* 強かな蜻蛉
シャグランスの娘さん、久々に登場。
生きて戻って来れたようですが、夜分にどうしたのでしょう?
それだけ脆弱としか言い表しようの無い体つきでいて、俺に敵うとでも思っているのか?
いきなり怒って絡んできて、何だよ?
そのくせ、素直にすぐ謝るのは何なんだよ・・・・・・。
・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。:*:・。
『シャグランスの――。』そう呼ばれた少女は慣れたもので、部屋に足を踏み入れた途端に声を掛けられても、特別驚いた様子もなかった。
そして当たり前のように、ギルムードの自室に滑り込むように入ってきた。予告も挨拶も無く。
(コイツはぁ、相変らず・・・ご挨拶な事だな・・・)
もう夜もだいぶ更けているというのに、一人で男の部屋に実に堂々と現われるのだ。
いつでも報告があるのならば来ても良い。そう言い渡してあるから、まぁ・構わないのだが。
ギルムードは注いだばかりの杯を呷りながら、横目で少女を見た。
少女が扉を閉めたので、蝋燭の炎が再び勢いを取り戻していた。
それでも、ギルムードの手元を照らすほどの威力でしかない。
そんな薄暗い部屋の中で、少女の存在が白く浮かび上がって見えた。闇に映える白い衣。
それは、昼間出会った赤い髪の少女と共通する『虫』を、ギルムードに思い起こさせる。
・・・・・・向こうが透けて見える薄い翅で羽ばたく、あの蜻蛉だ。
蝋燭の炎に惹かれて迷い込んできた、か弱き者を迎えてしまったかのようなこの感覚はなんだろう?
少女のこれまでの手柄を思えば、そんなものはただの錯覚でしかない。それは頭ではわかってはいるのだが。
なにせ、この娘は物怖じせず危険を顧みようともしない。
今回も『聖句の間』に挑ませてやったから、大方その報告に来たのだろうと察しはついている。
(・・・・・・獣に丸腰で挑んで、モノにして来ちまう娘っ子のどこがだ?)
ギルムードは思わず唸ってしまう。一体どこが、それを思わせる?
そうなのだが。この殺伐とした部屋には、あまりに不釣合いな可憐さがあるのもまた確かだった。
この娘もまた、時折り彼の娘を思い起こさせる時がある。
それはきっと、強かさと儚さといった矛盾を併せ持ち――同時に訴えてくるその風情のせいだと踏んでいる。
ギルムードの脳裏には、彼女達が次々と浮かぶ。彼女達とは、アレだ――。
十七年前消息を絶ったジャスート家の少女やら、いきなりその存在が表れたとしか思えない赤い髪の少女やら。
そして今目の前にいる、シャグランス家の長女やらもがその『アレ』に含まれる。
(恐ろしく非力で華奢な造りのくせに。獣らに挑んでみたり、俺と渡り合おうとしたり。・・・・・・するなよなあぁ、ったくよう!)
危ないだろ。そんな想いを口にする権利など、ギルムードには無い。だから言葉を飲み込むためにと杯を呷る。
いつもの、扉を背にした格好で少女は黙ったまま頭を下げた。彼女はけしてそれ以上、踏み込んでは来ることは無い。
いつでも退出できる、かつ誰にも背後を取られる事のない安全な立ち位置を守り続ける。
昼間見た時と同じ純白の巫女装束のはずだが、幾らか霞んだ印象のように思えた。かと言って、何も薄汚れている訳ではない。
全体が霞かかって見えるのは、光の乏しさのせいか。それとも、『聖句の間』での戦いで疲弊したせいか。
「――・・・どうだ?お前の方は、首尾よく進んだか?シャグランスの」
なかなか報告するどころか、微動だにしない少女に自分から話しかけた。心なしか己の手元に、視線を感じる。
注ごうにも肩が痛むのでなかなか、酒瓶が持ち上げられず苦戦している。それをいぶかしんでの事だろうか?
「・・・・・・。」
「いいか。おまえは『全て』意志を奪っておけよ。・・・・・・俺のようになりたくなければな」
そんな風に重ねて言うギルムードを見つめたまま、少女は無言で歩み寄ってきた。つかつかと、勢い良く。
それにはギルムードの方が驚いてしまう。呆気に取られて、思わず少女を見た。酒を注ぐ手も止める。
「ん?何だ。どうした?」
「――・・・・・・。」
尋ねたが、見上げた少女は黙って見下ろすばかりだ。
ベール越しのくせに、その突き刺すような眼差しは一体何を意味するのか。――その視線の先にいるのは、自分だ。
見上げると言っても、少しばかり視線を上目使いにする程度なのだが。
ギルムードは椅子に深くもたれかかっていてもその程度で済む。それは、たいして少女の背が高くないせいだ。
だが、あまりそれを感じさせないのは少女の存在感の強さだろう。普段は全くといっていいほど感じなかった。
それでも久しぶりに間近に見て、改めて彼女の小ささに驚いてしまった。
「――どうした、どうした?んん?」
ギルムードは語尾を上げて尋ねたが、少女は無言のままだ。その顔を心配になって、覗き込むようにして向き合った。
「・・・・・・・・・・・・。」
少女は何か言いたいようだが、それを必死で堪えているようだった。肩が少し、上下している。
(何だよ。怒ってるのか?ダグレスを横取りされた情けない主だと、俺を?だとしたら、生意気な)
ギルムードがそう問い詰めようと口を開きかけた時、少女は酒瓶を手に取っていた。
「お!?注いでくれるのか?」
しかし待っていても、少女は酒瓶を抱えたまま動こうとはしなかった。しっかりと瓶を、両手で握り締めている。
「――お怪我に、障ります」
「何だよ。誰から聞いた?」
「色々と。周りから」
「何だよ、もうそこまで広まっているのか?これだから、女共は・・・・・・」
「大騒ぎでらしたのでしょう。当然、です」
少女は『当然』をわざとらしいくらい、強く言い放った。当たり前でしょう、そう言ってやりたいといった所だろう。
「おぉ!?珍しいな。怒っているのか?」
「・・・別に。怒ってなんておりません!」
「じゅうぶん、怒ってるじゃねぇか」
「怒ってません」
「じゃあ、何だよ。――いいから、酌をする気が無いなら酒を返せ」
「巫女王様に言いつけますよ」
「汚ねぇ――!!」
「汚くありません。汚いのは、ギルムード様のお言葉使いです」
「何だよ・・・・・・。今日は絡んでくるな、オイ」
「絡んでなんていません」
「いいから。返せ!」
酒瓶を取り返そうと、ギルムードは手を伸ばす。だがそれも、素早くかわされてしまっていた。
空を切り掴み損ねたのは、本日これで二回めだ。
「――お断りいたします!」
「そうかよ。――じゃあ、オマエが注げ。酌をしろ」
「お 断 り !――ですわ」
怒っているくせに、怒っていないと言う。絡んでいるくせに、絡んでなどいないと言う。いいかげん、煩わしくなって来た。
・バァン!!
ギルムードは拳でテーブルを叩きつけると、そのまま勢い良く立ち上がった。少女を頭三つ分程の高見から、見下ろすために。
「おまえは何しに来たんだ、シャグランスの?まさか俺の楽しみ奪うためだけに来たのか?だとしたら、さっさと帰れ!」
。・:*:・。:*:・。:*:・。:*:。・:*:・。:*:・。:*:・。
怒鳴りながらわざと左手を、少女の頭上を振り切るようにして扉の方へと促した。
それでも思った通り、少女は身をすくめる事も怯えた様子も無かった。
獣と命のやり取りをして来たばかりの娘には、こんな脅しは効かないだろう。やはり可愛げのカケラも無い。
――下手したら殴られてもおかしくないのだぞ?そういう、立場の違いを見せ付けてやろうとしての演出だった。
「・・・・・・いいえ」
頑なだった少女は、怒鳴られるとそっと抱きかかえていた酒瓶を返した。そのまま深く、頭を垂れる。
小さく消え入りそうな声で、“申し訳ございません、出すぎた真似を致しました”と、まで言って詫びられた。
その途端にギルムードは、酔っ払いの自分が急に恥ずかしくなった。
こんなに小さな娘に癇癪を起こして、怒鳴り付けたのだ。おまけに雇い主だからと威張り散らした上に、謝らせてしまった。
何ともバツが悪い気持ちになり、せっかく取り返した酒を飲む気にもなれなかった。
それでも――。ギルムードは不機嫌を貼り付けた表情のまま、酒を杯に注いだ。
珍しくケンカ腰のシャグランスの娘です。
理由は続きます。夜分わざわざ、報告に訪れた理由も次回です。
『何だよ』は、ギルムードの口癖です。
ディーナも手に入らず、ダグレスは裏切るし、ケガは痛むしで不機嫌なギル。
おまけに部下は絡んでくるし。こちらも珍しく、怒鳴ったりしていますが・・・・・・。
次回は『THE★反省会』ですので(?)嫌わないでやって下さいませ。