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     * ジャスリート家の少年


 ディーナ、銀の獣に行かないで欲しいのです。


 行ってしまうと、どこと無く気がついているので。

   シィーラに似た容姿(うつわ)に、シィーラに引けをとる事のない能力。


   君は本当に申し分ないよ、ディーナ。


   ――僕の研究の成果・・・・・・。


  * : * : * : * : * : * : * : * 


「待ってっ!!待ってよ!――手当て、しなきゃ・・・・・・!」

 

 ディーナは銀の獣に向かって叫んだ。今はもう遠く、高い石壁の上にいるその背にだ。

 

 獣は先ほどまで、ディーナの腕の中にいてくれた。涙を拭って慰めてくれた、優しい銀の彼。

 

 ディーナが落ち着きを取り戻すまで、傍に寄り添っていてくれたのだ。

 あれだけ・・・最初のほうは触れられるのを、嫌がっていたようなのに。

 

 ディーナは思う存分、獣の胸元に顔をうずめてその香りに包まれていた。もっと、そうしていたかった。それなのに。

 

 獣はやんわりとディーナの腕から、一蹴りですり抜けてしまったのだ。

 何の前触れも無く、ぬくもりを()くしたせいなのか・・・・・・寒気がした。

 

 ――彼に体温を奪われてしまった。

 

 この感覚が寂しさなのだと、自覚する事ができなかった。動けないそのままで、背を目で追っただけだ。

 

「・・・・・・ねえ!待ってよ!まだ、行かないで傍にいてちょうだいよ!!」

 

 どうしようもない寂しさに気がつき、必死でそのぬくもりを取り戻したいと叫んだ頃には、獣はもう手の届かないほど高い所にいた。

 

「ねえ、どこ行くの!?」

 

 “・・・・・・・・・・・・。”

 

「また会える!?来てくれる!?」

 

 獣は答えない。振り向きもしない。しかし、動こうともしない。

 

「もう、来てくれないというのなら――私も一緒に連れっててよ!」

 

 “・・・・・・!?”

 

 獣は答えない。でも、振り返ってくれた。ほんの一瞬だけ。

 疑いを浮かべたかのような途惑う瞳と、絡み合う。ディーナは必死でその瞳に、追いすがった。それでも。

 

「あっ!待って!」

 

 ――銀の背はそのまま、見えなくなってしまった。

 

 ・*。・: * 。・ : *・。: * ・。 :。・*・。:。*。・:*。・

 

 その孔雀模様の浮かび上がるしっぽが、見えなくなる。途端に言い表しようのいない心細さで、哀しくなった。

 また、涙がにじみ始める。そのまま、ぼんやりと獣の去った方角を見上げていた――。

 

【だめじゃないか、ディーナ!黙って館を抜け出したりしちゃあ!】

 

「!?」

 

 声を掛けられたのが、あまりに突然だった。ディーナは、驚きのあまり飛び上がった。

 

(まずいところを・・・・・・)

 

 見つかったものだ。ディーナは恐る恐る振り返る。

 

「?」

 

 ディーナに声を掛けたのは、はじめて見る少年だった。歳の頃は十一、二才といったところだろうか。

 明るい金の髪に、薄あわい空色の瞳が映える。少年は、にこやかにディーナを見上げていた。

 

【だめじゃないか。ディーナ!知らない奴の誘いに乗っちゃあ、危ないだろう?】

 

 少年は同じように繰り返して、ディーナを(とが)めた。それでも口調も笑いを含んでおり、怒りは全く感じられない。

 

 くすくすと笑いながら、少年はディーナに歩み寄る。歩くたび、彼の身にまとう長い上着の裾が揺れた。

 不思議な紋様だ。まるでそこに、波が打ち寄せては返すかのように見せる。

 

「――乗ってないじゃない。だから私、ここにいるのよ」

 

 少年の背丈は、ディーナの胸の高さにも満たない。そのせいか、強気で言い返してしまう。

 見下ろされて覚える、威圧感が無いからだ。

 

【ギルムードの奴もそうだけど。そこのソイツ(・・・)もだよ】

 

 少年はディーナの背後を指差した。視線で追う。振り向くと木陰で、お行儀良く前脚を揃えている黒い獣と目が合った。

 

「ダグレス!あんた、いつの間に戻ってきたの?無事?どこもケガはしていない?」

 

 ディーナはダグレスに駆け寄ると、しゃがみ込む。獣の身体を撫でてやりながら、ケガをしている様子はないか確かめた。

 

【・・・・・・あのねぇ。ソイツはギルムードの使いだったの。わかる?】

 

「私が頼んだの!橋まで連れて行って、って。ダグレスのせいじゃないわ。それにさっき、逃がしてくれたのよ?そのギルムードから」

 

 ディーナは、ダグレスの首筋に取りすがって庇う。強く抱きしめると言い聞かせてやるように、繰り返した。

 

「――悪くないわ」

 

 “ディーナ嬢・・・・・・”

 

 ダグレスは嬉しそうだ。頬をすり寄せると、うっとりと呟く。

 

【あのねぇ】

 

 少年はその様子に、腰に手を当てて深々と息を吐いた。

 

 。・*・。:。・*・。:・。*・。:・。*・。:。・*・。:。・*・。:。・*

 

 ダグレスに寄り添いながら、まじまじと少年の顔を見上げていた。

 なめらかな丸みのある、幼さの残る顔立ち。その割には大人びた眼差しと言葉使いに、違和感を覚えた。

 

「・・・・・・ね。君、誰?何者なの?」

【ボク?――トゥーラ・ファーガ・ジャスリート】

「トゥーラ・ファーガ・・・・・・」

 

 初めて見る顔だが、ジャスリート家の子なのか。この家の子なら――。

 この突然の登場にも、無理にでも説明が付けられる。

 ディーナは、ダグレスに強くしがみついた。

 

【トゥーラ、まででいいよ】

 

 警戒し始めたディーナに、トゥーラは再び微笑んで見せた。

 

「トゥーラ、どうして?だから、何で・・・知っているの?」

 

 あの橋での一部始終のやり取りを『知っている』のか、とディーナは問う。なぜ。あの場に居合わせたわけでもないのに。

 

【わかるさ。見ていた(・・・・)からね。まぁ、あの橋であれだけ騒がれれば、嫌でもわかるよ】

「見ていた?だから、どうして見ていられるのよ?」

【ジャスリート家の領域内だから】

「また、それ?――術者なの?トゥーラも」

【そうだよ】

「――・・・フィルガ殿みたいな?」

【うん、まぁね】

「・・・・・・。」

 

 短く受け流すような口調に、ディーナは軽くあしらわれている気がしてきた。

 これ以上何を訊いてもこの調子で、はぐらかされるだろう。ディーナはむっとして、黙り込んだ。

 

 少年はそんな様子のディーナに悪びれる様子も無く、にこにこしたままだ。

 

 そんな少年を、ディーナはうさんくさそうに眺めた。二人とも、しばらく無言で見詰め合った。

 先に少年の方が、言葉を発する。

 

【――ヅォラン!】

 

 そうふいに、トゥーラは天に向かって呼びかけた。ディーナもつられて、少年の高く上げた右腕を見上げる。


 

 トゥーラ、出ました。何モノでしょう?な、少年ですが、タダモノじゃないのだけは確かです。


ジャスリート家縁の子なのは、本当です。


ディーナ、警戒したまま続きます。

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