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       * 黒衣の姫君 


いつのまにか日は昇り、つい先ほどの事なんて夢だったのかと思わず錯覚してしまいます。


――それなのに、まだ夢は続いています。


トゥーラにとっては、まだ『夢』は終わりそうも無いようです。 


 

 何だって獣なんて庇うんだ――あの人は。・・・いや。それ以前の問題だ。

 

 あの人の武器になるものなんて、獣を呼びつけるくらいしかない。

 

 それ以外は特に無く、真っ先に庇われるべき対象のくせに。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 自分は、あのか細い背に庇われた。それは今こうして思い返してみても、驚愕でしかない。

『彼女』が『自分』を、『庇った』のだ。自分が彼女を、ならば何の疑問も違和感すらも感じはしなかったろうに。

 

 日も昇り、暖かな陽射しが部屋にまで入り込む。フィルガは灰色の瞳を眇めた。

 眩しさが彼の瞳の奥にまで届くようだった。

 寝不足の瞳に日の光は、暴力ともいえる。フィルガは目の裏に小さくも鋭い――突き刺されるかのような痛みを覚えた。

 

 その痛みを堪えやり過ごすかのように、両手で顔を覆った。

 自室に戻ったのが実に久しぶりな気がしてしまう。フィルガは寝台に腰を下ろした。

 そのまま横になってしまいたかったが、そういう訳にも行かない。朝食の席に出ないと色々と説明が面倒だ。

 それに途中のまま放り置いた仕事がある。その期限も迫っている。一応立場は領主の跡取り。その自覚もあるだけに、疎かにする気など無い。

 しかし自室に戻った途端に、この疲労なのだ。さすがのフィルガも疲れが隠せなかった。

 それは――立て続けに緊迫状態にあったために、自覚できないまま重ねてしまっていたに違いない。

 それがこうして落ち着きを取り戻す事で、気が抜けたのだろう。やっと疲労を自覚できたという訳だ。・・・良かったのか悪かったのか。

 

 フィルガは腰下ろしたまま、体を前に倒し襲ってくる疲労に耐えた。頭を乱暴にかき回す。

 

 ほんの一晩空けただけなのに、騒動のせいでこうやってくつろぐ間すらなかった。

 全く。忌々しいのは――誰が原因だろう。

 もちろんあの娘が一番に候補に上がるが、違った意味でだ。その対象ではない。

 ダグレスにギルムード、そしてディーナに介入していた何者か。閉じた瞳の裏に浮かぶのはその面面だ。

「・・・・・・。」

 フィルガは自分の頭皮に爪を立てたまま、それらの気配を今一度探ってみた――。

 

 ((””――今日は・・・いや。もう昨日か――は、災難だったな。フィルガよ””))

 

 何の前触れもなく、頭に直接声が響く。フィルガは頭をかき回す手を止めた。だが、顔は上げなかった。

 己の灰銀の髪と指の間から、薄目を開けて明るい日差しを窺いこそしたが。

 

 ・。・:・。・:*:・。・:*:・。・:・。・:*:・。・:・。・

 

 寝台と、テーブルと椅子。それに本棚だけ。

 そんな必要最低限の家具しか置かれていないフィルガの自室は、姿を隠して潜むには難しいほど素っ気無い部屋だ。

 今この朝日を浴びてこの部屋に影を作っている者は、ここの主であるフィルガのものだけ――。 

 

「災難?ああ。本当に!こうも立て続けに、攻撃(・・)を仕掛けられてはな。災難に違いない!・・・そう思うのならばもっと早くに、対処の仕方を教えてくれてもよかろうに。仮にも『橋と橋を渡る者の守護獣』なのではなかったのか、アンタは?――シアラータ!本体はどこだ?すぐ近くにいるのなら姿を見せよ」

 

 ――遠慮しておこう。

 

「なぜさ?」

 

 ――我が今動けば、橋の結界が・・・均衡が崩れるやもしれぬからな。

 

「・・・結界はそこまで脆くなっているのか?だとしたら、どれくらい持つ?」

 

 ――何。この騒ぎも今しばらくの間だろうさ。おまえ達が橋で騒ぐから悪いのだ。しかもディーナの気配を少なからずまとっている、おまえらが。それでは獣らも刺激されて当然だろう。

 

「じゃあ、何用だ。ただ労いの言葉だけを、伝えに来ただけでもあるまい?」

 

 ――・・・これ(・・)を受け取れ。嫌だとは言わせん。

 

「何?」

【はい。これだよ】

 いつの間に。それと入れ替わるようにして、シアラータの気配が遠のいていた。橋に下がったのだろう。

 フィルガは声のした方に顔を向ける。――光が遊ぶ窓辺に寄りかかるようにして、その声の主がいた。

「・・・・・・トゥーラ」

 にっこりと笑みを見せてから、そう呼ばれた少年はフィルガに歩み寄った。右手に何かを掴み持ち、前に差し出しながら。

【はい、ドウゾ。ボクにも手に余る代物だ。まぁた、とんでもないものに見込まれちゃったねぇ】

「これは・・・・・・!?」

 少年の手のひらにはいささかもてあまし気味の、漆黒の剣の柄だけが収まっていた。

 彼の手のひらに包まれていながらも、己の存在を主張しているかのように感じた。禍禍しい様な、混沌とした闇の気配。

【そう。アレだね。ギルムードの『姫君』とやらさ。彼女をあのまま橋に放置するわけにも行かないだろうから】

「だったら持ち主に返すのが筋だろう。なぜ俺に託すのだ?まさか返して来いとか言い出す気か」

【まっさかぁ。それこそ始末に終えなくなるよ。これは本当に獣はひとたまりもないんだよ?危ない危ない。それこそ受けたのが、フィルガ・・・銀の獣だったから無事に済んだってハナシ。――危なかったね、フィルガ】

 笑顔で物騒な事を言う。だが目は笑っちゃいなかった。

 少年は早く受け取れとばかりに、ずいとフィルガに『姫君』とやらを差し出す。

 腰かけたままのフィルガは、トゥーラと視線が同じに合わさった。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

【今日はって、もう昨日か。危なかったね。二人とも】

 フィルガはにこやかさを崩さない少年の言葉に、一連の動き全ての関連性を見た気がした。

「――殺すところだったぞ!」

 そうだ、本当に危なかったのだ。彼女を血の海に沈めるていたならば、フィルガも多分・・・どころか確実に。

 その場で己にケリ(・・)を付けていた事だろう。その自信がある。

 それこそ少年に対して凶暴な想いを爆発させて、フィルガは怒鳴った。自分は取り返しのつかないことをしでかしそうだった・・・・・・。

 今フィルガの体に恐怖を覚えさせて、脱力させている正体がこの事実なのだと。やっと思い当たる。

【・・・・・・それは。ボクらがそれをさせやしないよ。間違っても】

 ぐい、となおもトゥーラは『姫君』を押し出す。

 いいから早く受け取れとばかりに。フィルガはそんな彼と姫とを交互に睨んだ。

【君が本能の部分で躊躇うのも無理はない。――この剣は『聖句の』威力秘めしもの。物騒な姫だよね。フィルガ。――君はディーナを傷つける気なんて無いのだろう?それでも・・・獣の心に””囚われきったら””どうなるか。知っているよね?】

「言われるまでも無い。何が言いたいのだ、トゥーラよ」

【決まっている。そんな展開に備えての覚悟の程(・・・・)を問うている。】

「俺に自ら刃を立てろと?」

【・・・・・・そういう手立ても一案としてあるよね、って提案してみているだけ】

「・・・・・・・・・。」

 フィルガは無言で少年に手を差出した。それを満足そうに見下ろしながら、トゥーラもまた、握り持った『姫』を前に差し出す。

 だが、少年の手は『姫』を握り締めたままだ。

 なかなか解かれない手をいぶかしんで彼の顔を覗いたが、哀しげな眼差しに迎えられるだけだ。

 フィルガは催促の意味も込めて、手のひらを押し出した。

「受け取れ、と言い出したのはそちらの方だろう。まさか今更、くれてやるのが惜しくなったとでも言い出す気か?」

 自嘲気味に吐き捨てる。そんなフィルガにかすれた声が答えた。

 

【ねぇ、知ってる?どこぞの国のおとぎ話――・・・種族の違う姫が焦がれたのは、人間の若者。姫は決意する。彼と共に生きよう、と。でもねぇ同じ時を生きようと思うと、色々と制約が掛かってしまうものなんだね。たとえおとぎ話の中であろうともさ。・・・実に興味深いと思わないかい?】

「――トゥーラ。何が・・・」

 言いたい――そう続ける間を与えようとはせず、トゥーラは遮るように話を進める。

【彼と結ばれねば姫は『夜露(よつゆ)のごとく消えるがさだめ』。そうと知りながら、姫は・・・彼のもとへやって来た。でもこの話しは、おとぎ話にしてはいささか容赦が無い。彼は別の姫を娶ってしまうのだから。そうなれば彼女は消えねばならない。――ただひとつ姫が助かる方法といえば、彼女の想い人を『この世から消し去ってしまう』というやり方だけ。消えねばならない己の代わりに。何て残酷なおとぎ話だろうか!ねぇ、フィルガ?】

 

 おどけたように少年は、両手を大きく開いて見せた。手には『姫君』を握ったままで。

「――それで、どうなったのだ」

【え?】

「その姫とやらは、どうしたのだ?」

【――さぁ?】

「さぁ?ずいぶん、いい加減なんだな」

【違うよ、フィルガ。それは違う。一説には姫は、己が消えるほうを選んだとある。かと思えば、彼を・・・そして自分をも消し去ったというハナシまである。一方は一途な姫君の悲恋の物語として幕を閉じている。そしてもう一方は、嫉妬に狂った憐れな女の話となっている。要は選ぶんじゃないのかい?聞いた者の心が、終幕をさぁ】

 彼の口調は少年期特有のやわらかく謳うようであるが、響くものがあった。

 まるで芝居の口上の者のように、彼は語り聞かせがうまいのだ。

 フィルガは知らず知らずのうちに、その彼の語って聞かせる物語に聞き入っていた。

【そしてこれが――】

 トゥーラは一歩、後ろに下がると柄持った右手を振りかぶった。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 ――・・・フ・・・ゥォォ・・ン・・

 

 そう遠くない前に聞いた、姫君の唸り声が朝の光を切っていた。

 ギルムードのコレは仕込み剣の一種であり、こうやって上から下に一気に振って刀身を出す仕組みだ。

 かなり細身の剣なのでこうしてたやすく、少年の細腕でも姫をお迎えできるようだ。

 

【――かのおとぎ話の姫のなれの果てという、いわくつきの剣さ。どうぞ、フィルガ?待たせたね】

 姫本体をフィルガに向けてしまわぬように、柄の方を差し出す。それでも抜き身の(やいば)

 

 フィルガは慎重に受け取った。

 

【獣をいなすには最適の聖剣だから、時と場合によっちゃ便利なんだけどね。獣にしてみたら、ただの魔剣だから。取り扱いには気をつけてね】

 

 ――言われるまでもない。

 

 そんな思いを込めて、フィルガは『姫君』を見つめてから――少年を睨み付けた・・・・・・。

 だが――そんなフィルガの眼差しは、行き場を失いさ迷う。 

 目を離したのは恐らく、瞬きの間ほど。それでも少年にしてみたら、たいした問題ではないらしい。

 

「トゥーラ。相変らずだな」

 

 ため息混じりに独り呟き、フィルガは朝の光に再び目を細めた。

 

 

 

 

 


 

 言いたい事だけ告げたら、さっさとバイバイ。


――トゥーラの主義です。だいぶ、いい根性してますでしょう。


 彼はおしゃべりなので、すっごく話します。

 彼が出ると、一話が長くなっちゃいます。


 そのくせ、一番大事な部分はなかなか明かさないという。・・・・・・いい根性しています、ホントに。


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