* 生命の水
やたらとしおらしく、素直に謝って見せたシャグランスの娘でしたが。
その行動と本心は・・・・・・。
誰が酌などしてやるものか。
わざわざそんな事をするために、この部屋を訪れたわけではない。
どうぞ私を見くびらないでいただきたい。そう改めて、伝えるために来たのだ――。
・。;*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。
リゼライは酒は飲めるし強い方だが、別に飲まなくても構わない。大体からにしてさしておいしいとも思えなかったし、気分が良くなったこともない。
くらりとする、不思議な浮遊感が人を解放させてくれるのだろうが。リゼライはその足元がおぼつかなくなる様な、そのふわふわした感じが嫌いだった。
しかしソレは、【酒は飲む物であって飲まれるものではない!】という信条がそうさせている気がする。
飲みながら、いい気分に身を任せるよりも、けっして飲まれてなるものか――!と、まあ頑なに身構えているものだから、飲めば飲むほど気を引き締めてしまう有様が常だ。
そんなリゼライの視線を釘付けにしているそれは、ギルムードの手元にあった。
(もしかして、それは・・・・・・あの酒)
先ほど思わず、ギルムードから取り上げてしまった時に、それは確信に変わった。
蒸留酒――。それは発酵液を、蒸留することによってアルコールの割合をぐんと高めたモノ。
(・・・・・・あの酒のラベルは――。『アラクエア・ヴィータエ』)
見覚えある瓶の形にリゼライは、喉の奥で唸った。それを生み出したものの地方の言葉で『生命の水』という意味で呼ばれている酒。知らないうちに、要らぬ知識が身についていたものだ。ちっと、心の中で思わず鋭く舌打つ。
(何で男って言うのは、すぐ酒に逃げる・・・・・・。)
嫌でも、あのバカ親の後姿が浮かぶ。飲みすぎがたたって、身体を壊したあのやせこけた後姿が。
(何が『生命の』よ・・・・・・。)
――シャグランスのリゼライは冷ややかに酒瓶を見つめていた。それと同じくらい、否それ以上に凍った眼差しをギルムードにも注ぐ。
(そして。酔っ払いは酒を取り上げようとする者に、怒りをぶつけてくるのよね。それこそが!酒に乗っ取られてるとしか、思えない行動の現われだというのに。気がつけないようね?)
リゼライはそうしたやり取りに、慣れっこだった。だから。どうすればいいのか、効果的に酒を取り上げられることが出来るのか把握済みだ。
すぐ、大人しく引けばいいだけの話なのだ。素直に悪かった等と、微塵も感じていなくともしおらしく謝れば一発だ。
(・・・・・・扱いやすいったらないわ。まったく!)
リゼライは腹が立っていた。ギルムードに対してもだが、そんな主に誰かさんを重ね見て構ってしまう自分にも。
放っておけばいいのに。我ながら、いらぬ行動に出てしまった。
(別に、この方が飲みすぎがたたろうがどうなろうが、私には関係ないんだから!)
そう憤慨しながら、自分に言い聞かせたところでなぜだか赤い髪の少女の顔が浮かんだ。
いつも満面の笑みで、鏡越しに笑いかける彼女の名は“ディーナ”。『白孔雀』ことシィーラに似た容姿を持つ。
すでに一部では『紅孔雀』と謳われ始めている。それを知ってか知らずか、・・・知らないのだろうな、と思われる――。
『リゼライさん、リゼライさん、リゼライさんはすごいですね!』
彼女は髪を結ってもやっても、お茶を入れてやっても、いちいち大げさなほど感心して見せるのだ。
(・・・・・・いや。すごいのはディーナ嬢サマ。貴女でしょうよ?)
最初は嫌味かと思ったものだったが。しかし彼女は面白い位、不器用だと発見してからは見方が変わった。
髪は梳るのが精一杯。自分一人では、着替えに恐ろしく手間取る。お茶は注ごうとすれば、たいていカップをどこかしらに引っ掛けてこぼす。食事中も同じく。
あげくの果てには始終、どこかに何かにつまずいては転ぶ。・・・・・・見ていられない。
何をやらせてもあの調子なのだが、彼女はへこたれもせずに手を出したがった。そしてそれは結果として、リゼライの仕事を増やす。
彼女は何をやっても、嬉しそうにしている印象が強い。本気でただの『良いところの幼いご令嬢』としか思えない。
――獣たちを呼び出して、魅了したりさえしなければ。
何か上手くいかなくても、いつも彼女は笑顔で締めくくる。あの無防備なあどけない笑顔で。
それはまだ幼い弟妹達が、姉であるリゼライに向けるものと『全く』と言っていいほど『同じ』だった。
「・・・・・・・。」
勘弁してよね。ふっと、短くため息を吐き出してしまう。あんまり、懐かないで頂戴ね。
(私はアナタと対決する事に――。)
なるのだからねと、その笑顔を振り切るように目線を上げた。何ともバツの悪そうなギルムードを見据える。
その証拠に苦労して注いだ酒に口を付けてはいない。ただ口元に杯を持ち上げて、弄んでいるだけだ。
(――さあて。その前に、ギルムード様?)
自分が父から酒を取り上げようと奮闘していた日々はもう、終わりを告げたのだ。それを、あろう事か忘れていた。
リゼライがそうしていたのは、母と弟妹に父の酔っ払った醜態を見せたくなかったからだと言える。
(だからか。こんなに私らしくなく、ムキになってしまったのは)
そう己を分析したところで、幾らか落ち着いた。重ねてしまったのだ。父と主を。
そして幼い弟妹達と、赤い髪の娘を――。
・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。
「・・・・・・ギルムード様。私こうして、無事に聖句の間から戻って参りました。首尾よく『焔の章』の聖句を修得いたしましたので、ご報告に上がりましたの」
「そのようだな」
「先ほどギルムード様が重ねて仰ってましたように『完全に意志を奪って』は、まだおりませぬが獣も捕らえて参りましたので――お見せしようかと思っていますのに」
「そうか。見せてみろ。お前の新しい聖句の徒を」
「はい。でも、ご準備していただかない事には・・・少々危ない気がします」
「・・・・・・。」
準備――。それは聖句でその魂を縛り付けた獣を、自分の護衛として傍に置く事を意味している。
シャグランスの少女はベールを跳ね上げると、悠然と微笑んで見せた。
「ギルムード様の“ダグレス”は何処ですの?」
シャグランスのリゼライは、自分でも気がついていませんが。
ディーナは、魅了しちゃうのは獣だけじゃないんですよ!アナタも知らないうちに『この子は守らなければ』と、思い始めていませんか。――いますよね。
『これから先神殿に上がらせられても、酔っ払いの側におけるか』と、いったところですよね。
ディーナ。おそるべし。ある意味『最強』です。