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       * 対決の予感


つかの間の平和も、急な来客でどうにも波乱の予感です。

 

 好奇の目も中傷も

 

 何の枷にもなりはしない。

 

 ――なるとしたら・・・それは、己自身が抱く感情。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

「ルゼ様がお呼びですわ。お客様だそうですので、こちらに御召しかえ下さい」

「・・・・・・お客サマ?」

 ナゼ、自分が着替えてまでその客人に会わねばならないのか。そんな疑問いっぱいだったが、侍女のお姉さんたちの様子があわただしい。

 察したディーナはそれ以上は何も言わず、急かされるままに着替え始める。

 それ一枚だけでは向こうが透けて見えてしまいそうな、薄淡いクリーム色の布地を重ねた作り。

 裾の部分は細かなレースと刺繍とで装飾され、重なり合っても互い違いに見せる様に計算されている。

 そんな洗練されたドレスに、ディーナは思わずため息を漏らした。

 感嘆の、ではない。これから身を包むであろう、その窮屈さ加減を予測してのものだ。

 だが、ディーナに拒否権などは無い。ごねてもルゼを困らせるだけだ。

 ディーナがドレスを嫌がって、疎ましがっている事など彼女(ルゼ)はとっくに知っている。

 だから普段はなるたけ軽やかな物を――と、ルゼは配慮してくれている。

 その彼女があえてこのような物を指定してくるのには、きっと訳がある。その訳は多分・・・・・・。

 これから会わねばならない客人が、それなりの身分とやらの持ち主だという事だろう。

 ディーナはいくら表向き、ジャスリート家『縁の血筋の娘』とされていても・・・その出所は怪しいものと映っているようだった。当然といえば当然である。

 ディーナに表立って告げられる事こそ無かったが、ルゼもフィルガも自分というあやふやな存在を上手く周りに知らしめてみたり。またはその逆で隠してみたり。と、やってくれているのは、ディーナだって知っている。

 誰に説明されずとも、この館で一緒に生活していれば自然と耳に入ってくるものなのだ。

 例えば、侍女の皆さんのナイショ話やら。ダグレスやレドや孔雀たちの『報告』やらからで。 

 二人にはそれこそ『ナイショ』だが。

 

 あからさまに大人しくなったディーナに、リゼライが困ったように優しく微笑み掛けてくれる。ディーナが窮屈を嫌うのを、リゼライだって知っているのだ。だが、彼女の手は滞りなく『仕事』を遂行する。

「さ、ディーナ様。少ぅし、腕を浮かせて下さいね?」

 ディーナの返事を待たずに、体の線に沿うコルセットで締め上げられた。服の下ではなく、見せる上着の役割を兼ねた物。

 リボンは調節も兼ねた飾りだ。胸元に朱色の蝶々が止まる。

 ディーナがそれを弄んでいると、小粒の真珠を連ねた首飾りが止められた。髪も同じ真珠の留め飾りでまとめ上げられて、やっと完成だ。

 ディーナに最初の頃、逃げ出そうと決意させた出で立ちである。たまらなく窮屈なのだ。

「・・・はい、おしまい。出来ましたよ、ディーナ様。とっても素敵です・・・素敵ですから、もう少し――にこやかになさいませ」

「はい。ありがとうございます。リゼライさんの方が素敵です」

 ディーナは真顔で告げる。少しばかり見下ろす彼女こそ、とても魅力的だ。その困ったようにはにかむ笑顔も。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 そうして彼女に手を取られながら、案内されたのは客間だった。

 ディーナ自身、一番最初に通された部屋だと覚えがあった。

 扉の前にフィルガも立っていた。見るからにして、いつもの格好とは違う。

 公爵家跡取りとしてやらの、正装とかいうものだろうか。彼の髪の色と揃いの上着は丈が長く、とても重たそうだった。しかも、きっちりと首もとまでを飾りボタンが留め上げている。

 彼はディーナを見ると、黙って右手を差し出した。

 その手には広いカフスの付いた、なめし革の手袋まではめている。

 促がされるまま、リゼライの手からディーナは左手を預け変えた。手袋の感触は少し、慣れていないせいか余所余所しい気がした。

「ご苦労様、リゼライ。ディーナは君の手伝いなら、仕度が早くて助かる。今日はごねなかったかい?いつもと違うから」

「――そんな、恐れ多い。ディーナ様は立派なお嬢様ですよ?」

「フィルガ殿・・・私。リゼライさんには、ごねていないけど。フィルガ殿にはごねたい。この格好・窮屈!!早く脱ぎたい(・・・・・・)!!」

「・・・せっかく、リゼライが褒めてくれたのに。立派なお嬢様とやらが台無しですよ。堪えてください。少しの間の辛抱ですからね。まさか公爵に恥をかかせたくなど、ないでしょう?大丈夫ですねディーナ?」

「うん・・・。はい」

「はい。では、お互い正装ですからね。――気合入れて参りましょうか。リゼライ、戻ってくれ」

「――はい。では、ディーナ様。また(のち)ほど」

 

 リゼライが立ち去ったのを見届けた後も、フィルガはなかなか動こうとはしなかった。

「――・・・・・・フィルガ殿?」

 いぶかしんで名を呼び、見上げる。

「ディーナ。いつぞやの『打ち合わせ』なるものの内容は覚えていますか?」

 フィルガは幾らか心配そうに、ディーナの瞳を覗いて来る。彼の瞳から、今にも雪が舞い降りてくるんじゃないかと思う。

 暗く重たく立ち込めているのは、不安という暗雲だろう。そんなものは振り払うべく、ディーナは己の晴天の空色の瞳を見開いた。

「!!――うん。大丈夫、完璧です。フィルガ殿」

「アナタは落ち着いて、ただいつも通りで居てくれればいいですからね。俺と公とで上手く収めますから」

「もしかして・・・『ついにきました』、かな?フィルガ殿?」

「ええ。忌々しい。大丈夫ですか?」

「私はいつでも大丈夫です。フィルガ殿は?」

 思わずぎゅっと彼の手を握る。フィルガは一瞬驚いたのか力を弛めたが、すぐさま強く握り返してくれた。

「もちろん。では、いざ――行きますか」

 ディーナが決意(みなぎ)らせて頷くのと同時に、フィルガは扉を二度、軽やかに打った。

 

 ――ややあってから、ルゼの声が入室の許可を告げる。

 

「――お待たせ致しました。公爵」

 フィルガが軽く会釈をする。付き添われる格好で一緒に入ったディーナも、一歩遅れて彼に倣おうとした。

 だがそれを遮るかのように、ルゼとテーブル越しに真向かっていた客人が腰を上げる。

 にこやかに笑みを浮べた客人は、見覚えも新しい鳶色(とびいろ)の髪と瞳と髭の・・・黒装束の男。

 彼は左手を胸に押し当て敬礼する。ディーナを真っ直ぐに見つめて。

 

「本日は神殿の使いとして参りました。ギルムード・ランス・ロウニアにございます。――ディーナ嬢」

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 窮屈な出で立ちで挑む面会は、さぞかし窮屈なことだろう。わざわざ正装させざるを得ない客人に、あらかた予想は付いている。リゼライは、複雑な想いでその背を見送った所だ。

 あの似非(えせ)お嬢様が、早い所解放されてくれればいいが。多分、リゼライの予想では一刻ばかりでは足りないだろう。

 かわいそうに。あのお嬢様は窮屈は大の苦手ときている。あのような格好では、本来の忍耐力も持ち前の能力もそうそう発揮出来ぬまま、良い様に言いくるめられてしまうかもしれない。

 流石に公爵とその跡取りが一緒だから、そうはさせないと思うが・・・どうだろうか。

 

「・・・・・・。」

 

 しずしずと――『控えめで優秀な侍女』の代表のような顔を作り構えて、リゼライは持ち場に戻る途中だった。

 物静かな佇まいは、一見何の問題も無いようだった。ただ頭にあるのは己に割り振られた仕事を、やり遂げようとするのみ。・・・・・・で、いい筈だった。

 

 〔〔・・・・・・ね・・・見た・・・?・・・・・・うちのお嬢さま、・・・――神殿に?

 

 じゃぁ、・・・・・・・として?連行・・・され・・・のかしら ?だとしたら・・・恥なんじゃない?もしかしたら、破談・・・とか?

 

 どうかしら?リゼライに聞いてみたら?――お嬢様のお気に入り(・・・・・)なのだし。 ねぇ、リゼライ・・・・・・?〕〕

 

(うるさい)

 ここも(・・・)か!!リゼライは呆れた。それと同時に怒りも沸きあがる。

 だんだん声が大きくなってきたこそこそ話(・・・・・)を、ぴしゃりと撥ね付けるべく。

 リゼライは声を張り上げた。

 

「私が『お気に入り』ですって?どこが?そんな事ないわよ。お嬢様はあなた達の働きの事も、褒めてくださっていたわよ?『実によく働いてくれるから、感心します』ってね。その褒め言葉(たまわ)った侍女が、こんな所で無駄口叩いて・・・油なんか売ってる訳ないわよねぇ?」

 

 ――我ながら凛と響く。それは、普段の詠唱で鍛えた賜物だろう。

 

 〔〔・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。〕〕

 

 ふん。そう鼻は鳴らさないまでも、心の中では舌を出してやった。決まり悪そうに黙り込んだ面々に睨みをきかせつつ、見渡す。

 ――ねぇ?とリゼライは念を押したが、返事は無い。長々と相手をしても時間の無駄だ。すぐさま背を向けた。立ち去るために。

 遠ざかる背後から聞こえるこそこそ話の鉾先(ほこさき)は、今度はリゼライに向けられたようだ。

 だがリゼライは気にもとめない。やはりムキになって構った所で――時間の無駄だと思い知っただけだったな、と再確認したくらいだ。

 振り返ることなく、さっさと進む。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 すたすたと素早く、リゼライは回廊を抜けた。持ち場である今は(・・)ディーナの部屋へと戻る。

 別名『孔雀のための牢』という、忌まわしい名が付けられている部屋。それは後から耳に入ってきた情報だ。

 ディーナ自身それを知っている――。そうとも聞かされて、何とも複雑な心境に成らざるを得ないリゼライである。

 この胸内に湧き上がるのは、一体何なのか。あのお嬢様が不憫でならないという、気持ちは同情というものの類だろう。

 

 彼女自ら牢に案内して欲しいと言わしめた、そこに至るまでの経過は想像するに容易い。

(まったく。余計な情報はコレだから、もう!!必要ないでしょ、私には。この感情ですら無意味よ)

 むしろ、いらぬ足枷となりうる。リゼライはいつか・・・彼女と『対決』する予定(つもり)なのだから。

 だから睨む。今――主不在のこの部屋で、我が物顔でくつろぐ黒い獣を。しかもそこは、ディーナのための寝台だ!

 ””ご苦労だったな、リゼライ””

 おまえに言われる筋合いは無い。そんな意思表示も込めて、唇を引き結んだ。無言を貫き通す構えだ。

 リゼライは『お嬢様』の着替えた服を集める。

 ””我を無視するとは何事か、シャグランスの娘よ””

 ――今その名で呼ぶとは、それこそ何事か!

 先ほどの女の噂話に、腹立たしさが今だくすぶるリゼライである。せっかく鎮めた怒りの火種も、今の一言で再燃させられてしまった。

 

「あぁら。私ただの侍女ですから。獣様が何を仰ってるかなんてわかりません」

 ””聞こえているではないか””

「――アンタね。ここは神殿じゃないでしょう!人目ってものをちょっとは(わきま)えなさいよ、全く。結界でも張ってるの?」

 ””張るまでも無いさ。人の気配はすぐさま解る。それに気を配ればいいだけの話だ””

「あらそぉ。で・・・何かしら?忙しいんですけど。」

 ””見ていた(・・・・)ぞ。お前は嬢様に仕えるに相応しい。これからも頼むぞ””

 コイツもアレだ。ディーナ嬢様狂い(ばか)だ。若様は若様で・・・あの扱いはいかがなものだろうか。

 先ほどのアレではただの兄と妹ではなかろうか。全く持って、見ていてイライラするのはナゼだろう。

 確かに彼女は『放っておけない気持ち』を抱かせる要素が、溢れかえっているが。認めるのも何だか癪に障る。

「〜〜〜〜〜〜アレはね!!ぐだぐだうるさいから、うっとおしかっただけよ。別にお嬢様がどうとかじゃないわよ」

 ””ふぅん。ならばそういう事にしておいてやろうかな――リゼライ。客に見当は付いているな?””

「知らないわ。皆目見当も付きません」

 ””ぬかすか。――リゼライ・・・””

「何よ。・・・大方神殿からのご使者殿(・・・・)でしょうよ」

 ””そうだ。ギルムードだ。神殿に嬢様を連れて行きたがっているからな。阻止しろ””

「出来るか!!」

 ””ふん。使えぬ奴。では、嬢様が神殿に出向かねばならぬ時は・・・・・・オマエも””

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

「あーもーうるさいですよ。忙しいんだから、アンタとおしゃべりしてるヒマなんてないの!ハイハイ、散った散った!」

 窓を開け放つと、クッションの形を整えるべくホコリを叩いた。

 ””まったく持って可愛げのない事だな、シャグランスの。オマエも嬢様を見習うがいいさ””

「――ぬかしてらっしゃいよ。アンタこそ、この奥ゆかしい相棒を見習いなさいよ。堂々と人間に構ってなどいないで」

 

 リゼライは言いながら、人見知り全開の『レド』の白いシッポの先を踏みつける。

 ほんの毛先だけなので、痛みは無いと思う。

 レドは隠れているつもりらしいが。寝台の下から尾の先が見えていては、バレバレである。

 

 ””誰が””

「百歩譲って、あんた達!!せめてお嬢様が着替える時は、席を外しなさい!!」

 

 普段から・・・幼い弟妹や獣相手に渡り合っているだけに、声の響くリゼライである。 



 館内2箇所で火花が!


 ――すでに1箇所の方では、散っているようです。


 長々お付き合いありがとうございます。


 今まで4000文字(前後)を目安に一話区切りにしていましたが・・・それだと全100話以内に終わらないよ!!


 ――と、気がつきました・・・。


 今回ややコミカルです。ダグレスを『神獣』と、やや崇めていた頃が懐かしいリゼライです。


 ある意味、仲良くなったのかもしれません。


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