* 橋での対決の行方
お互い一歩も引かず、睨み合いは続いておりますが・・・・・・。
『高見に立つ』
幾度その言葉に、身をゆだねて来ただろう。
しかし――。それはもう、終わりにする時が来た。
* : * : * : * : * : * : *
「やめてったら―――!!」
ディーナが叫び声を上げたのと、同時だった。
「・・・・・・な、に・・・・・・!?」
ギルムードの右肩に激痛が走る。思わず柄を持つ手が緩んだ。
それでも、ギルムードは【姫君】を落としたりはしなかった。・・・・・・かろうじて。
背後からの予想も付かない攻撃に、大きく舌打った。
銀のケダモノではない。獣は変わらず、ディーナをその背に庇っている。
「――放せ!!ダグレスっ」
今までただ大人しく様子を見守っていた黒い獣が、ギルムードの肩に牙を食い込ませていた――。
* : * : * : * : * : * : *
油断していた。油断以前に・・・ギルムードはダグレスに対して、注意すら払っていなかった。
いまだに己の配下にあると信じて、疑いもしなかったからだ。
ギルムードは苦痛と憤りとで、顔を歪ませる。肩越しに、その紅い眼と目が合った。
「放さぬかっ、ダグ、レス・・・・・・!!」
命令に背きダグレスは、なおも牙を食い込ませ続ける。
・・・キ・ィィ、ン・・・ィィ、ン・・・・・・
ついに抗いきれずに、ギルムードは【姫君】から手を放してしまった。
石橋に落下した金属の、乾いた音が響く。【姫君】の口惜しそうな、金きり声だ――。
それを見届けて、やっとダグレスは牙を弛めた。牙が抜かれると、服の下で一気に血が溢れ出すのを感じた。
衣服が吸いきれず、腕を伝って血が流れ滴る。指先が痺れる。それでも。
痛みに顔をしかめながら、すぐさま【姫】に手を伸ばし、拾い上げようとした。
「!?・・・・・・ダグレス、貴様」
ダグレスの俊敏さが、一枚上手だった。獣の蹄が、【姫君】を押さえつけていた。
屈んだギルムードに、真正面から顔を突きつけて――。ダグレスは、静かに告げる。
“ディーナ嬢は、止めるようにと仰った。聞こえなかったのか、ギルムード?”
ダグレスは微動だにしないまま、目だけで銀の獣を促した。
目配せを受けて、銀の獣は自分に抱きついて庇う少女の身の下に、その背を滑り込ませる。
背に少女を担ぎ上げると、銀の獣は軽やかに跳躍した――。ディーナがせっかく渡ってきた橋を、一蹴りで戻りきる。
「・ッ、ディーナ・・・・・・!」
ギルムードは思わず追いかけようと、ダグレスに背を向けた。
痛む右肩を左手で押さえつけながら、駆け出そうと・・・・・・。
しかし――。それすらも、阻むモノが目の前に降り立っていた。
(いつのまに!?)
ギルムードは己の左手により一層、力を込めた。
“・・・・・・・・・・・・行かせぬよ”
目にも鮮やかな藍色と翠の尾羽を広げて、視界を遮る孔雀がギルムードに宣告する。
孔雀の尾羽の渦巻き模様が、いくつもの翠の目玉に見えた。ギルムードが思わず怯むほどの、眼力だった。
“・・・・・・行かせぬよ”
それは、孔雀の意思の強さの現われだろう。その羽根が告げているであろう事を、くり返し告げる。
ギルムードは獣と鳥に挟まれて、その場で身構えるしかなかった。
「血迷うたか、ダグレス!俺との絆は断ち切るか!」
“ディーナ嬢さまの御心を無視した振る舞いは――許さぬよ・・・・・・”
獣の据わり切った瞳が、何を映しているのか。それは、もはや訊くまでも無かった。
ほんの少し前まで、自分を気使う心のあった獣が・・・・・・。まさかこんなにも呆気なく、寝返るとは。
ギルムードは自分の甘さを呪った。だが歯軋っても、今さらもう遅い。
『・・・・・・我、ギルムード・ランス・ロウニアが!黒き獣・ダグレスよりも、高見に立つ』
ならば、もう一度。その瞳を、こちらに向け直させるまでだった。
正気に戻してやろうと思った。聖句を唱えだす。
『我は暗闇を称え、その全ての闇をもって包み込む。包むは身体では無く、そのものの魂の在り処』
ダグレスの好み、そして忌み嫌う闇の章の句だ。淀みなく、迷いなく。言葉を獣に見舞う。
それは――何度も唱え口に馴染んだ、ギルムードのもっとも得意とする章のはずだった。
“効かぬ”
ダグレスに変化は無い。怯みもしない。
それでもギルムードは、紡ぎ続ける。絶対の自信をもって。
『包め、月も星も灯らぬ夜闇よ。陽射しの中で造られる影という名の闇よ。人の心の内に、』
“効かぬよ”
ダグレスは聖句を物ともせずに、途中で遮った。そのまま、丸腰のギルムードへと飛び掛る。
その巨体に正面から掛かられたとあっては、たまらず組み敷かれてしまった――。
「・・・・・・ダグ・・・・・・」
獣は喉首に牙を突きつけた。獣の息使いが、喉を撫でる。
ギルムードは思わず、両目を瞑った。
“我は言ったはずだ、ギルムード?”
紅孔雀様の御心に沿わぬ者には、『牙』を――と。
「ここでハッキリさせようじゃないか」
――な、ギル&銀(仮名)でしたが。
ディーナの一声で、両者は引かざるを得なくなりました。この二名は後々、勝負をつける・・・予定です。