* 遊ばれている二人
―大方の予想を(いい意味で)裏切って、牢屋とは似ても似つかない部屋に寝かしつけられて、相変らず居たたまれなさ続行中のディーナです。
夢を見ていたような気がする。
ぼんやりと輪郭すらも思い返せそうもない、夢。
わからない・・・・・・。
大体からにして、今自分の置かれている状況こそまだ夢の中のような――。
気がするんですけど。
***
自分を訪ねて来た老婦人は、ベッドのそばに椅子を寄せてもらうと、侍女に礼を言って腰をかけた。
「お加減はいかが?」
満面の笑みで気遣われ、ディーナは困惑する。
今朝一番に私のこと、不法侵入者だから拘束しますって言いましたよね。確かにその口で。
「・・・・・・大丈夫です、けど」
「けど?」
領主でありこの館の主人でもある婦人は、身を乗り出してディーナの言葉を期待しているようだ。
もはやなんと答えて良いのか、わからない。
ここの領主サマは、罪人の扱いも人道的な主義なだけだろうか。
(いいやぁ、ちがうよねぇ。コレは)
今ディーナはどういうわけか、温かな寝床にいる。
フィルガとかいったか。あの若者に抱きかかえられて、案内されたのがここだった。
(・・・正直、牢屋じゃなくて助かりましたけどね)
半身を起こして、薬草茶の入ったカップを両手で包み込んだままの格好で
ディーナは考え込んでしまう。
楽な姿勢が取れるようにと、背に当てられたクッションの縁をかがるのは金糸だ。
自分が横になっているベッドも、クッションと揃いに、黄みがかったやわらかな
白色で花を模した刺繍がされている。
それも金の糸が縁取りをそえる。
全体に布地の物はその白色で統一されており、部屋の雰囲気を品良くまとめている。
優美な曲線を描くテーブルの脚部分にも、花の細工が施されていて花瓶なんかも置いてある。
色とりどりの活けられた花は、野の花には無い良く手入れされたもののようだ。
(これは牢屋なんかじゃあない)
誰だってわかるだろう。
オンナノコ、のための部屋だ。オンナノコ。
ただの女性向けの客間かもしれないが、なんていうか。用意が良すぎやしないか?
相変わらずいたたまれない。華美な部屋は気後れしてしまって落ち着けない。
いろいろ訊きたいことはあるが、口に出せずに困惑している。
余計なことを口にして、やっぱり牢屋へ・・・的な展開は避けたいところだ。
いくら心からくつろげないからといっても、誰だってこっちの部屋を選ぶだろう。
素直にそれを表情に乗せて、老婦人を見た。
「・・・・・・。」
わずかに金の名残を感じさせる白髪は、一つにまとめ上げられている。
その頭周りを孔雀の羽根が二本、向き合う形で刺繍された深緑の布で飾り押さえてあった。
婦人の身に付けている衣装は、それと同じ深みのある緑でまとめられており、ディーナを熱心に
見つめ返す瞳もまた、常緑の樹木を連想させる。
合わせた瞳から、目を逸らせない。
顔や手に刻まれた皺の深さから、また白髪から、目の前の女性は老人だとされる年齢ではあるだろう。
それすらも打ち消してしまう程の力強さが、彼女の凛とした美しさとして感じられる。
ディーナも知らず笑み浮かべてしまうほど、思わず惹きこまれたのはそこだった。
なんとなく打ち解けた気持ちにさせられて、言葉も無いまましばらく二人微笑みあう。
「あの、ですね・・・、私は・・・っ!」思い切って切り出す。
「うん、はい。なあに?」
「私は身柄拘束中の、不法、侵入者なんですよね!?」
「ええ!そうよ」―思い切り良く切り返される。
ニッコリと満面の笑みを前にして、二の句が継げないってこう言う事か、と思った。
がっくりと、また再び傷つき直してうな垂れる。
ふふ、と婦人が楽しそうに笑い声を漏らしたのを、ディーナは聞き逃さなかった。
「―ねえ、ディーナ」
ふと、恐ろしく慎重な声音で呼びかけられた。先程までの軽快さは無い、静かな声。
あまりの急な変わりように驚いて、ルゼを見た。
「何でしょうか・・・?」
どこか遠くに視線を投げかけるような、そんな瞳で問いかけられてやや警戒しつつ答える。
「シアラータって、知っているの・・・?」
「・・・え・・・?し、あ?」
どこか懐かしい響きだが、心当たりはない。
「ごめんなさいね。あなたさっき少しうなされながら、そう・・・。確かにそう、呼んだから」
想い人の名かと思ってねと、どこか寂しそうに付け足されたが思い当たる所は無かった。
「まあ、あまり深く考えないで今は休みなさいよ。あなた熱があるのだし。何も心配しないで
ゆっくり体を休めなさいな」
考え込むディーナにルゼはそう告げると退室していった。
***
ルゼがご機嫌で執務室に戻ると、フィルガは一人机に向かっていた。
鈍く光沢のある髪質は、灰色だ。光の力を借りれば銀に見えなくも無い。
その髪を無造作に後ろで一つに束ねているせいで、所々ほつれ横髪は頬にかかっている。
申し訳程度に撫で付けただけといった様子だ。お世辞にも整っているとは言えない。
(けど、まあ・・・。顔立ちは整っているほうだわね。私に似て)
熱心に書類に目を通している孫の横顔を、ルゼは扇で口元を隠しながら観察した。
細面で、男の割りに繊細な顔立ちだが、優しげではある。鼻梁もやや高めだが、通っている。
目も涼しげに切れ長で凛々しさを与えてくれており、多少の欲目は否めないが
全体的に見てなかなか見目は麗しい方なんじゃなかろうか、と思う。
(あの子の好みだといいわね、フィルガ・・・・・・。)
無言のまま自分の机へと向かう。
「どうでした?彼女の様子は」
ちょうど彼の机の前を横切った時、フィルガは書類から顔も上げずに声をかけてきた。
「ん―――?かわいらしかった」
さりげなく訊かれたので、さりげなく答えた。
何の意味もない様だが、実に重要な情報だと思える。
「・・・・・・。」
やっと自分を見た孫に、ルゼは笑み浮かべる。
品の良い老婦人の微笑み―。と、いうものではない。
自分だけが宝物のありかを知っていますと、自慢する子供の顔だった。
そんな祖母に、フィルガは呆れたような、やっかむような眼をむける。
孫ごときにすごまれても、もちろん動じるルゼではない。
にこやかな笑みで受け流す。
「お見舞いは、もう少し我慢なさいな。あのコまだ混乱してるし、熱もあるしね。
気持ちが逸るのもわかるけど、く・れ・ぐ・れ・も・!分かっているわよね?」
くれぐれもと、わざとらしく強い口調で言う。
言いながら、閉じた扇でフィルガの頭を打って遊ぶ。
「心配なら無用です。俺だってこれ以上、無礼を重ねたくはありませんからね」
「あら、そう。強がっちゃって、つまらないわ。もっと、羨ましがってくれなきゃ
自慢しがいがないわぁ」
残念ねぇと言いながら、自分の執務席に着いた。
―それきりこの話は打ち切られた。
領土の春の課題ともいえる、灌がい事業の予算の見積書と、具体的な対策法の報告書
に眼を通す。大詰めなのだ。
正直忙しい。
すぐさま頭を切り替えて、没頭する。
***
室内は、二人が書類をめくる音だけが交差しあう。
「・・・・・・おばあサマ」
ルゼが資料の四枚目に入った所で、再び声をかけられた。
「執務中は役職でお呼びなさいな」
書類から顔も上げずに答える。
「ご領主」
「なあに?」
「強がりを認めます。認めますから。どうか彼女の様子をもっと詳しく、教えてください」
やっと認めたフィルガに、ルゼはほくそ笑む。
女ながらも長く領主の座に着き、バリバリ仕事こなしつつ、後継者もビシバシ鍛えているようです★そんなルゼの楽しみといえば、可愛い子たちにイジワルしてその困り顔を眺めることのようですね・・・。
心当たりありまくり、の冴草です。