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       * 魂への試み


――シアラータにトゥーラ。一章と八章ぶりでございます。

 

 彼の者の魂を・我が物に・我が物に・我が物に――。

 

 それ以外は考えられない。

 

 けれども。我が物となった魂をどうしろと言うの・・・・・・?

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 月明かり(わず)かばかりの闇の中。橋に立つ者の影が、飛翔するかのように立ち去った獣を見送っていた。

【・・・・・・君はまだ物足りなさそうだね、ダグレス?もっと彼と牙を交えたかったかい?】

 ””――ふん。こんなものはお遊びでしかない。だがこんな所でくすぶっているよりも、優先する事があるからな。それはあやつめも同じであろうさ””

 ダグレスはつまらなそうに言い捨てる。そうは言っても立ち去った銀の獣の方角に向かっての、威嚇とも取れる動き――首を前後に打ち振りながら己の一角を構える――のを止めない。

 トゥーラの目から見ても、彼が不完全燃焼なのは明らかだ。

 それは()がディーナの想う獣だから、本気を出せずにいるのだろう。ずいぶんといじらしい事だ。

【それは確かに。よくやってくれたね、ダグレス。礼を言うよ。君のお蔭だ。ディーナはちゃんと聖句を刻んだし、フィルガは獣身のまま――彼女の元に向かった】

 ””別に。我は嬢様のために動いただけだ。全く!!若造が!いつまでたっても子供で、世話の焼ける。だから、せっついてやっただけだ。それに・・・嬢様が『聖句』を必要とする時が、必ず来る””

 ――神殿の輩が動き出したからな。

 そうダグレスは付け足すと、ようやく首をもたげて胸を張った。

 

 『名乗り』を上げ(・・)、『高見に立つ』と宣言(・・)から始まるのが聖句の特徴だ。ただし、それは人の子の操る聖句だからだ。

 あくまで聖句を用いて獣を従えるのがその目的であり、築かれる関係は『主従』だ。

 獣は調べに心を奪われるが、まだいくらか自由がある。聖句は魂という深みに触れても、食い込むまでには及ばない。

 心は本来ならば、軽やかで自由なものだ。何者であろうとも。そのせいか比較的、第三者からの介入という影響も受けやすいのだ。――だが、魂だけは違う。よほどの事が無ければ、誰もその輝きを鈍らせるまでには至らないのだ。

 わずかばかりその光に触れることはできても、犯すことの出来ない領域だ。その源が何で出来上がってるのかまでは、今だ答えは無い。しかしこれだけは断言できる。

『魂』を傷つけることが出来るのは、その魂の『持ち主』のみがなせる行為だと。

 何者であろうとも、他の魂にまで食い込むのは不可能。そう結論はつけた上で導き出し、なおも続けられる『研究』という名の実験(こころみ)

 トゥーラ・ファーガのいつ果てる事もない、好奇心の表れ――。

 そんな己の『研究』に、そろそろ終止符が打てるかもしれないと思い始めていた。

 やっと。やっと、だ。その兆しが見え始めた。それは収穫のある成果として、収めてやれるかもしれないと希望のあるもの。

 トゥーラは満足そうに笑う。それはあどけなさの残る少年のものでもあり、(よわい)を重ねたもののようでもある。

 

【はははっ!いいねぇ、ダグレス!君はいい役者になれるよ。――ねぇ?そう思わないかい、シアラータ(・・・・・)?】

(( ””・・・・・・・・・・・・。””))

【――なんだよ、無視かい。まぁいいけどね。本当によくやったね、ダグレス。これで舞台も役者も整った。・・・・・・首尾よく面白いものが見れそうだ】

 ””・・・・・・嬢様は見世物ではないハズだ、トゥーラよ””

【ふふふ。あの子は僕の研究の成果だ。観察して当然だろう?シアラータも()が心配?】

((””当然だ。いかにお前の仮説が正しいと理解した上であっても、結果は出ていない!可能性は未知数だ。心配して当然だろう””))

【――・・・それでも。あの子らには必要だから。唯一の者の魂に己の『魂を預ける』か。『預かる事』が出来たならば、それはここに留まる(いかり)になる。そうすれば志半ばで、橋を戻らずとも済むようになるかもしれないんだ。二度と橋を戻らなくて済むのなら、そうしてやりたいんだよ。わかるだろう?それが双方のためだ】

 相変らず愉快そうに笑いながら、トゥーラ・ファーガは答えた。

 背後に幾頭もの獣を従え立つシアラータに、少年は怯む様子は無い。実にゆったりと構える様は、不遜とも取れる。

 彼自体とても華奢であり、その背丈はシアラータと呼ばれた獣の半分以下しかない。

 そんな少年の身体は、獣の影にのまれている。

 もっともシアラータは闇に居座っており、それ以上は踏み込む様子は無かった。時折り足踏みをするのは、恐らく彼の子供たち(・・・・)が心配だからだろう。それでもそこからは腰も上げず、眼差しだけを向けている。

 背後に引き連れた獣たちの遠吠えを、橋の向こう側に押し止めながら――彼は見守っているのだ。

 それはトゥーラやダグレスも同じだ。

 

【さあ。どうなるかな。早いところ幕が上がって欲しいよ】

 ””我も行くぞ””

【ダグレス、待った!――それは野暮ってものだろう。ここで待つんだ】

 ””――そうだが・・・・・・””

【ここでシアラータに倣うんだ。いいね?これは『あの二人』の対峙なんだから。さて・・・僕は孔雀の目を借りるとしよう。まぁ全部は覗き見せず、制限を加えるから安心して?】

((””なぜ、私に言うのだ?””))

【・・・・・・それが道理だろうからさ、保護者(・・・)殿。――シアラータにダグレス。万が一暴走したら、対処を頼むよ】

 ””もちろんだ””

 頷く二頭の獣を確認すると、トゥーラも深く頷いた。そのまま瞳を閉じると、両方の(かいな)を広げる――。

 

 そうしてトゥーラ・ファーガ・ジャスリートは、意識を飛ばした。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・ 

 

 実に通い慣れた部屋なのだが、こうして訪れてみると奇妙なものである。

 

 ここは昔、彼の母親が居としていた自室だ。

 別名『孔雀のための鳥かご』部屋。皮肉を込めてそう呼ばれていたし、彼もそう呼んでいた。

『白孔雀』こと――シィーラの持つ輝きに魅せられて、彼女を訪れる獣があまりに多かった。それが昼夜問わずとあっては、流石に彼女に支障が出る。

 だからその輝きを幾らかでも封じてやるために、細部に獣よけを施してあるのだ。それから改善を加えて、より強力な術が作用するにまで至った部屋。

 獣に目くらましを与えるだけではなく、住まう者の力にも制限を与える。もう鳥かごどころで済まない、立派な牢屋でもある。

 そこまで持っていったのは、フィルガの意地だ。それが成した技の表れだった。

 

 もちろん、その為に何度も足を運んだ部屋である。――つい先ほども。

 だが今・・・少しだけ気まずくて、つい遠慮がちに足音忍ばせてしまう。

 それは訪れ方にも原因があるだろうが、何より――今この部屋にいる娘を泣かせてしまったのが、自分だからだ。

 

 ””泣き止まない””そう告げられて、フィルガの胸が大きく軋んだのもまた確かだった。

(・・・()に戻れとダグレスは言ったが、必要なのはフィルガではないとか言っていたな。アイツ)

 その言葉に引っかかりを覚えたが・・・まずは様子を窺うために、耳をそばだてる。

 

 そんな『銀の獣』の耳に届くのは、微かで規則正しい寝息だった。穏やかな息使いにどこか安堵しつつ、彼は意を決した。

 

 窓からそっと入ったのだが、彼女に寄り添うようにと命じた獣には気付かれたらしい。

 細心の注意を払っても、そうそう獣の耳は欺けるものではないのだ。

 ””――何しに来た・・・・・・いじめる気・・・――””

 

『高見に立つ我が この獣の心を預かる』

 

 ディーナに寄り添っていたレドに、間髪いれずに一句を見舞った。途端に白い獣は意志奪われて、大人しくなる。

『そうだ――。我が行くまで控えていろ』

 ””――――。””

 レドはすり抜けるように、寝台から降りた。そのまま扉の向こうへと歩み去る。

 あたかもその意志の無い動きは、そのまま空気の移動を眼にしているかのようだった。

 それに倣うかのように、フィルガもまたディーナへと歩み寄った。ちょうどレドと行き違う格好になる。

 

 寝台に横たわるディーナに、もう涙のあとは見られなかった。ただ肌寒そうに身を丸めている。

 ドレスのまま横になるのを、窮屈に思ったのだろう。彼女は薄い下着一枚の姿で、その裾に足をすくめていた。

 その様子があまりにも無防備な幼子のようで、侍女も付けずに放置した事を今更ながら後悔した。彼女はあんなにも寒がっていたのに。

 フィルガは何か羽織り物を掛けてやろうと、室内を見渡した。その時。

「・・・・・・ん、・・・レド・・・・・・?」

 ディーナは傍らに寄り添っていたレドが居なくなり、ますます寒さを覚えたのだろう。

 手を伸ばして探る。だがそうしてみても、空を切ることに違和感を感じたようだ。

「ん・・・ん?・・・ど・・・こ?・・・レ、ド・・・どこ?・・・どこ?」

 

 ディーナのそのあまりに切ない呼びかけに、フィルガは反射的に獣の身体をすり寄せようと近付いた。

 

 躊躇ったのも一瞬で、すぐさま寝台に上がる。そのまま彼女のさ迷う腕の下に、身を滑り込ませてやった。

 その途端ぬくもりに安心したのだろう。離すまいと抱きついてくると、ディーナはやわらかく微笑んだ。

 瞳は閉じたまま――。

 

 何の憂いも感じさせない。いや――。まだその憂い自体を知らないかのような、無垢なる者のあどけなさに眩暈がした。

 そのあまりに満ち足りた笑みは、フィルガの胸をまたも違った意味でかき乱す。

 こんな彼女の表情は、はじめて見た。いつも曇らせてばかりだったから。

 その感動と・・・また、泣かせてしまいかねない己への罪悪感。それでいて獣に信頼を寄せる彼女を、裏切ってやりたいとも思う。

 ひとつの胸中にいっぺんに湧き上がった想いが、予想もつかない方向へと獣の我が身を突き動かしかねない。

 そんな可能性に焦りを覚えるフィルガに、ディーナは囁きかける。

 

「・・・・・・つかまえ・・・たぁ」

 

 くすぐったそうに、くすくすと笑いながら。やわらかな身体で必死にすがりながら。

 

 ――捕まった。その瞬間、そう観念するしかなかった。

 

 



 しかも揃って悪だくみ(?)ですね。この御三方は。


 ダグレスは役者ですね。


 そしてディーナ。無邪気という魔性っぷりを発揮してます。


 フィルガはもう、逃げられません。


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