表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/72

     * 孔雀にはめる足かせ


――ディーナ。彼女はほぼ、負けん気で成り立っているようです。

 

 ・・・・・・。

 

 大っ嫌い。

 

 もう、あっちに行ってよ。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 気丈にも身を任せきることなく、ディーナは抵抗を試み続けていた。

 たとえそれが、ただなす術も無く易々と封じられていようとも、だ。

 彼から見れば、ディーナはもうとっくに屈していたかに思えたかもしれない。

 絶対に負けてなるものかという気持ちを持ち続けていただけで、実際は身動きひとつ取れていなかったのだから。

 そのせいでフィルガは少々油断したようだった。ディーナの両手を封じていた手が緩んだ――。

 ディーナときたら、そのわずかばかりの隙を油断無く見極めていた。素早く己の手を引き抜くと、勢い良くフィルガの左頬を突っぱねる。離れ間際に、ついでにガブリと噛み付いてやった。

 どこをどう狙ってやろうかなんて、無我夢中で考えていたワケではないが――。ディーナの犬歯は、フィルガの上唇を確かに捕らえていた。

「・ッ・・・」

 フィルガが思わず出した短い声には、痛みを訴える響きがあった。してやった!という暗い喜びが湧き上がる。

 それでいて痛がらせてすまなかった、と言う気持ちが沸いたのも同時だった。それが噛み付いたまま、彼を突き放すという行動を取らせた。

「っちッ!!」

「!!」

 フィルガが顔をしかめながら、己の口元を押さえていた。その唇の端に(にじ)むのは、鮮血の赤。

 噛み切ってやったのだ。ディーナは自分の口の中に広がっているのが、血の味だとそれを見て理解した。

「・・・やってくれますね」

 いい気味だ!そう言ってやりたい所なのだが、言葉にならなかった。

 それでいて、思わずごめんなさいとも言いそうになった。それも発される事は無かったが。

 恐らくその二つはディーナの中でぶつかり合って、相殺されたらしい。

「・・・・・・。」

 フィルガの目の色は明らかに不穏だった。据わり切った灰色の眼に見据えられ、ディーナは喉の奥で悲鳴を飲み込む。

 しかしここでまた目を瞑ってしまうのは躊躇われた。そんな事をしてはまた対応が遅れる。

 もう、好きに『殴られる』のはゴメンだった。

 

 そう自分を奮い立たせるように、身を起こす。その途端に背を受け止めていてくれた柔らかな感触が、寝台によるものだと改めて認識出来た。

「・・・っ・・・っく・・・!!」

 悔しい。恥ずかしい。屈辱だった。もう先ほどまで身を包んでいたはずの寒さなど、身体のどこにも名残が無い。

 フィルガに無理やりとはいえ、熱を呼び覚まされたのだ。それがより一層ディーナの羞恥心を煽る。

 こみ上げる怒りにかみ締めた唇が、ひりひりと痛んだ。それもフィルガに殴られた(・・・・)せいかと思うと、新しく涙が溢れ出す。

 ディーナは勢いに任せて、クッションを引っつかんで振りかぶった。ぼすん、と鈍い音を立ててフィルガにぶつかる。

 かなりの至近距離からなので、外れずに上手いこと命中した。それでもディーナの気は治まらない。

 間を置かず、もうひとつ振りかぶる。今度は投げつけてしまわずに、両手で力一杯フィルガに振り下ろした。

 ぼす!ぼす!ぼす!と、何度も何度も――肩で息をしながら、ディーナはぶち続けた。

 正直足元がふら付いて仕方が無かったが、気力を振り絞り勢いに乗っかってフィルガに怒りをぶつける。

 

 そんなディーナの攻撃をかわす事も無く、フィルガは黙って受けている。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

「――もう、気は済みましたか?」

 ぜい・はあと、呼吸を整えているディーナにフィルガは声を掛けた。

 ディーナはきっと睨みつけると、またひとつ大きく振りかぶった。

 済むわけが無かろう!気持ちは治まりようも無い。そんな凶暴な怒りに反して、体力が尽きかけている。

 明らかに威勢が良かったのは、最初の二・三回の振りまでだった。

 それですらこの男にしてみたら、痛くも痒くも無いだろう。恐らく。

 いや、確実に。――せめて痒かったら御の字だ。今はもう、それくらいの勢いでしかない。

 何て自分は脆弱なのか。それにもまた腹が立つ。こんな事をしたって、ダメージを受けるのは自分だけだろう。

 フィルガは涼しい顔で黙って、ディーナの攻撃を受けてくれている(・・・・・)。彼はディーナの気が済むまで付き合う気だろう。

 ぽすん、と気の抜けたような音を立てたクッションを、フィルガは受け止めていた。ディーナはもう一振りするつもりだったが、引き抜けなかった。

「・・・・・・ディーナ。もう、それくらいで。アナタの方がくたびれるだけですよ」

「知ってる。だから何よ?」

「ディーナ・・・・・・」

「〜〜〜〜〜ッ、もう!本当にイヤ!フィルガ殿何て大嫌い!!いっつも私のことバカにして。嫌い!〜〜〜嫌いなんだから、もう、どっか行っちゃってよ!!」

 ディーナは癇癪を起こして、今度は拳をクッションに打ち付ける。

 そんな事しか出来ない自分が無力で、子供にしか思えなくて情けなかったが止まらなかった。

 嫌い、嫌い、ヒドイ、もう私の事は放っておいて・・・・・・。それだけをくり返し涙ながらに訴え続ける。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

「――レド」

 ディーナはいつの間にかフィルガに両肩を押さえられていた。そのことよりも彼がたった今、口にした名の響きに驚く。

 闇が支配する部屋の隅――窓際の方から風が入り込んできたと思った。

 目の端でカーテンが、寝台を覆う布が、ふうわりと持ち上がったのをとらえる。それが落ち着きを取り戻すよりも一瞬早く。

 ――足元に白い獣が伏せていた。獣は巨体を持ち上げるように、すぐ身を起こしながら尋ねる。

 ””――呼んだかフィルガ?””

「レドっ!?」

 ディーナは意思奪われて久しいはずの・・・獣の名を叫んだ。

 ””ディーナ!!ディーナ、どうした!?フィルガにいじめられたのか?泣かないで、ディーナ””

「・・・・・・レド!!ごめんっ、大丈夫だったの?私のせいで・・・『聖句』にっ・・・」

 ごめんね、ごめんね、私が巻き込んだから・・・・・・。そう、詫びながらディーナはレドに抱きついた。

 

「レド。ディーナを守れ。片時も目を離すなよ。――そして何か異常があったら俺をすぐに『呼べ』。いいな?」

 その様子を見下ろしながら、フィルガはレドに命じる。

 命令口調から庇うように、ディーナは強くレドにしがみついた。落ちてくる言葉に身を固くしたのは、ほとんど反射的なものだった。

 ””今!!異常っ、ディーナが泣いている。不審者・フィルガ!!””

「レド――。貴様」

 ””オマエに言われるまでもない。――いいから早くあっちに行け。いじめっこ・フィルガ!””

 どうやらレドの中でディーナを泣かせる悪いヤツ=フィルガという図式が出来上がったようだ。

 獣はディーナの泣きすがりっぷりに異常さを感じ取ったらしく、慌てたようにフィルガを追い払おうと牙を見せた。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 フィルガは後ろ手で扉を閉めると、そのまま背を扉に預けた。もたれ掛かると、自分の口元に己の甲を押し当てる。

 (危なかった・・・あのまま――。ディーナが暴れてくれなければ、今頃・・・もっと泣かせていた)

 

 今彼女を慰める事が出来るのは自分ではない。それは痛いほどに自覚している。だからレドを呼び出したのだ。

 言うなればご機嫌取りだろう。それでいてあの娘にはめる足かせ。少女は喜んでその枷に自ら足をはめ込むのだ。それを知っての上だった。

 今頃きっとあの優しくて無害な獣の毛並みに、癒されている事だろう。(レド)の求めるのは彼女からの優しい愛撫と、抱擁だけ(・・)なのだから――。

 ディーナが安心してその身をすり寄せても、何ら問題の無い相手(ケモノ)だ。

 

 そうと知った上でレドを与えたのだが、どうにもやり切れない。焦りにも似たモノが、フィルガの胸に迫って積もる。

(――あのまま・・・ディーナをあれ以上追い詰めずに済んで・・・・・よかった)

 フィルガは己の唇を親指でなぞった。ちりりと、火傷した時のような痛みがそこにはある。

 ちっ、と小さく呻いたが、けして深すぎる痛みでは無かった。そして不快でもない。

 むしろそれは甘さを伴なって快い程だ。

 橋での対決でギルムードの野郎の一撃を顎に喰らって負った、あの痛みなどとは比べ物にならない。

 切ったのは口の中の方だったので、あまり外から見ても解らないだろうが腫れて来ていた。

 気づかれたらどう説明しようか、少し思いあぐねていた所でもあったから正直・・・助かった。

 何か尋ねられてもコレで言い訳が付く。ディーナには悪いが利用させてもらおう。

 その傷のせいもあって思わず体を離してしまったのは、悔やまれるような。これで良かったと胸を撫で下ろすような――。

 複雑な気持ちだ。

 

 彼女が先ほどからずっとずっと気に掛けている『彼』ならば、その笑顔を取り戻す事が出来るのであろう。

 だが問題は『彼』の求めるものが、ディーナの与えうる限界をやすやすと超えてしまっている点だ。

 彼女は『彼』を前にすれば無条件で受け入れてしまう事だろう。恐らく――人畜無害と信じきっていてやまないだろうから。

 そうして無防備極まりないディーナを目の前にして、はたして『彼』は『人畜無害』でいられるだろうか・・・・・・。

 答えは『否』だ。

 そんな獣が本性の赴くまま振舞ったら、どうなるか。

 ――確実に彼女の身体も精神も、どちらも壊してしまうだろう。彼女に深い傷など負わせたくは無かった。

 自分はそれを良しとはしない。当たり前だ。

 だからレドを呼び出した自分を、褒めてやってもいいと思う。彼女の魅力を前にしながら、必死で抗って屈しなかったのだから。

(ディーナ・・・アンタは本当にやってくれますね。今日は負けそうだった・・・)

 

 フィルガは唇を押さえたまま、ずるずるとその場に崩れ落ちた。背後を預けた扉の向こうにいる彼女の気配を探りながら。

 立てた右膝に体重をかけると、ぐったりとうな垂れる。ついにはっきりと宣告されてしまったのだ。

(大嫌い、か・・・・・・。やっぱりな)

 

 ――相変らずフィルガに勝ち目は無いようだった。

 

 



どちらが立場が上かって?


ディーナ>フィルガ=フィルガ目線。


ディーナ<フィルガ=ディーナ目線。


――と、いった所でしょうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ