* 橋での対決 〜ギルムードの【姫君】〜
引きに引いております二戦目。
ギルがやや、危ないです。
さあ・・・・・・。
目を覚ましてくれ。
俺の【姫君】。
* : * : * : * : * : * : *
ひっ、とディーナは息を飲み込んだまま、言葉がでなかった。いや、出せなかった。
瞬きすら封じられたように、ただ――。ギルムードの柄が、銀の獣の顎に一撃を食らわせたのを眺めていただけだ。
ディーナは声が出せない。ギルムードの手にした柄が、鮮血で赤く彩られているのを目にしたからだ。
(赤い・・・・・・!?血、っ!)
その事に奪われ、瞳も意識も逸らす事ができない。何か抗議の声を上げようにも、唇はわななくばかりで用を成さない・・・・・・。
「ほうぅ。一撃喰らっても、見事に着地できたか。――以外にやるな、ケダモノ?」
ギルムードは感心したように、言葉を掛けた。だが口調は、見下ろした者の視線でだった。
語尾にはわずかに、笑いを含んでいる。その小ばかにした様子は、油断した者への嘲笑――。
「・・・・・・たかだか、刃の一つや二つ。そんなもの。俺から奪ったくらいで、王手を掛けたと思うなよ?」
勝ち誇ったかのように、両手のうちで構えた柄をくるくると回転させて見せる。
「まあ、だが褒めてやる。鍛えられた刃、その牙で削いだこと賞賛に値する。だが・・・・・・。残念だったなぁ」
ディーナは銀の獣が、変わらず自分を庇う体勢なのでその背しか見えない。
見えないが、だが・・・・・・。獣の左脚もとに、血が飛び散っているのが見えた。
そして、それはどんどん滴って、血溜りを造って行く。
(な、っ・どこか、怪我を!?)
「――何せ柄だけで、貴様に切りつけることが出来たものな。ま、二度目は通用しないだろうけどなぁ。そこまでバカじゃなかろう?」
ギルムードは言いながら、柄を今一度構える。そして弄ぶ手を止め、大げさに一振りしてみせた。
・フ、ゥオン・・・ン。
そう、軽やかな空を切り払う音と共に、振り払われたはずの光がディーナの瞳を射る――。
「!?」
そこには再び、刃の持つ鋭利な輝きが現われていた。
「油断したなァ。コレはな、いざって時を待ち侘びている俺の――深窓の姫君さ。実際俺もこの顔、久しぶりに拝ませてもらった・・・・・・。何せ姫は箱入りだからな。滅多な事じゃ、この顔は拝めんぞ。オマエ。癪に障るが、俺の姫が相手と認めおったようだぞ!」
大仰にギルムードは【姫君】を高々と掲げる。そして己の目線にまで下げると、恭しくその華奢な剣身に口付ける。
獣の鮮血をまとった、彼女のその身にだ。
ディーナには、気が狂った者の行いにしか受け取れない。
本当に主は【姫君】なのだと・・・・・・。ギルムードはそれに付き従う騎士なのだと、納得するより他はない。
一連のギルムードの行動をこうやって、目の当たりにすればイヤでもそう思える。
気狂いの姫。それに仕える騎士も、それに準ずる。
「そして俺の【姫】は、眠りから呼び覚ましてくれた勇者の【血】をご所望だとさ。――身に余る光栄と思えよ、ケダモノ」
ギルムードは愉快そうに笑って見せたが、目は笑ってはいなかった。
冷たく獣を見据えながら、仕込み刃を得意そうに見せびらかす。
“・・・・・・。”
「どうした、ケダモノ。今一度、掛かってこぬのか?それともいい加減、騎士の座を退く気になったか?」
“・・・・・・。”
からかいにも獣は応じず、動じない。狙いは一点のみを、見定めている。
その向けられた眼差しに、変わらぬ威力を感じ取ってギルムードは唸った。
「ならば――。こちらから行くぞ!」
* : * : * : * : * : * : *
ディーナの瞳は、獣の滴り続ける血溜りに釘付けだった。そして、ギルムードの言う【姫君】とやらの、鋭利な美しさにも。
ギルムードが切り込むための一歩を踏み込み、銀の彼も【姫君】に牙を掛けようと大きく跳んだ――。
それはそれは、永遠に等しかろうと思われた一瞬の時だった。ディーナにとっては・・・・・・。
――ディーナは声にならない声で、叫び声を上げていた。
――だいぶギルムードが饒舌です。
久しぶりに、骨のあるヤツに出遭えてゴキゲンなのです。