第八章 * 守られている自覚
ディーナ、自分の甘さに一人・反省会です。
・・・・・・自分は叩かれるかもしれない。
何故そう思ってしまうのか、理解できない。
こんなにも、全力で守りたいと思っているのに――。
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ディーナは泣きじゃくりながら、銀の獣にすがり付いていた――。
「・・・・・・だい、じょぶ、っじゃ・・・ないよね?ごめんね、私が・・・・・・」
橋を渡ろうとしたせいで?それとも、『何者をも物ともしない』術者じゃないせいで?
ともかく、ディーナは己の無力さを責めていた。自分自身を、軽く呪ってしまうほど。
「血が・・・・・・。どうしよう、痛いでしょう?」
ディーナは恐る恐る、銀の獣の傷口に手を這わせた。
銀の毛並みに、固まり始めた血がこびり付いている。そのせいで、ぱっくりと開いた傷口が見えた。
出血は収まってはいるようだが、獣は左足を地には着けず浮かせていた。体重を掛けると、痛むのだろう。
(それなのに)
ギルムードに柄で下顎に、一撃を食らわせられたのだ。その上。
続けざまに仕込んであった隠し刃で、左肩口を刺されたのだ――。
(・・・・・・それなのに・・・・・・)
銀の獣は背にディーナを担ぎ、恐るべき跳躍力であっという間に――。
こうして、ジャスリート家の館に送り届けてくれたのだ。
ギルムードも、ダグレスも、あの橋に置き去りにして。
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ディーナは館の庭園の地べたに、しゃがみ込んで泣きながら途方に暮れていた。銀の獣の瞳を覗き込みながら、嗚咽が止まらない。
「・・・・・・どうしよう、ケガ。――フィルガ殿なら、どうにか出来るかもしれないけど・・・・・・。もしかしたら、貴方の事も従えてしまうかも、しれないし」
“・・・・・・。”
なにせ口を付いて出るのは、情けない事この上ない泣き言ばかりなのだ。
申し訳なさと悔しさで、涙が止まらない。結局の所、自分が頼りにしてしまうのはフィルガなのだ。
こうやって何かあった時に、自分が頼りにするのは彼だという事。
ルゼでもリゼライでもなく、真っ先に浮かんだのはあの灰色の瞳だった。それを思い知らされた。
あれだけ、自分でやって見せる気でいながらだ。あの宣戦布告――。
『フィルガ殿を超える術者になってみせる、彼の保護を必要としないまでになる』は、身の程知らずも、いいところだろう。
ディーナは今更ながら、己のレベルの低さを恥ずかしいと思った。
【アナタが橋を超えれば、アナタという光を目指す連中が・・・・・・】
フィルガの言うとおりだった。自分は彼の庇護を突っぱねておきながら、このざまだ。
自分は彼に守られていたのだ。
フィルガはディーナがこのまま外部に接触すれば、望まない結果になるのを見越してくれていたのだろう。
レドを従えた時に、先に視線を外したのは彼の方だったではないか。フィルガの様子が今になって蘇る。
(フィルガ殿、苦しそうだった・・・・・・。私、泣いてて気が回らなかった)
うっ、とディーナは固く瞳を閉じた。ひときわ大きな嗚咽が込み上げてきて、胸が詰まったからだ。
「フィルガ殿に、貴方のこと診てもらおう。私の事、きっと怒るかもしれないけど――。言う事ちゃんと聞く、って約束すれば貴方の事『聖句』で縛ったりしないと思うの。私は・・・・・・あきれて――叩かれるかもしれないけど、何てことないわ」
“・・・・・・!?”
ディーナは、それくらい当然の仕置きと思っている。これだけ、周りを巻き込んで大事にしたのだから。大人しく殴られよう、と思った。
銀の獣は相変らず一言も発しない。だが決意固めるディーナに、小さくかぶりを振って見せた。ディーナはそれを、治療の拒否と受け取った。
「大丈夫、きっと。・・・貴方は悪くないんだもの。叱られるのは、私よ?だから、手当てをしてもらおうよ」
安心させるために、ディーナは涙を拭う。無理やり、口調もしっかりとさせた。涙で声がやや、くぐもってこそはいたが。
「待っていて。フィルガ殿のところに行って、呼んでくるから」
言いながら膝立ちになったところで、また新しく涙が溢れ始めてしまった。慌てて拭う。
だが、止まらない。
(・・・・・・やだな。どうしちゃったんだろう?)
見ず知らずの男に剣を向けられた。巫女として無理やりにでも、神殿に上がってもらうと浚われかけた。
銀のこの獣が駆けつけてくれた。だから、こうしてまたこの館に戻ってこれた。
そうでなければ、彼にはもう会うことも無かったのかもしれない。
――その可能性を思って、胸が締め付けられるのは何故だろう?
(フィルガ殿に、会うのが・・・・・・。イヤ、なのかな?怒られるかもしれないから)
しかし、そうも言っていられない。獣のケガを何とかしてあげなければ。
ディーナは頭を振ると、ゴシゴシと目をこすった。
「・・・・・・ゴメンね。すぐ、行ってく、るから。ま・・・ってて」
今度こそ立ち上がろうと、膝を立てた。だが、立ち上がる事は出来なかった。
獣がディーナのドレスの裾に、前脚を掛けていたからだ。勢いづいていたディーナは、当然ながら体のバランスを失う。
「・っ・・・きゃぁ」
小さく悲鳴を上げて倒れこみ、ディーナは思わず獣に抱きついてしまった。それを銀の獣は優しく受け止めてくれた。
ディーナを再び座り込ませる。そのまま獣はディーナのドレスを踏みつけ、脚をどかそうとはしなかった。
「ゴメンね、怪我してるのに。痛くなかった?」
ディーナは慌てて、手を放した。灰銀色の瞳と、真正面からぶつかる。
その瞳がほんの一瞬だけ、和らいだように感じた――。
だ い じ ょ う ぶ
え、と声にならない声を上げ損ねたディーナの頬を、獣は鼻先で押しやった。
やわらかく遠慮がちに触れると、そろそろと・・・乾ききってない涙を舌先で拭ってくれた。
「・・・・・・ありがと」
くすぐったさに思わず、笑みがこぼれた。ふ、と強張っていた気持ちまでが、ほぐれた気もした。
獣の優しさも、ディーナの心をくすぐってくれたからだ。
ディーナはやんわりと、獣を抱き返した――。
なぜ、フィルガがディーナを叩いたりするなどと、考えてしまうのかは理由があります。
ディーナはキレイ★さっぱり★忘れていますが、無意識に覚えているのです〜。
フィルガ。今のフィルガは、そんなことはしませんよ。
〜〜第八章まできました。すさんでいた少年時代のフィルガ殿の話にも、入っていきます。