表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/72

     * 強かな蜻蛉


 シャグランスの娘さん、久々に登場。


 生きて戻って来れたようですが、夜分にどうしたのでしょう?

 

 それだけ脆弱としか言い表しようの無い体つきでいて、俺に敵うとでも思っているのか?

 

 いきなり怒って絡んできて、何だよ?

 

 そのくせ、素直にすぐ謝るのは何なんだよ・・・・・・。

 

 ・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。

 

『シャグランスの――。』そう呼ばれた少女は慣れたもので、部屋に足を踏み入れた途端に声を掛けられても、特別驚いた様子もなかった。

 そして当たり前のように、ギルムードの自室に滑り込むように入ってきた。予告も挨拶も無く。

(コイツはぁ、相変らず・・・ご挨拶な事だな・・・)

 もう夜もだいぶ更けているというのに、一人で男の部屋に実に堂々と現われるのだ。

 いつでも報告があるのならば来ても良い。そう言い渡してあるから、まぁ・構わないのだが。

 

 ギルムードは注いだばかりの杯を呷りながら、横目で少女を見た。

 

 少女が扉を閉めたので、蝋燭(ろうそく)の炎が再び勢いを取り戻していた。

 それでも、ギルムードの手元を照らすほどの威力でしかない。

 そんな薄暗い部屋の中で、少女の存在が白く浮かび上がって見えた。闇に映える白い衣。

 それは、昼間出会った赤い髪の少女と共通する『虫』を、ギルムードに思い起こさせる。

 

 ・・・・・・向こうが透けて見える薄い(はね)で羽ばたく、あの蜻蛉(かげろう)だ。

 蝋燭の炎に惹かれて迷い込んできた、か弱き者を迎えてしまったかのようなこの感覚はなんだろう?

 少女のこれまでの手柄を思えば、そんなものはただの錯覚でしかない。それは頭ではわかってはいるのだが。

 なにせ、この娘は物怖じせず危険を顧みようともしない。

 今回も『聖句の間』に挑ませてやったから、大方その報告に来たのだろうと察しはついている。

(・・・・・・獣に丸腰で挑んで、モノにして来ちまう娘っ子のどこがだ?)

 ギルムードは思わず唸ってしまう。一体どこが、それを思わせる?

 そうなのだが。この殺伐とした部屋には、あまりに不釣合いな可憐さがあるのもまた確かだった。

 

 この娘もまた、時折り()の娘を思い起こさせる時がある。

 それはきっと、(したた)かさと(はかな)さといった矛盾を併せ持ち――同時に訴えてくるその風情のせいだと踏んでいる。

 ギルムードの脳裏には、彼女達(・・・)が次々と浮かぶ。彼女達とは、アレだ――。

 十七年前消息を絶ったジャスート家の少女やら、いきなりその存在が表れたとしか思えない赤い髪の少女やら。

 そして今目の前にいる、シャグランス家の長女やらもがその『アレ』に含まれる。

 

(恐ろしく非力で華奢な造りのくせに。獣らに挑んでみたり、俺と渡り合おうとしたり。・・・・・・するなよなあぁ、ったくよう!)

 

 危ないだろ。そんな想いを口にする権利など、ギルムードには無い。だから言葉を飲み込むためにと杯を呷る。

 

 いつもの、扉を背にした格好で少女は黙ったまま頭を下げた。彼女はけしてそれ以上、踏み込んでは来ることは無い。

 いつでも退出できる、かつ誰にも背後を取られる事のない安全な立ち位置を守り続ける。

 

 昼間見た時と同じ純白の巫女装束のはずだが、幾らか霞んだ印象のように思えた。かと言って、何も薄汚れている訳ではない。

 全体が霞かかって見えるのは、光の乏しさのせいか。それとも、『聖句の間』での戦いで疲弊したせいか。

 

「――・・・どうだ?お前の方は、首尾よく進んだか?シャグランスの」

 なかなか報告するどころか、微動だにしない少女に自分から話しかけた。心なしか己の手元に、視線を感じる。

 注ごうにも肩が痛むのでなかなか、酒瓶が持ち上げられず苦戦している。それをいぶかしんでの事だろうか?

「・・・・・・。」

「いいか。おまえは『全て』意志を奪っておけよ。・・・・・・俺のようになりたくなければな」

 そんな風に重ねて言うギルムードを見つめたまま、少女は無言で歩み寄ってきた。つかつかと、勢い良く。

 それにはギルムードの方が驚いてしまう。呆気に取られて、思わず少女を見た。酒を注ぐ手も止める。

 

「ん?何だ。どうした?」

「――・・・・・・。」

 尋ねたが、見上げた少女は黙って見下ろすばかりだ。

 ベール越しのくせに、その突き刺すような眼差しは一体何を意味するのか。――その視線の先にいるのは、自分だ。

 

 見上げると言っても、少しばかり視線を上目使いにする程度なのだが。

 ギルムードは椅子に深くもたれかかっていてもその程度で済む。それは、たいして少女の背が高くないせいだ。

 だが、あまりそれを感じさせないのは少女の存在感の強さだろう。普段は全くといっていいほど感じなかった。

 それでも久しぶりに間近に見て、改めて彼女の小ささに驚いてしまった。

 

「――どうした、どうした?んん?」

 ギルムードは語尾を上げて尋ねたが、少女は無言のままだ。その顔を心配になって、覗き込むようにして向き合った。

「・・・・・・・・・・・・。」

 少女は何か言いたいようだが、それを必死で堪えているようだった。肩が少し、上下している。

(何だよ。怒ってるのか?ダグレスを横取りされた情けない(あるじ)だと、俺を?だとしたら、生意気な)

 ギルムードがそう問い詰めようと口を開きかけた時、少女は酒瓶を手に取っていた。

「お!?注いでくれるのか?」

 しかし待っていても、少女は酒瓶を抱えたまま動こうとはしなかった。しっかりと瓶を、両手で握り締めている。

 

「――お怪我に、障ります」

「何だよ。誰から聞いた?」

「色々と。周りから」

「何だよ、もうそこまで広まっているのか?これだから、女共は・・・・・・」

「大騒ぎでらしたのでしょう。当然、です」

 少女は『当然』をわざとらしいくらい、強く言い放った。当たり前でしょう、そう言ってやりたいといった所だろう。

「おぉ!?珍しいな。怒っているのか?」

「・・・別に。怒ってなんておりません!」

「じゅうぶん、怒ってるじゃねぇか」

「怒ってません」

「じゃあ、何だよ。――いいから、酌をする気が無いなら酒を返せ」

「巫女王様に言いつけますよ」

「汚ねぇ――!!」

「汚くありません。汚いのは、ギルムード様のお言葉使いです」

「何だよ・・・・・・。今日は絡んでくるな、オイ」

「絡んでなんていません」

「いいから。返せ!」

 酒瓶を取り返そうと、ギルムードは手を伸ばす。だがそれも、素早くかわされてしまっていた。

 空を切り掴み損ねたのは、本日これで二回めだ。

「――お断りいたします!」

「そうかよ。――じゃあ、オマエが注げ。酌をしろ」

「お 断 り !――ですわ」

 

 怒っているくせに、怒っていないと言う。絡んでいるくせに、絡んでなどいないと言う。いいかげん、煩わしくなって来た。

 

 ・バァン!!

 

 ギルムードは拳でテーブルを叩きつけると、そのまま勢い良く立ち上がった。少女を頭三つ分程の高見から、見下ろすために。

 

「おまえは何しに来たんだ、シャグランスの?まさか俺の楽しみ奪うためだけ(・・)に来たのか?だとしたら、さっさと帰れ!」

 

 。・:*:・。:*:・。:*:・。:*:。・:*:・。:*:・。:*:・。

 

 怒鳴りながらわざと左手を、少女の頭上を振り切るようにして扉の方へと促した。

 それでも思った通り、少女は身をすくめる事も怯えた様子も無かった。

 獣と命のやり取りをして来たばかりの娘には、こんな脅しは効かないだろう。やはり可愛げのカケラも無い。

 ――下手したら殴られてもおかしくないのだぞ?そういう、立場の違いを見せ付けてやろうとしての演出だった。

 

「・・・・・・いいえ」

 頑なだった少女は、怒鳴られるとそっと抱きかかえていた酒瓶を返した。そのまま深く、(こうべ)を垂れる。

 小さく消え入りそうな声で、“申し訳ございません、出すぎた真似を致しました”と、まで言って詫びられた。

 その途端にギルムードは、酔っ払いの自分が急に恥ずかしくなった。

 こんなに小さな娘に癇癪を起こして、怒鳴り付けたのだ。おまけに雇い主だからと威張り散らした上に、謝らせてしまった。

 

 何ともバツが悪い気持ちになり、せっかく取り返した酒を飲む気にもなれなかった。

 

 それでも――。ギルムードは不機嫌を貼り付けた表情のまま、酒を杯に注いだ。


 珍しくケンカ腰のシャグランスの娘です。

 理由は続きます。夜分わざわざ、報告に訪れた理由も次回です。


 『何だよ』は、ギルムードの口癖です。


 ディーナも手に入らず、ダグレスは裏切るし、ケガは痛むしで不機嫌なギル。


 おまけに部下は絡んでくるし。こちらも珍しく、怒鳴ったりしていますが・・・・・・。

次回は『THE★反省会』ですので(?)嫌わないでやって下さいませ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ