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       * 与え合う命


トゥーラが立ち去り、やっと本当の意味で二人の『対決』です。

 

 アンタが俺に新しい『命』を投げて寄こすのならば、受けるしかなかろう。

 

 その代わりにアンタにも俺の『命』を受取ってもらう――。

 

 俺はただで・・・オマエのモノに成り下がる気は無い。

 

 ・。:*:・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 朝日が煌く。それに伴なって彼女もまた、より一層(まばゆ)さを増して行く。

 豊かに波うつ赤毛が、生まれてからこの方日に晒された事のないような肌が、その頬を伝い零れる涙が。

 寝台に身を半ば預けるように脱力し、ディーナは上半身だけを起こす。

 両手をついて何とか身体をひねって、銀の獣を見つめる。哀しそうに。愛おしそうに。

 夢見るような眼差しは、少女独特のようでもあり、慈愛を知る母親のようにも思えた。

『紅』を与えられた『銀』の獣は唸った。彼女は彼にとって、あまりに危険な存在と思い知ったからだ。

 自分の属性を彼自身、よく心得ている。属性とは彼が何で成り立つのかをも意味している。すなわち、本性が何かと。

『闇』と『雷』と・・・僅かばかりの『光』。

 それを見抜かれた。しかもそれだけでは飽き足らず、新たな『命』までをもこの身に植えつけてくれた。

(くれない)』という名の彼女の刻印。

 

 属性を見抜き正体を暴かれるのは、獣がもっとも忌み嫌う能力のひとつだ。

 ――見抜かれたこと、無かった事にしてやりたい・・・・・・。そうしてやればいい。

 そう囁く本能は危険だった。

 それはすなわち、見抜いた者を亡き者にする事で可能とするのだから。

 そんな獣の性に、我が花嫁を曝すこととなったのだ。これから先、一生。

 

 生まれたての朝の日に二人、暴かれながら見詰め合った。探り合うようにではなく、かといって対峙しあうでもなく。

 ディーナはゆったりと身を起こすと、寝台から滑り降りた。その足元がおぼつかない結果、そうなったのは見ていて明らかだった。

 獣――『紅・雷』はほとんど反射的に、飛び出そうと身を構えていた。

 それでもその場に思いとどまったのは、彼女が首を振って見せたからだ。弱弱しく、しかしはっきりとした拒絶の感じられる動き。

「お願い。紅雷。来ないで」

 もう一度、今度は幾分しっかりと・・・首を横に振ってみせるから、彼女の赤毛が軽やかに舞う。

 ディーナは振り払ったのだ。立ち込めていた霧を振り払う朝の陽射しのように。

 こうして日の光に、振り払われる闇の気配のように――それは振り払われたのだ。

 

 介入していた何者かの意思などに従うものかと、獣を聖句の徒にしてしまうのを拒んだ――。

 その訳は何なのか。『紅雷』はそういぶかしんでいた、その時に紅の孔雀はさえずり出した。

 

「お願いだから抗って。あらん限りの力を持って――。私の聖句になど屈してしまわないでね。でなければ――つまらないから。アナタが私のモノになってしまったら、つまらないの。貴方のその孤高さが素敵なのに・・・・・・。私ごときの聖句で縛られてしまったら、はっきり言って興醒めだから」

 

 何と勝手をぬかすのか。

 

 ジャスリート家ゆかりの姫君の羽根は、なるほど孔雀に相違あるまい。

 

 言われずとも。

 

 言葉が発せたなら、そう告げていた事だろう。

 

 言われずともそうする、と。

 

「お願い・・・だから紅雷。――力の限り抗い続けてちょうだいね。私のモノになど成り果ててはダメよ?」

 

『紅雷』は唸った。言葉発したくともそれは、己自身で封じているせいだ。だが訊きたかった。

 

 紅孔雀よ。そう言いながらオマエは何故、その両の翼を差し向けるのかと――。その胸に迎え入れたいという、願望の表れであろうに。違うとは言わせたくはない。

 

「お願いだから、早く。・・・・・・早く逃げてちょうだいね。私がまた聖句を紡ぎだすよりも早く」

 逃げろというその唇から、目が離せなかった。新たにまた頬を伝い始める透明な雫からも、柔らかく自分に広げられた腕からも、何もかも。ディーナの言葉にそぐわない矛盾した全ての所作から、紅雷は背を向けることなど出来やしなかった。

 

 今すぐに、ディーナの側に寄り添ってやりたかった。だがそうできないのは、彼女の『紅の呪縛』を賜ったせいだ。

 紅い、雷。その名を受け入れた己がいる。聖句なんかよりもよほどタチが悪い、始末に終えない紅い縛めの鎖。

 言うなれば彼女自身がこしらえ上げた、術句の一節。――『術・紅(じゅつ・く)』。そう名づけてやろうかと思う。

 人に己の(くれない)をくれてしまう、彼女自身が編み出した全く新しい呪法といえるから。

 

 全く!!全く持って唸るしかない。獣の立場からしてみても、ハイクラスの術者の立場からしてみても、そうするしかない。

 してやられたと舌打つか、実に見事と手を叩くか。それが同じ胸中に湧き上がるものなので、始末に終えない。

 だから紅雷は、ただただ四肢を突っ張らせて立ち尽くしている。

 

 ――これだから厄介なのだ。『天才』型は!

 

「紅雷・・・早く・・・逃げて」

 どこにどう逃げろというのだ。もうとっくに捕まって、縛めの鎖すらかけられているというのに。

 だが紅い呪を受けた我が身。彼女の・・・術者の言う事は聞かねばならない。

 それでも銀の獣は一瞬低く身構えると、次の瞬間にはディーナの腕の中に滑り込んでいた。

 

 跳躍の勢いに乗せたままに、獣はディーナの涙を盛大に一舐めしてやった。

 急だったのと加減が無かったせいで、ディーナの身体が大きく傾いだ。寝台の縁とわが身とに挟み込むようにして、動きを封じる。

「くら・・・・・・?」

 素早くディーナの髪に鼻先を潜り込ませると、項を探り当てる。彼女の戸惑いを無視してそのまま、紅雷は耳朶に牙を当てた。

「っ・!痛!?」

 ごくごく慎重に加減はしたが、容赦はしなかった。小さくディーナの肌に牙をかけたのだ。

 ぷつり、と肌の裂けた感触が牙に伝わる。そうして、紅雷が見守る中で小さな血溜りが出来上がっていく――。

 さながらそれは、彼女の白い肌に映える紅珊瑚の耳飾のようだ。

 雫が大きくなり、滴り落ちる瞬間を捉える。紅雷はそれを逃さず、素早く舐め取った。

 そのまま、ディーナの耳元に口を押し付ける。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 その者の属性は『光』――栄光をたなびかせた『光』――全てを包み輝かせる祝福された『光』

 

 その『光』授けられた我の属性は『闇』――暗き深遠に横たわる『闇』――全てを覆い沈ませる 祝福かなわぬ『闇』

 

『闇』に『光』授けようと試みたこの者に――我もまた『光』に『闇』を授けんとする

 

 授けられた『光』の強さ故に『闇』はより一層の深い『闇』となる――常に付き従い『闇』は『光』の存在を際立たせる

 

『光』なくば『闇』はあらず―― 己が自身を『闇』とは知れぬ――

 

 よって我は誓う――この胸の『命』捧げるに相応しい者の名は――『白雷(はくらい)

 

『光』授けるこの者に付き従う『闇』として――『紅き雷』の我は『白き雷』に永久の忠誠を誓う

 

 ・。:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 油断していた。能力値未知数のディーナを前に、フィルガは構えも無く丸腰でいたのがその証拠だ。

 しかしまた努力の果ての秀才も、舐めないでいただきたい・・・・・・。

 

 彼女の唇が発し、紡ぎ出される言葉は全て呪文。祝福であれ何であれ、呪いの威力秘めた厄介なもの。

 その証拠に、不意打ちの一撃とも言える『名付け』をされてしまった。

 やってくれる。だから、やり返してやったのだ。ディーナの耳では、おおよそ拾い上げる事のかなわない術句を用いて。

 

 だから彼女はまだ、知らない。

 

『紅雷』が忠誠を誓い『命』を捧げたことを。そうして自分もまた『紅雷』のものとなったことを――。

 

「くら、い・・・・・・?」

 

 ディーナが何か言いたいようだが、獣は柔らかくそれを遮った。獣らしく鼻先を押し付け、ぺろりと舐めて。

 

 これ以上、彼女から『祝福』賜っては、この身が持ちはしないだろうから――。

 

 



 またしても〜迷いましたが・・・『白・雷』で落ち着きました。


『銀』をくれたかったのですが、ちょっと響きが・・・なんとなく、しっくりこなくて。


『銀』=『白い金』という意味もあるそうなので『白』で。


ディーナが知ったらまた怒りそうですけどね。私はシィーラじゃないって、泣き出すのは確実ですが、フィルガはそんな気じゃないから許してやってちょうだいね。


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