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第十一章 * 魂に刻む句


 泣きすぎると、何で泣いてるかわからなくなりませんか?

 

 哀しいという感情だけがただ、胸にあるせいなのは確かなのに。言葉にはならないので、厄介です。


 

 何でこんなに自分が泣いているのか わからない。

 

 泣いて・・・・・・どうなるものでもないから、いい加減にしておきたい。

 

 ―― だから、泣き止みたいのだが。

 

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 ダグレスもレドも優しい。

 ひどく、ひどく優しい。その毛並から、眼差しから、しっぽの先にいたるまで。・・・何から何まで。

 存在自体がディーナの心を、慰めてくれる。

 ””ディーナ。もう、泣かないで、ディーナ。レドがいるよ。側にいるよ。だから、一緒に遊ぼう””

 レドの口調はどこか幼い子供のようだ。心もそれに準ずるものだからだろう。

 純粋にディーナを慕って、その涙を晴らしたいと必死な様子だ。その温かな心使いに(くる)まれて、ますます涙が頬を伝う。

 安心したのだ。彼ならば、ディーナに乱暴を働いたりしない。けっして――。

 ディーナはその存在に頼るべく、ぎゅうぅと抱きついたままレドの胸元に顔を押し付ける。

 ””ディーナ。フィルガならもういないよ。あいつ、いつもイジワル。来ても追い払ってあげるから、もう安心して?””

「・・・・・・ありがと、ね。レド」

 ディーナは顔を上げないまま、くぐもった声で小さく礼を呟いた。優しい獣が寄り添って、こんなにも自分に心を砕いてくれている。

(それに比べてフィルガ。アイツめ。あの男は一体何なんだ!人のこと、バカにしてっ!!)

 ――それなのに・・・ディーナがただ一言『嫌い』と告げた、その途端。あんなにも無表情のまま、哀しそうな目で見るなんてどうかしている。

 そう思わないのだろうか。大体からにして『好きに殴らせて貰う』とか言い出して、その行動がアレだ。

(私に嫌われたくて仕方ないの?フィルガのバカ!!それだけ私が憎い?・・・シィーラの代わりに感情ぶつけないでよ!!)

 蘇るのはあのフィルガの眼差し。いつも、いつもそう。ディーナが突き放そうとすると見せる、あの顔。

 置いてきぼりにされた子供のようにすがるかのような。拒絶するディーナを責め立てるような。

 悲しみを湛えながらも、鋭さを秘めた眼差しの意味するところは・・・つまるところ『恨み』なのじゃないかと思わせる。

(だから!私はディーナよ!――シィーラとは、違うの!!)

 その度に負けじと叫び続けてきた訴え。彼は無意識であろうとなかろうと、いつだってディーナを責めている。

(まるで罪人(つみびと)を咎めるかのよう。私にそんなもの抱かせたくって仕方が無いんでしょう!だから!だから、だから。牢に案内しろって言ったのよ!フィルガのバカ!!)

 

 いくら正当性を訴えてみても、ディーナの胸の締め付けは治まらない。しかも、だんだん呼吸さえ制限されてしまうかのようだった。

 瞳に湛えた涙は止まる様子はない。止め処も無く溢れ続けて、自分は壊れたのかとふと思った。

 なかなか言う事を聞いてくれない自分の瞳に、焦りといら立ちすら感じ始める。

 ””ディーナ嬢。一体どうされましたか?このダグレスに出来る事はございませんか?””

 今ままでただ静かに――側に寄り添っていただけのダグレスが、遠慮がちに声を掛けてきた。

「・・・ありがとう、ダグレス。何だろうね、私・・・色々あり過ぎて。もう、ワケがわからないよ。何でこんなに涙が止まらないんだろう・・・寒いからかなぁ」

 ””寒い?体調でも崩されましたか?フィルガめに言いつけて、暖炉に火を起こさせましょう””

「――ううん。ダグレスもこっちに来て、抱っこされて?そうしたら・・・大丈夫よ。きっと」

 ””おおせのままに””

 べったりとディーナに張り付いているレドを、目線だけで退()ける様にと促す。

 そんな紅い眼に脅しつけられて、レドは渋々ディーナの背後に回った。

 レドが長いしっぽでディーナにまとわり着く。それすらも視線ひとつで諌めると、ダグレスはやっと擦り寄ってきた。

 

 一角をディーナに向けてしまわぬようにと、首を傾けるとダグレスは前脚を折る。

 次いでディーナがその首筋に両手を回すと、慎重に後ろの脚も追った。

 急の無い動きは、すべてがディーナのためのもの――。闇色の獣の所作は、それはそれは優雅な気品に満ちている。

 フィルガが退室してからすぐ。ダグレスはいたって自然に傍らにいた。彼の特徴的な瞳が瞬くのは、合図と受け取れた。

 ディーナは驚かなかった。彼は闇の一部、闇そのものなのだから。

 闇の支配するところならば、いくらでも行き来可能に違いあるまい。

 

「ねぇ、ダグレス?」

 ””何でございましょう、ディーナ嬢””

「あの『銀の彼』を見かけなかった?ケガをしたまま行ってしまったの・・・大丈夫かしら?」

 ””あの獣でしたら何の心配もございませんよ。この身は回復力が強いのです。見たところギルムードの剣も掠めた程度でしたから。出血の割りに、傷は深手では無いでしょう。ご心配には及びませぬよ””

「そう良かったわ。ありがとうねダグレス。アンタはケガが無くて良かったわ。あの彼みたいにケガをして欲しくは無いのよ」

 ””ディーナ嬢・・・・・・””

 自分の身を案じて囁かれる、優しさに溢れた気遣いの言葉・・・。ダグレスはうっとりと、目を細めて身をすり寄せる。

「ねぇダグレス。もうひとつ訊いてもいいかしら?」

 ””何なりと””

「――あの『銀の彼』の名前は何ていうのか知っているかしら?彼ときたら、名乗ってもくれなかったの。どうしてかしら。もう、誰かの聖句に囚われてしまっているせい?・・・!!?もしかして、彼はフィルガ殿の獣なの?」

 ””いいえ。いいえディーナ嬢。――いいえ。あの()は今だ名を持ちませぬ。そうだ、ディーナ嬢。よい提案がございますよ。そうしたら、嬢様のお心も晴れますでしょう””

「え?なぁに?」

 

 ””あの獣を嬢様の獣にしてしまえばいい。このダグレスめに良い策がございますゆえ――・・・・・・お耳を””

 

 ・。・。:*:・。・。:*:・。・。:*:・。・。:*:・。・。:*:・。・。:*:・。・。・

 

 『聖句』 で 魅 了 し 、な お か つ 嬢 様 の 魅 力 で 縛 れ ば

 

 

 あ の 獣 は ア ナ タ 様 の 虜 で ご ざ い ま し ょ う 。

 

 ・。・。:*:・。・。:*:・。・。:*:・。・。:*:・。・。:*:・。・。:*:・。・。・

 

(――ぇ・・・聖句?虜?――私、の獣に?)

 ダグレスの言い出した策とやらに、ディーナの理解が遅れる。

 

 ””あやつめの『属性』は『雷』と『闇』と『光』。普通は属性は単独なのですが、アイツは極めて珍しい属性なのです。それだけ力も強いし、複雑なのです。そう簡単に術者の聖句に屈しないでこられたのも、そのお蔭なのです””

(何を?何を言い出すのダグレス?そんな事が許されるわけが無いじゃない・・・・・・)

 ディーナは甘く痺れるような感覚に支配されて、ダグレスに異を唱える言葉が紡ぎ出せなかった。

 物々しく重いものが胸いっぱいを占める。これは知ってる。罪の意識――罪悪感だ。

 問題はそれを押しやろうとする、もうひとつの感情の方だ。あまりこちらはなじみが無い気がする。

 それを何と人は呼ぶのか、見当のつけ様がないからだ。

 ただわかるのはその感覚はディーナを痺れさせ、正常な判断を鈍らせる威力があるということだ。

(『彼』を私の獣に?――そうしたらずっと側にいてくれる・・・かしら?でも、そんな事をしたら・・・・・・ああ)

 彼を聖句の、ディーナの、『徒』にする。

 その提案に衝撃すら覚えた。やってはならないと、頭の片隅では警告音がなる。

 いけない、これから先を耳にするのすら、いけない(・・・・・)

 それなのにダグレスに、言葉の続きを促がす自分がいる。ダグレスにこれ以上は物を言うなと、ディーナは唇を開きかけたのだが。・・・・・・そのまま何も発する事無く、わななくばかりだ。

 ダグレスの紅い(まなこ)をとらえて、食い入るように離さない自分が・・・確かにいる。

 

 ダグレスはゆったりと謳うような調子で、囁きかけるのを止めない。

 

 ””闇を切り裂く雷の光。そう、唱えなさい。あやつに一番強く影響しているのは『闇』ですから。次いでが『雷』。そしてごくわずかに『光』。これを見極められるのは人の子では無理でしょう。獣の目を持たねば、ね””

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 (いかずち)をくるむは闇 。 闇 振り払うは 光 。 光 放つは 雷 。 よって 光は 雷に従う 。

 

 従うは雷光という名の放たれる槍 。つがえられる弓から、引き放たれる矢 。

 

 その切っ先の射ぬくは、()の獣の魂の在り処。 闇のとばりにくるまれた魂の在り処 。

 

 振り払え、輝ける雷光の矢刃よ 。

 

 射掛けられた雷光という名の下に、仕留めるは()の者の魂の在り処 。

 

 射かけよ、 闇を切り裂く雷の光 。

 

 ―― 彼 の 者 の 魂 を  我 の 物 と せ ん が た め に  。 

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 ””彼の者の魂を我が物とせんがために””

「――彼の者の魂を我が物とせんがために・・・・・・」

 

 ディーナは自分でもわけのわからぬままに、ダグレスに倣って聖句を口にしていた。

 すでに意識はどこか遠くに飛び、瞳は彼方を見据えたかのように虚ろでいて・・・強い光が宿る。

 今ディーナの心を占めるのは聖句の文言そのまま。『彼の者の魂を我が物に』その想いだけだ。

 一切の疑問も罪悪感も鳴りを潜めたまま、ダグレスに言われるがまま彼に従い術句を口にしていた。

 

 はじめの方は罪の意識が咎めてくれていた。それなのに――。唇に言葉をのせるたびにそんな想いは、どこへやら。

 代わりに自分の心に素直に従う自分が主張する。刻め聖なる句を己の魂に、と。

 ディーナは無言のまま、自分の深みから湧く声に頷いていた。

(聖なる句を刻む。この魂に。・・・・・・彼の者の魂を我が物とするために)

 

 書物による伝承かなわぬ聖なる句は、それを極めたものからの口伝えによって受け継がれていく――。

 ディーナはそうと理解できぬままに、詠唱を授けられていた。ダグレスという三の属性を見極める目を持つ、最高の師によって。

 

 ””さぁ、これでいいディーナ嬢。――・・・後は実際に『彼の者』を、嬢様の獣『聖句の徒』にするだけです。しばし、お待ちを。『彼の者』をお連れ致しますゆえ””

 

 ダグレスの満足そうな言葉に、ディーナはただ頷いていた。

 

 


 

 ――ダグレス!! アンタ、本当に何てこと言い出すんだい!!

 

 ますます二人の間に溝が。


 凶暴で、賢い彼には振り回されてしまいます。


 いや・でも。男女の対決は書くのは好きですね。

 がんばります〜。お付き合いよろしくお願いします。

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