表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/72

     * 孔雀に呼び出された獣

 

 フィルガ、暴走。(本当は短気な彼です。)


 ディーナの意地っ張りを崩さず続行の姿勢に・・・切れます。

 もう会えないかもしれない等と、何故それほどまでに『獣』に執心するのかが解らない。

 

 ただ一度(まみ)えたばかりの獣だろう?

 

 ――短いとは言え、いくらか同じ時間を共に過ごした者には?・・・・・・その執着は無しなのか?

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 フィルガはディーナのうな垂れた様子を憐れに思う反面――苛立ちを隠せない。

 おまけに敬語も取り止めとなった今、その口調は使う本人にですら酷く冷たく耳に届く。

 

「獣の様子を知ってどうするつもりなんだ?言ったろう、そうそうもう獣は呼べなくなると。それともまた、抜け出すのか?」

「いいえ。私はもう『呼ばない』。私に関わったばかりに、怪我などして欲しくない。二度と。だから、会えない方がいいの。彼にしてみたらきっと迷惑だったわね。忌々しく思ったと思うわ。たとえ無意識だったとしても、私なんかに呼びつけられて」

 ――本当にごめんなさい・・・いくら謝っても足りないけれども、せめてちゃんとお詫びしたいの――。

 ディーナはそう言うと、苦しげに胸の前に両手を重ね置いた。そのままフィルガの方へと大きく前に身体を倒す。

 フィルガは思わず膝立ちになって、その身体を受け止めるように手を伸ばした。そうして支えた両肩が、小刻みに震えているのが伝わってきて、どうにもやり切れない。

『獣の』彼を気遣う彼女に対して込み上げてくる、甘さを伴なった苦い思い。

 それはディーナに対する罪悪感と、『彼に』対する嫉妬だろうか――。先ほどから彼女の心を占めているのは、間違いなく『彼の』安否だ。

 今さっきはもう会えないのかと、彼女の唇は不安を紡ぎだしたばかりだった。

 フィルガが問い詰めると今度は、会わない方がいいから呼ばない等と言う。それでいて、ちゃんと詫びたいと言い出す。

『会いたい』でも『呼んではいけない』・・・『でも、やっぱり会いたい』。

 そうディーナは二つの想いがせめぎあって、自分の言葉が前後でかみ合っていない事すら解らないのだろう。

 

 それはフィルガの胸を苦しいほど締め付ける。こちらがどれだけ心配したのかなどと、ディーナには推し量れていないようだ。こんなにも大切に失い難く感じていても、相手は『獣の』こと意外頭に無い様子なのだから。

 自分がすでにこのジャスリート家の一員であるという事など、露ほども考えていないようだ。

(これだけ!祖母を取り乱させ、俺にあの醜態を(さら)させておいて――!いい加減に解れ!)

 こんなにも必要とされている。それなのに――まったく!まったく伝わっていないとは!

 その自覚があまりにも無さすぎて、フィルガがじれったく感じていた矢先にこの態度なのだから・・・先が思いやられる。

 彼女が自分の存在価値を低く見積もっているのは、もはや疑いようが無い。

『牢に案内しろ』だの。『敬語を使うな』だの。フィルガ(じぶん)の方が立場も年齢も上だと言ったか、この娘は?

(この俺を――これだけ振り回しておいて、ふざけているのか?いや、自覚が無いのか。どちらが立場が『上』だと?決まっている!!)

 この状況で一体どこがそうなのかと、怒鳴りつけてしまいそうになる。このまま乱暴に揺さぶり、そんな考えを振り落としてやりたいくらいだ。

 実際フィルガの両手に力がこもり、ディーナのか細い二の腕に食い込む。

 フィルガはこの獣贔屓(びいき)の娘に自分を解らせてやれるなら、どんな方法でもいいから思い知らせてやりたいと思った――。

 たとえそれが、彼女をめちゃくちゃにしてしまう方法だったとしてもだ。そうしてやりたいとすら思う。

 

 そんな苛立ちがフィルガに大声を出させた。

「ディーナ!!いい加減に・・・っ・・・!?」

 驚いて顔を上げたディーナの頬を、涙が伝っているのを見止める。さっきから声を押し殺して、俯いたままひっそりと涙だけを溢れさせていたのだろう。

 暗い考えに取り付かれていたフィルガだったが、自分を取り戻す。何だかんだ言っても、ディーナに泣かれると弱い。

「ディーナ・・・どうしたんですか?どこか苦しいのですか?」

 思わずさっき廃止したはずの敬語が復活していたが、意識に上らないままフィルガは尋ねていた。

「・・・・・・さむい・・・」

「――寒い?」

 唇をわななかせているディーナの肩は、押さえつけられていても小刻みに震えたままだった。

 どうやら本当に、泣くのを堪えているからだけではなさそうだ。

(寒いか・・・・・・まずいな、これは。やはりこの空間は彼女には厳しいか)

 

「ディーナ。やはりアナタにはこの『牢屋』は不向きです。身体が持たなくなる前に出ましょう」

 ぶんぶんぶんと力いっぱい、いっぱいに首を横に振り続ける彼女の答えは――いいえ。改めて尋ねるまでも無かった。

 そう、声に出さずとも伝わってくるのは彼女の頑ななまでの拒否。

 その強情を愛しいとも・・・(わずら)わしいとも思えたから、無理やり立ち上がらせようと引っ張る。

「ディーナ!!いいからもう、行きますよ。アンタが『牢に案内しろ』などと言って俺を挑発するようなマネをするから、俺も意地になっただけです。ほら、立って」

 引き続きぶんぶんと頭を振って、身体を強張らせているディーナにフィルガはついに短気を起こす――。

「っ・・・ディーナ!意地っ張りも大概にして下さい!!でなきゃもう、殴ってでも言う事聞かせるから・・・・・・」

 ・・・な、と言ってから、フィルガはしまったと思ったがもう遅すぎた。

 

 ディーナの表情が明らかに強張った。その瞳に映る男を恐怖の対象と認めたのだろう。

 彼女の引きつった顔を見ればイヤでも分る。

『殴られるかもしれない。』それは彼女の中の、フィルガという存在に対する誤まった(・・・・)捉え方だ。

 それをすぐに解きほぐして行かねばと、心に誓ったばかりなのに。

 もちろん誤りのままで終わらせて、真実にする気などない。それなのに、このザマなのだから情けない。

 フィルガは慌てて弁解を口にしようとしたが、予想に反してディーナの方が先に噛み付いてきた。

「・・・殴ればいい!・・・っ・・・好きなだけ!」

 言い捨てながらも、その声は震えていた。怯えを隠せないのだろう。目を固く瞑って身を竦ませている。

 涙を(はら)って濡れた睫毛(まつげ)が、長い影を落としている・・・・・・。その(まなじり)から描かれている滑らかな頬の線。強く引き結ばれた柔らかそうな唇。

 フィルガは盛大な溜め息をひとつ付くと、ディーナの顔を両手で包み込む。

 瞬間、びくりっと大きく跳ね上げたまま、彼女は肩をいからせたまま固まってしまった。ディーナは下唇をかみ締めて、フィルガの手首に震える手で掴まる。

 (ああ、もう・・・・・・。本当に、この娘は。じゃあ。――好きに殴らせてもらいましょうか)

 そしてそのまま、己の唇をディーナへと落とし重ねた。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

「んん!?ん――フ、ィ!んっ・・・ぅ――!」

 予想外の展開に驚いたらしいディーナが抵抗し出す。思考が停止していたのか、反応するまでずいぶん間があった。

『フィルガ殿!?』恐らくはそう言っているのだろう。そう簡単に予想の付く唸り具合だった。

 まだいくらか抗う余裕を与えてしまうのは、フィルガ自身に理性という名の遠慮があるお陰だろう。

 だがそれも、もう限界に近い気がする。

 ディーナは気丈にもフィルガを押しのけようと、めちゃくちゃに拳を振り回している。ほとんど空ぶっていて、何の意味もなさないが。

 フィルガはそんなディーナに構う事も無く、唇を貪り続ける――。

 あまりのやわらかさに眩暈がした。何もかもを遠くに置き去りにして、ただひたすらに。

 そのやわらかさを、もっと。もっと、と。

「んぅ!」

 それこそもう、ディーナが呻き声を漏らす事さえ出来なくなるほど――深くまで。

 

 ・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・:*:・。・

 

 

「好きなだけ殴っていいと、言い出したのはアナタでしょう?だからこうして。好きなだけ殴らせてもらってるんじゃないですか」

 胸板を打ち据える拳を難なく片手で封じる。身を(よじ)らねばならなかった(わず)かばかりの合間に、勝手な事を言い放つ。

「・・・・・・も、もう・・・やっ――!ん――!」

 口答えを許さない――。呼吸の荒いディーナをなおも容赦なく責め立てるべく、フィルガは唇を塞ぐ。

 ””誰か誰か誰か!誰か(・・)『銀の彼』助けて――!!””

 そう、彼女はまた無意識のまま泣き叫んでいる。

 フィルガが力を込めれば込めるほど、その『呼びかけ』は、より一層強くなる。

(かわいそうに。アナタの騎士団(ナイツ)は駆けつけては来れませんよ)

 今目の前にいる自分が間違いなく【獣】なのは、まず間違い無さそうだが。何て皮肉だろうと、フィルガは自虐的に笑う。

 ディーナは助けを求めている相手に、こんな目に遭わされているなんて思いもよらないだろう。

 

(ディーナ。――なぜいつも頼りにする存在が『獣』なのか。この『俺』では無く。・・・忌々しい)

 

 フィルガは怒りに我を忘れて、ディーナを放そうとはしないまま――貪り続ける。

 

 


 

 ――やっちまいましたよ。我に返ったフィルガがどう、事を収めるかは・・・まあ・次回で。


 ちなみに、どちらが立場が上でしょう?


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ