* 孔雀による代弁
トゥーラ少年が、右手を掲げると・・・・・・。
私はディーナ。
シィーラとは違う。
だからそんな、置いていかれた子供のような目で見ないで。
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少年が掲げた右腕に、孔雀が舞い降りてとまる――。
孔雀は尾を閉じてはいた。だがそれは、少年の背丈とまるで変わらない長さを誇っている。
少年が、いちだんと小柄に見えてしまうほどだ。それでも、トゥーラはしっかりと孔雀を支えている。
【この子は“ヅゥォラン”――ジャスリート家の守護だよ。この子の“目”を借りて、橋でのやり取りを見ていたのさ】
トゥーラは説明しながら、左目を閉じて見せた。孔雀――ヅゥォランをとまらせた腕を、ディーナに持ち上げても見せる。
ク、ルルルルル・・・・・・と、孔雀は喉の中で鳴き声を上げたようだ。
ディーナはその翠と藍色の美しい羽根に、知らず目を奪われていた。
そしてその中でも、ひときわ特徴的な尾の先から目が放せない。
翠と藍が織り成す幻想的なうずまき模様は、とてもキレイな瞳で見つめ返されているかのような気持ちになる。
ディーナはヅゥォランを見ながら、心は別の彼の尾を見ていた。自然と強張っていた頬が緩む。
だがそれも、すぐにまた固まってしまった。彼は、ケガをしたまま行ってしまったのだ。
(・・・・・・銀の彼・・・行っちゃった・・・・・・・。大丈夫かな)
不安と罪悪感に囚われて、ディーナは視線を落とした。祈るように、胸元で両手を組む。
“ディーナ!!悪いコ!!勝手に抜け出して、ダグレスについて行ったりして”
クルルルルルルウ、とヅゥォランは喉を鳴らした。
ぼんやりと尾羽に見惚れていたディーナが目を逸らすと同時に、トゥーラの腕から飛び立つ。
「!?」
突然の叱責にディーナは我に返った。面を上げると、視界を翠が占めている。
今度は、ヅゥォランはディーナの肩にとまっていた。しっかりと肩に孔雀の蹴爪が食い込むのを感じた。
痛みは無い。重みも感じない。それでも“ヅゥォラン”の存在だけは、ずっしりと肩に乗っかっているのは感じた。
“ディーナ、黙って出て行くとフィルガもルゼも悲しむ!!どうしてそれを考えない!悪いコ、悪いコ!”
孔雀はディーナを左目で覗き込むようにしながら、訴えてきた。
「・・・・・・ごめんなさい」
勢いに押されて、ディーナは素直に謝った。それでもまだ、ヅゥォランの気は治まらないらしい。
孔雀はディーナの頭によじ登りながら、訴えを続ける。
“フィルガ、心配していた。とても。ディーナにまた二度と、会えなくなるかもしれないと・・・・・・!”
「――また?」
ディーナは聞き捨てならないと、訊きかえした。それは私じゃない。ディーナじゃない。
「それは、シィーラの事でしょう?私を黙って出て行ったきりの、彼女なんかと一緒にしないで」
“――そう思うのなら、勝手に出て行くな!悪いコ!”
「なによ、それ!もう、降りなさいよ。わかったから、頭の上でわめき立てないでよ!」
降りなさいよと、ディーナは孔雀を抱えようと両手を伸ばした。ヅゥォランは身体を突っ張らせて、抵抗する。下りる気はない様だ。
その様子をトゥーラは、はははと笑いながら眺めている。
目線だけで『何とかしなさいよ、アンタの孔雀』と、ディーナは訴えたのだが無視された。
ヅゥォランがディーナの髪をついばみながら、頭の上で足踏みするままにさせている。
「――わかったわよ、トゥーラ。アンタもヅゥォランと同じ事してやりたいって、私を非難しているのね?」
【ははは。まぁね】
「否定しないワケね。もう、なぁんなのよぅ!何で出て行ったらダメなのよ?」
足を踏みしめていた、ヅゥォランの動きが止まる。ディーナの頭のてっぺんから、顔を覗き込んで孔雀は告げた。
“・・・・・・ディーナ。赤い髪の『孔雀』。どうか、二度と黙っていなくならないと約束して”
「誰に誓えというのよ?」
“フィルガに”
「――フィルガ殿に?・・・・・・なぜ?」
“フィルガ・・・、ディーナにまで立ち去られたら、もうオシマイな気がする・・・”
なっ、とディーナが言葉を思わず飲み込んだ。頭の上から覗き込む孔雀と見つめあう――。
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再びトゥーラは、右手を高く掲げて差し出す。それはそれは優雅で、指先で空を切るかのようだった。
【――おいで・・・・・・】
促され、孔雀は再び少年へと飛び移っていった。右腕に孔雀を迎えると、ディーナに向かって笑いかける。
【ディーナ。他に訊きたい事はある?】
「――あるわ。でも、ちゃんと答えてくれるとも思えない。今のだって、何の答えにもなっていない!」
【そう?ボクが答えるまでもなかったじゃない。ヅゥォランの訴えが、そのまま答えじゃないか】
「・・・・・・。」
【質問はもう、ない?無いなら行くよ】
いぶかしんで無言になったディーナに、トゥーラは一回りして背を向けた。少年のまとう衣の裾が、小波立って見える。
やはり不思議な刺繍だ。悔しいが、どうしても目を引く。無視できないのだ。
どうせ答えてくれる気はないくせにと、腹も立つがそのまま見送るのも癪だった。
「ねえ!あの銀の獣は!?見ていたのなら、わかるでしょう?あのキレイな獣よ!ケガをしたまま、どこへ行ってしまったの?」
悔しさよりも、銀の彼を想う気持ちが一歩勝った。ディーナは立ち去ろうとする、華奢な背に問いかけた。
大丈夫なのか、どうしているのか、それを確かめたかった。その術がないディーナはただ、尋ねるしかない。
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トゥーラは立ち止まる。振り返ると、穏やかな笑みを浮かべていた。
それは自分に向けられたものとは、違う種類のような気がした。さっきから向けられていた笑みは、心底愉快そうなものだった。
例えて言うならば、幼子が玩具を前に浮かべるような――。好奇心を持って眺める者の瞳。
それとはまったく異なる眼差しを浮かべながら、トゥーラは指差した。
【だいじょうぶ、だよ。ほら、うしろ・・・・・・】
(うしろ?)
促されるままに、ディーナは振り返る。
よくよく考えたら、ヅゥォランもトゥーラも初対面なのに・・・・・・。ディーナ、いきなり叱られています★
やんわり。かつ、じんわり。