* 与え合う命
トゥーラが立ち去り、やっと本当の意味で二人の『対決』です。
アンタが俺に新しい『命』を投げて寄こすのならば、受けるしかなかろう。
その代わりにアンタにも俺の『命』を受取ってもらう――。
俺はただで・・・オマエのモノに成り下がる気は無い。
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朝日が煌く。それに伴なって彼女もまた、より一層眩さを増して行く。
豊かに波うつ赤毛が、生まれてからこの方日に晒された事のないような肌が、その頬を伝い零れる涙が。
寝台に身を半ば預けるように脱力し、ディーナは上半身だけを起こす。
両手をついて何とか身体をひねって、銀の獣を見つめる。哀しそうに。愛おしそうに。
夢見るような眼差しは、少女独特のようでもあり、慈愛を知る母親のようにも思えた。
『紅』を与えられた『銀』の獣は唸った。彼女は彼にとって、あまりに危険な存在と思い知ったからだ。
自分の属性を彼自身、よく心得ている。属性とは彼が何で成り立つのかをも意味している。すなわち、本性が何かと。
『闇』と『雷』と・・・僅かばかりの『光』。
それを見抜かれた。しかもそれだけでは飽き足らず、新たな『命』までをもこの身に植えつけてくれた。
『紅』という名の彼女の刻印。
属性を見抜き正体を暴かれるのは、獣がもっとも忌み嫌う能力のひとつだ。
――見抜かれたこと、無かった事にしてやりたい・・・・・・。そうしてやればいい。
そう囁く本能は危険だった。
それはすなわち、見抜いた者を亡き者にする事で可能とするのだから。
そんな獣の性に、我が花嫁を曝すこととなったのだ。これから先、一生。
生まれたての朝の日に二人、暴かれながら見詰め合った。探り合うようにではなく、かといって対峙しあうでもなく。
ディーナはゆったりと身を起こすと、寝台から滑り降りた。その足元がおぼつかない結果、そうなったのは見ていて明らかだった。
獣――『紅・雷』はほとんど反射的に、飛び出そうと身を構えていた。
それでもその場に思いとどまったのは、彼女が首を振って見せたからだ。弱弱しく、しかしはっきりとした拒絶の感じられる動き。
「お願い。紅雷。来ないで」
もう一度、今度は幾分しっかりと・・・首を横に振ってみせるから、彼女の赤毛が軽やかに舞う。
ディーナは振り払ったのだ。立ち込めていた霧を振り払う朝の陽射しのように。
こうして日の光に、振り払われる闇の気配のように――それは振り払われたのだ。
介入していた何者かの意思などに従うものかと、獣を聖句の徒にしてしまうのを拒んだ――。
その訳は何なのか。『紅雷』はそういぶかしんでいた、その時に紅の孔雀はさえずり出した。
「お願いだから抗って。あらん限りの力を持って――。私の聖句になど屈してしまわないでね。でなければ――つまらないから。アナタが私のモノになってしまったら、つまらないの。貴方のその孤高さが素敵なのに・・・・・・。私ごときの聖句で縛られてしまったら、はっきり言って興醒めだから」
何と勝手をぬかすのか。
ジャスリート家ゆかりの姫君の羽根は、なるほど孔雀に相違あるまい。
言われずとも。
言葉が発せたなら、そう告げていた事だろう。
言われずともそうする、と。
「お願い・・・だから紅雷。――力の限り抗い続けてちょうだいね。私のモノになど成り果ててはダメよ?」
『紅雷』は唸った。言葉発したくともそれは、己自身で封じているせいだ。だが訊きたかった。
紅孔雀よ。そう言いながらオマエは何故、その両の翼を差し向けるのかと――。その胸に迎え入れたいという、願望の表れであろうに。違うとは言わせたくはない。
「お願いだから、早く。・・・・・・早く逃げてちょうだいね。私がまた聖句を紡ぎだすよりも早く」
逃げろというその唇から、目が離せなかった。新たにまた頬を伝い始める透明な雫からも、柔らかく自分に広げられた腕からも、何もかも。ディーナの言葉にそぐわない矛盾した全ての所作から、紅雷は背を向けることなど出来やしなかった。
今すぐに、ディーナの側に寄り添ってやりたかった。だがそうできないのは、彼女の『紅の呪縛』を賜ったせいだ。
紅い、雷。その名を受け入れた己がいる。聖句なんかよりもよほどタチが悪い、始末に終えない紅い縛めの鎖。
言うなれば彼女自身がこしらえ上げた、術句の一節。――『術・紅』。そう名づけてやろうかと思う。
人に己の紅をくれてしまう、彼女自身が編み出した全く新しい呪法といえるから。
全く!!全く持って唸るしかない。獣の立場からしてみても、ハイクラスの術者の立場からしてみても、そうするしかない。
してやられたと舌打つか、実に見事と手を叩くか。それが同じ胸中に湧き上がるものなので、始末に終えない。
だから紅雷は、ただただ四肢を突っ張らせて立ち尽くしている。
――これだから厄介なのだ。『天才』型は!
「紅雷・・・早く・・・逃げて」
どこにどう逃げろというのだ。もうとっくに捕まって、縛めの鎖すらかけられているというのに。
だが紅い呪を受けた我が身。彼女の・・・術者の言う事は聞かねばならない。
それでも銀の獣は一瞬低く身構えると、次の瞬間にはディーナの腕の中に滑り込んでいた。
跳躍の勢いに乗せたままに、獣はディーナの涙を盛大に一舐めしてやった。
急だったのと加減が無かったせいで、ディーナの身体が大きく傾いだ。寝台の縁とわが身とに挟み込むようにして、動きを封じる。
「くら・・・・・・?」
素早くディーナの髪に鼻先を潜り込ませると、項を探り当てる。彼女の戸惑いを無視してそのまま、紅雷は耳朶に牙を当てた。
「っ・!痛!?」
ごくごく慎重に加減はしたが、容赦はしなかった。小さくディーナの肌に牙をかけたのだ。
ぷつり、と肌の裂けた感触が牙に伝わる。そうして、紅雷が見守る中で小さな血溜りが出来上がっていく――。
さながらそれは、彼女の白い肌に映える紅珊瑚の耳飾のようだ。
雫が大きくなり、滴り落ちる瞬間を捉える。紅雷はそれを逃さず、素早く舐め取った。
そのまま、ディーナの耳元に口を押し付ける。
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その者の属性は『光』――栄光をたなびかせた『光』――全てを包み輝かせる祝福された『光』
その『光』授けられた我の属性は『闇』――暗き深遠に横たわる『闇』――全てを覆い沈ませる 祝福かなわぬ『闇』
『闇』に『光』授けようと試みたこの者に――我もまた『光』に『闇』を授けんとする
授けられた『光』の強さ故に『闇』はより一層の深い『闇』となる――常に付き従い『闇』は『光』の存在を際立たせる
『光』なくば『闇』はあらず―― 己が自身を『闇』とは知れぬ――
よって我は誓う――この胸の『命』捧げるに相応しい者の名は――『白雷』
『光』授けるこの者に付き従う『闇』として――『紅き雷』の我は『白き雷』に永久の忠誠を誓う
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油断していた。能力値未知数のディーナを前に、フィルガは構えも無く丸腰でいたのがその証拠だ。
しかしまた努力の果ての秀才も、舐めないでいただきたい・・・・・・。
彼女の唇が発し、紡ぎ出される言葉は全て呪文。祝福であれ何であれ、呪いの威力秘めた厄介なもの。
その証拠に、不意打ちの一撃とも言える『名付け』をされてしまった。
やってくれる。だから、やり返してやったのだ。ディーナの耳では、おおよそ拾い上げる事のかなわない術句を用いて。
だから彼女はまだ、知らない。
『紅雷』が忠誠を誓い『命』を捧げたことを。そうして自分もまた『紅雷』のものとなったことを――。
「くら、い・・・・・・?」
ディーナが何か言いたいようだが、獣は柔らかくそれを遮った。獣らしく鼻先を押し付け、ぺろりと舐めて。
これ以上、彼女から『祝福』賜っては、この身が持ちはしないだろうから――。
またしても〜迷いましたが・・・『白・雷』で落ち着きました。
『銀』をくれたかったのですが、ちょっと響きが・・・なんとなく、しっくりこなくて。
『銀』=『白い金』という意味もあるそうなので『白』で。
ディーナが知ったらまた怒りそうですけどね。私はシィーラじゃないって、泣き出すのは確実ですが、フィルガはそんな気じゃないから許してやってちょうだいね。