* 孔雀に呼び出された獣
フィルガ、暴走。(本当は短気な彼です。)
ディーナの意地っ張りを崩さず続行の姿勢に・・・切れます。
もう会えないかもしれない等と、何故それほどまでに『獣』に執心するのかが解らない。
ただ一度見えたばかりの獣だろう?
――短いとは言え、いくらか同じ時間を共に過ごした者には?・・・・・・その執着は無しなのか?
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フィルガはディーナのうな垂れた様子を憐れに思う反面――苛立ちを隠せない。
おまけに敬語も取り止めとなった今、その口調は使う本人にですら酷く冷たく耳に届く。
「獣の様子を知ってどうするつもりなんだ?言ったろう、そうそうもう獣は呼べなくなると。それともまた、抜け出すのか?」
「いいえ。私はもう『呼ばない』。私に関わったばかりに、怪我などして欲しくない。二度と。だから、会えない方がいいの。彼にしてみたらきっと迷惑だったわね。忌々しく思ったと思うわ。たとえ無意識だったとしても、私なんかに呼びつけられて」
――本当にごめんなさい・・・いくら謝っても足りないけれども、せめてちゃんとお詫びしたいの――。
ディーナはそう言うと、苦しげに胸の前に両手を重ね置いた。そのままフィルガの方へと大きく前に身体を倒す。
フィルガは思わず膝立ちになって、その身体を受け止めるように手を伸ばした。そうして支えた両肩が、小刻みに震えているのが伝わってきて、どうにもやり切れない。
『獣の』彼を気遣う彼女に対して込み上げてくる、甘さを伴なった苦い思い。
それはディーナに対する罪悪感と、『彼に』対する嫉妬だろうか――。先ほどから彼女の心を占めているのは、間違いなく『彼の』安否だ。
今さっきはもう会えないのかと、彼女の唇は不安を紡ぎだしたばかりだった。
フィルガが問い詰めると今度は、会わない方がいいから呼ばない等と言う。それでいて、ちゃんと詫びたいと言い出す。
『会いたい』でも『呼んではいけない』・・・『でも、やっぱり会いたい』。
そうディーナは二つの想いがせめぎあって、自分の言葉が前後でかみ合っていない事すら解らないのだろう。
それはフィルガの胸を苦しいほど締め付ける。こちらがどれだけ心配したのかなどと、ディーナには推し量れていないようだ。こんなにも大切に失い難く感じていても、相手は『獣の』こと意外頭に無い様子なのだから。
自分がすでにこのジャスリート家の一員であるという事など、露ほども考えていないようだ。
(これだけ!祖母を取り乱させ、俺にあの醜態を曝させておいて――!いい加減に解れ!)
こんなにも必要とされている。それなのに――まったく!まったく伝わっていないとは!
その自覚があまりにも無さすぎて、フィルガがじれったく感じていた矢先にこの態度なのだから・・・先が思いやられる。
彼女が自分の存在価値を低く見積もっているのは、もはや疑いようが無い。
『牢に案内しろ』だの。『敬語を使うな』だの。フィルガの方が立場も年齢も上だと言ったか、この娘は?
(この俺を――これだけ振り回しておいて、ふざけているのか?いや、自覚が無いのか。どちらが立場が『上』だと?決まっている!!)
この状況で一体どこがそうなのかと、怒鳴りつけてしまいそうになる。このまま乱暴に揺さぶり、そんな考えを振り落としてやりたいくらいだ。
実際フィルガの両手に力がこもり、ディーナのか細い二の腕に食い込む。
フィルガはこの獣贔屓の娘に自分を解らせてやれるなら、どんな方法でもいいから思い知らせてやりたいと思った――。
たとえそれが、彼女をめちゃくちゃにしてしまう方法だったとしてもだ。そうしてやりたいとすら思う。
そんな苛立ちがフィルガに大声を出させた。
「ディーナ!!いい加減に・・・っ・・・!?」
驚いて顔を上げたディーナの頬を、涙が伝っているのを見止める。さっきから声を押し殺して、俯いたままひっそりと涙だけを溢れさせていたのだろう。
暗い考えに取り付かれていたフィルガだったが、自分を取り戻す。何だかんだ言っても、ディーナに泣かれると弱い。
「ディーナ・・・どうしたんですか?どこか苦しいのですか?」
思わずさっき廃止したはずの敬語が復活していたが、意識に上らないままフィルガは尋ねていた。
「・・・・・・さむい・・・」
「――寒い?」
唇をわななかせているディーナの肩は、押さえつけられていても小刻みに震えたままだった。
どうやら本当に、泣くのを堪えているからだけではなさそうだ。
(寒いか・・・・・・まずいな、これは。やはりこの空間は彼女には厳しいか)
「ディーナ。やはりアナタにはこの『牢屋』は不向きです。身体が持たなくなる前に出ましょう」
ぶんぶんぶんと力いっぱい、いっぱいに首を横に振り続ける彼女の答えは――いいえ。改めて尋ねるまでも無かった。
そう、声に出さずとも伝わってくるのは彼女の頑ななまでの拒否。
その強情を愛しいとも・・・煩わしいとも思えたから、無理やり立ち上がらせようと引っ張る。
「ディーナ!!いいからもう、行きますよ。アンタが『牢に案内しろ』などと言って俺を挑発するようなマネをするから、俺も意地になっただけです。ほら、立って」
引き続きぶんぶんと頭を振って、身体を強張らせているディーナにフィルガはついに短気を起こす――。
「っ・・・ディーナ!意地っ張りも大概にして下さい!!でなきゃもう、殴ってでも言う事聞かせるから・・・・・・」
・・・な、と言ってから、フィルガはしまったと思ったがもう遅すぎた。
ディーナの表情が明らかに強張った。その瞳に映る男を恐怖の対象と認めたのだろう。
彼女の引きつった顔を見ればイヤでも分る。
『殴られるかもしれない。』それは彼女の中の、フィルガという存在に対する誤まった捉え方だ。
それをすぐに解きほぐして行かねばと、心に誓ったばかりなのに。
もちろん誤りのままで終わらせて、真実にする気などない。それなのに、このザマなのだから情けない。
フィルガは慌てて弁解を口にしようとしたが、予想に反してディーナの方が先に噛み付いてきた。
「・・・殴ればいい!・・・っ・・・好きなだけ!」
言い捨てながらも、その声は震えていた。怯えを隠せないのだろう。目を固く瞑って身を竦ませている。
涙を掃って濡れた睫毛が、長い影を落としている・・・・・・。その眦から描かれている滑らかな頬の線。強く引き結ばれた柔らかそうな唇。
フィルガは盛大な溜め息をひとつ付くと、ディーナの顔を両手で包み込む。
瞬間、びくりっと大きく跳ね上げたまま、彼女は肩をいからせたまま固まってしまった。ディーナは下唇をかみ締めて、フィルガの手首に震える手で掴まる。
(ああ、もう・・・・・・。本当に、この娘は。じゃあ。――好きに殴らせてもらいましょうか)
そしてそのまま、己の唇をディーナへと落とし重ねた。
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「んん!?ん――フ、ィ!んっ・・・ぅ――!」
予想外の展開に驚いたらしいディーナが抵抗し出す。思考が停止していたのか、反応するまでずいぶん間があった。
『フィルガ殿!?』恐らくはそう言っているのだろう。そう簡単に予想の付く唸り具合だった。
まだいくらか抗う余裕を与えてしまうのは、フィルガ自身に理性という名の遠慮があるお陰だろう。
だがそれも、もう限界に近い気がする。
ディーナは気丈にもフィルガを押しのけようと、めちゃくちゃに拳を振り回している。ほとんど空ぶっていて、何の意味もなさないが。
フィルガはそんなディーナに構う事も無く、唇を貪り続ける――。
あまりのやわらかさに眩暈がした。何もかもを遠くに置き去りにして、ただひたすらに。
そのやわらかさを、もっと。もっと、と。
「んぅ!」
それこそもう、ディーナが呻き声を漏らす事さえ出来なくなるほど――深くまで。
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「好きなだけ殴っていいと、言い出したのはアナタでしょう?だからこうして。好きなだけ殴らせてもらってるんじゃないですか」
胸板を打ち据える拳を難なく片手で封じる。身を捩らねばならなかった僅かばかりの合間に、勝手な事を言い放つ。
「・・・・・・も、もう・・・やっ――!ん――!」
口答えを許さない――。呼吸の荒いディーナをなおも容赦なく責め立てるべく、フィルガは唇を塞ぐ。
””誰か誰か誰か!誰か『銀の彼』助けて――!!””
そう、彼女はまた無意識のまま泣き叫んでいる。
フィルガが力を込めれば込めるほど、その『呼びかけ』は、より一層強くなる。
(かわいそうに。アナタの騎士団は駆けつけては来れませんよ)
今目の前にいる自分が間違いなく【獣】なのは、まず間違い無さそうだが。何て皮肉だろうと、フィルガは自虐的に笑う。
ディーナは助けを求めている相手に、こんな目に遭わされているなんて思いもよらないだろう。
(ディーナ。――なぜいつも頼りにする存在が『獣』なのか。この『俺』では無く。・・・忌々しい)
フィルガは怒りに我を忘れて、ディーナを放そうとはしないまま――貪り続ける。
――やっちまいましたよ。我に返ったフィルガがどう、事を収めるかは・・・まあ・次回で。
ちなみに、どちらが立場が上でしょう?