよ?――リゼライめがこちらにまもなく参りますゆえ””)

 それはいい。どうせ衣服を水浸しにした事で叱られるのだ。

 今さら隠れて驚かせたとしても、怒られる事には変わりないのだから構うまい。

 そういたずら心を起こして、ダグレスの入れ知恵に乗ったのだ。

 井戸端で獣たちに水を飲ませていた所を、二階の窓から見下ろすリゼライにしっかり見られてしまった――。

 恐らく朝の仕度の為に部屋を訪れてくれたのだ。それなのに部屋にディーナの姿が無いとなれば、探して回っていたに違いない。

 仕度くらい自分で出来る。ディーナはとっくに着替えを済ませていた。

 流石に寝間着のままでうろついたとあっては、フィルガに説教されるだろうから。

 ――それがリゼライにだったら、話は別だ。

 彼女に世話を焼いてもらうのは嬉しい。こうやって探してくれているのも、嬉しかった。

 

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 しれっと地べたに腹ばいになって、日を浴びている闇色の獣。

 井戸の影に隠れているつもりの、もちろん丸見えの純白にまだらの透かしのある獣。

 ダグレスにレド。――その二頭と対峙して睨み下ろしているのは、リゼライだ。

 腕を組み、代わる代わる二頭を見つめている。

「・・・・・・。」

 ””・・・・・・。””

 リゼライは獣を前にしても怯まない、数少ない侍女の一人だ。他の者は遠巻きにしている。

 こんなにお利口さんで優しい獣たちを、そうする理由がディーナには理解できない。

 それもあって、リゼライの変らぬ態度には好感が持てるのだ。しかし――。実際こうやって彼女が獣と面と向かっている様を見るのは、これが初めてだった。確かにダグレスの言う通り、興味深い。

「ディーナ嬢はどこ?」

 ””――存ぜぬな””

「ど・こ!?あんた達と水遊びしてたでしょう。まったく、冷えるでしょう!止めなさい!それに衣服が透けたら・・・・・・」

 ””だからフィルガが慌てて飛んできた。入れ違いだったな、リゼライ””

 リゼライは辺りを注意深く見渡した。最近では『気配を探られている』のがわかるようになってきたディーナだ。

 だからこそ、リゼライが自分の気配を掴み損なったのもわかった。そうでなければ、彼女がディーナの目の前で、獣と渡り合うことはしない。今、ディーナはダグレスの力で気配をクゼラの元へと隠している。

 それがダグレスの言う『おもしろいこと』なのだ。確かに、今まで見たことの無いリゼライの表情と態度が見れた。

 

「知ってるんじゃないの。――だったら早くそう言いなさい!」

 ””我は高貴な古神獣ゆえ。人の子が何を言うているのかなぞ、わからん””

「聞こえているじゃないのよ。何?それとも、その耳は飾りか何か?」

 ””ふん””

「その口のきき方は、いつぞやのやり取りの応酬のつもり?根に持ってるのかしらね。気位の高い獣サマときたら!」

 ””口のきき方がなっておらぬようだな、小娘!””

 ダグレスがおもむろに一角を向ける。対するリゼライは腕を組み直し、睨みすえる。

 そんな不穏なやり取りも、たいした緊迫感が無いように思えるのは・・・春の日差しと風のせいなのか。

 

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「ああもう本当にこんな事で!――私が居なくなった後、あんた達ちゃんと面倒見るのよ?何でも気の済むようにさせればあの子のためになるかと言ったら、大間違いだからね。わかっているわよね?ダグレス!」

 ””人は脆弱な造りのこと肝に銘じる””

「やけに素直ね。気持ちの悪いこと!」

「リゼライさん、行っちゃうの?」

「・・・・・・ディーナ」

 さま、という敬称は飲み込まれた。

知っていた(・・・・・)けれど。やっぱり、行っちゃうの?神殿に」

 堪えきれず茂みから姿を現したディーナに背を向けていたリゼライだったが、ひとつ諦めたように息をつく。

 それから勢い良く振り返ると、腰に両手を当てる格好で向きあった。

 ディーナはその琥珀色の瞳に、何か見出せないものかと祈るような気持ちで見つめる。

 はぁぁ、と見るからに解りやすいため息を盛大に付くと、リゼライは髪をまとめ上げていたピンを引き抜いた。

 途端に金の髪がまるで、滝のように流れ落ちる。二、三回頭を振ると、リゼライは忌々しそうに前髪を掻き揚げた。

 それからやっと、口を開く。

 

「誰から・・・って、ま、あんた等か。やれやれ。油断したものね、私も。何?コレはダグレス、またアンタの筋書き?ディーナ嬢が懐いている奴の、本性を晒させて呆れさせようっていう?」

 ””そうだ。そうだが――それだけではない事くらい、オマエとて心得ているだろう?シャグランスの””

「――リゼライさん・・・・・・?」

 ディーナが眼差しですがると、彼女はそっぽを向いて吐き捨てた。

「そうよ。元々ここへは仕事にきていただけだからね。引き上げるの」

「行かないで」

「えぇ!?」

「行かないで。行っちゃ、嫌。ここにいて」

「無茶言うな」

「――あの方(クライ)にも行かないでってお願いしたのに」

「あの、方?」

「側に居てくれないの」

「一緒にするな」

「行かないで」

「しつこいな」

「私も行く」

 

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「私も」

「・・・・・・何?」

「私も行くから。待っていて」

「――望むところだわ」

 そう呟いた彼女から、ねめつけられる。

 リゼライの方が小柄なのだが、あまりそれを感じさせないのはその存在感の強さだと思った。

 彼女の向ける鋭い眼差しの、強い光に込められたものは明らかにディーナに向けられたものだ。

『紅孔雀』すなわち『獣を魅了してしまう』術者に対する、挑むような眼差し。

 唇を笑みの形に持ち上げてこそいるが、その眼は全く笑ってなどいない。

 当たり前だが、改めて彼女の今までの微笑みは、全て演じていたものなのだと思い知らされる表情(かお)だった。

 それでいて、やっと彼女の素顔に触れることが出来た気がした。何故か胸に溢れかえるのは、安堵感だった。

 ディーナはリゼライが好きだ。とても感謝しているし、頼りにしている。

 たとえそれが全て誰かから命じられたもので成り立っていたとしてもだ。――感謝している。

「うん。待っていて、リゼライ」

 お互い初めて素のままで出会えた気がした。それは潔くて晴れやかな寂しさをも覚える。

 今日のこの陽射しとも相まって、ディーナは目を細めた。そうせずにはいられなかった。こんなにも穏やかな春の日のもとに頼らずとも、暴かれるべき彼女の正体など――。ずっと前からディーナは知らされていた。

 でも・・・構わないと本気で思っていたのも事実なのだ。そう告げたら彼女はきっと怒るだろうが。

「アンタ。前々から思ってたけど、本当にバカなのね。もっとしっかりしなさいよ。無邪気なのも結構だけれど、そのせいで寂しい思いさせてる人間だっているんじゃないの?私に懐いてる場合じゃないでしょ!まったくもう、最後まで世話の焼けるったらないんだから!」

 何で私がこんな事言わずにいられないのかすら腹立だしいわ、といい終わるや否やリゼライは踵を返してしまう。金の髪が翻り後に続く。

 その通りだ。そんな事とっくに自分自身で気が付いている!改めて言われるまでもない。

 しかしそう言う彼女こそ、ひどく矛盾しているのもまた確かだ。何やかやとディーナを気使うような数々の振る舞いが、その答えだ。

 ディーナは敏感にその心に気が付いていた。だから『懐くな』と言う方がどうかしていると思う。

「リゼ――・・・っ!」

 その後姿に取りすがってでも、泣きつこうとしたディーナだったがそれは叶わなかった。

 やんわりと。それでいて強い有無を言わせぬ力に引き戻されたのだ。

 驚いて振り返り見上げれば――。そこには見慣れた、深い銀の眼差しに見下ろされている自分を確認する。

 両肩を圧するかのような重みに、ディーナは顔をしかめた。

 彼との身長差が与える圧迫感はどうしても身構えさせるのだ。

「ディーナさん・・・・・・。追ってはなりません。行かせなさい。それが一番いい。わかりましたか?」

 短く言葉少なにフィルガは言い含める。

「・・・・・・。」

「本当はわかっていますよね?――返事は?」

 返事は・・・しない。ディーナはどうしてもフィルガに対しては、反抗してしまう。

 ルゼやリゼライ、他の館の者達には抱かない感情が、小さくも鎌首をもたげるのはなぜなのかはわからない。

(きっと、最初の頃の印象の悪さや『聖句』を使ったりするから・・・フィルガ殿。・・・・・・ちょっと嫌い)

 むっとして黙り込んだディーナに、言って聞かせようとする優しい口調は変らずだが。

 ――それでも命じるように言う彼は珍しく無くなってきたように思う。

 最近ディーナは彼の出方を学んだのだ。彼は『絶対に許可しない』と判断した事には、ディーナの意見など丸ごと封じ込めてしまう。

 最初っから意見すら求めようともしない。それどころか、口を開くことすら良しとしない。

 その事でまた新たな悔しさを感じる。やるせない思いに涙をにじませつつも堪えながら、ディーナは訴えを口にした。

「・・・・・・だって。寂しい・・・行かないでってお願いしたけど、リゼライも私のこと置いて行っちゃうの」

 ――紅雷も。

 そう呟きかけたがディーナは黙り込んだ。フィルガに告げてはならない、彼は獣を従える『聖句』の使い手なのだから。

 そう警告音が自心の中で鳴り響いたからだ。

 それともうひとつ。彼はきっとまた会いに来てくれる――。そう信じてディーナは日々を過ごしているのだ。

 置いて行かれたなどと泣き言を言っては、彼は二度と現われてくれなくなるかもしれない。

「――行かせませんよ、ディーナ」

「っ、やだ!」

 未練がましく立ち去り行く背中から目が離せないでいたものだから、ディーナはフィルガの取った動きに気がつけなかった。完全に意識ごと丸ごと。リゼライに向けていたのだ。

 それをフィルガが良しとするわけが無い事も、ディーナは学んだつもりでいただけに『してやられた』とばかりに悔しさが先立つ。

 じたばたと暴れもがいたつもりだったが、それもどうだろう――?

 身動きとろうにもこうも完全に背後から抱きすくめられていては、ただ首を横に振るくらいしか出来ない。

 気がつけば、様子を見守ってくれていた獣たちも見当たらない。

「やだ!やだ!離して、いや!」

「嫌です、離しません。――行かせませんよ、まだ。ましてや、貴女一人ではね」

「・・・・・・。」

「彼女は母親と弟妹達を人質にとられています」

「!?」

「そして彼女もまた一流の能力者の家柄。『シャグランス家』の誇るべき『聖句の使い手』でもあります」

 シャグランスの。確かにダグレスもリゼライをそう呼んだ。

 ディーナも聞き覚えのある家名は確か、トゥーラの授業にも出てきたものだった。

 ジャスリート家・ロウニア家に並び、聖句を練り上げた一族の名。

「フィルガ殿・・・・・・知っていながら、ジャスリート家に?」

「そうです。彼女が『間者』と知りながら貴女の側に置きました。もちろん祖母も知っています」

「なぜ?」

「排除しなかったのかって、ディーナ?前にも言ったと思いますが、あまり締め出しても要らぬ画策をめぐらせる輩がいるものなので。それもありますが、彼女をこちら側(・・・・)に引き込めないかと思い――貴女の側に置いたのです」

「私・・・の側に置く?どうして?」

「あなたの魅力に賭けました。そしてリゼライの性格とに。結果はお見事としか言いようがありません、ディーナ。彼女は見事にもう・・・こちら側でしょう。例え現状は、神殿に属さねばならない身の上だとしても」 

「こちら側?」

 ディーナは良く飲み込めないままに、ぼんやりと繰り返した。そんな事を言われても、彼女は行ってしまったではないか。

「彼女はもう、あなたの味方です。貴女が神殿に上がっても何らかの助けになるでしょう」

「そんな言い方って・・・何だか、利用するみたいじゃない!」

「そうですよ。そのつもりで貴女の側に置いたのです。――味方は一人でも多い方がいい。貴女が赴くと決めた場所はそういう所です。知らなかったでは済まされませんよ。だから、俺も祖母も容赦しませんから」

「ぅ・・・・・・・ハイ」

「よろしい。では着替えて朝食を済ませたら、早速授業を開始しますから」

 覚悟していて下さいね、と告げる彼もそう言えば――。

『置いていかれた』子供だったな、とディーナは思い出していた。

 子供はもうずいぶん立派な青年になっていて、とてもじゃないが同情する気にはなれなかった。

 それでもこの心細さを味わった者は、いい同志だと思える。

 ディーナは抱きすくめられた格好のまま見上げた。

「私・・・フィルガ殿を置いて行ったりなんてしないわよ?それに何にせよ、フィルガ殿も一緒に行くのでしょう?」

 

 ――見下ろす彼は柔らかく微笑む。

「そうですよ」

 そう呟いた言葉は、ディーナの額に押し付けられた。

 


『お久しぶりでございます!』


春は別れと出会いの季節なのであります。


しばしのお別れも、また新たな出会いにつながって行くものなのでほんの少しの辛抱ですよ!ディーナさん!


矛盾いっぱいの自分に苛立ちながら、立場を優先させるリゼライが――どこぞの獣様には何やら眩しいようですよ?


つづきはもう少しお待ちください〜〜・・・

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