* 橋での対決 〜二戦目・聖句VS牙〜
〜二戦目・ギルムード・VS・銀の獣・〜
戦いも後半戦です。
――イヤだ。絶対に。誰にも渡したくない。
そんなことに、なるくらいなら。
私だけの・・・・・・獣に。
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『我、ギルムード・ランス・ロウニアが称えるは、闇の属性』
(・・・・・・これ、アレだ!フィルガ殿がレドに使った『聖句』・・・・・・!?)
ディーナは、思い当たって血の気が引いた。さっきまで怒りのため火照っていた頬が、一気に冷えたのを感じる。
(イヤ!イヤだ!絶対にイヤ・・・・・・。)
朗々とギルムードの声が紡ぎ上げているもの。それはフィルガが用いた文言とは異なるようだが、確実に目的は一緒だろうというのだけは判る。
(このキレイな獣が、あの得たいの知れない人の支配下に置かれるなんて!絶対にイヤ!!そんな事になるくらいなら)
――私が。彼を完全に・・・・・・。自分のものにする。
寒気がする。そんな事を思いつく自分自身に、嫌悪すらこみ上げてきた。それでも。
(私が彼を・自分のものに、する――。他の誰かに、支配させてしまうくらいならば!)
ディーナはその思いに、全身を貫かれた気がした。
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『――我の称える闇よ。彼のものは、そなたの属性。それはすなわち、その身のうちに闇を持つ事を意味する!』
ギルムードが聖句を唱え始めてからも、銀の獣は飛び掛っていく――。
その度にギルムードは、巧みに剣を操って攻撃を防ぐ。獣は今のところ、聖句に囚われた様子は見られない。
退かず、かといって、ギルムードに引けを取っている様子でもない。
飛び掛っては、ギルムードの刃と牙がぶつかり合う。鈍く、時に鋭く、耳を衝撃音が貫く。
ディーナは身動きが取れないまま、立ち尽くしていた。自分が引くわけには行かない。
この銀の獣を置き去りにして・・・等という選択肢は、ディーナには最初から無い。
何が出来るわけでもない。だが自分のために、獣が危険を冒してくれているのだ。
ディーナもいざとなったら、この身を剣の前に晒す覚悟がある。そのためには、こうして離れず見守り続けるのだ――。
銀の獣はディーナの目の前に着地しては体勢を整えて、果敢にまた飛び掛って行く。
ギルムードの柄を握った、その手首だけを狙っているようだと気がつく。やろうと思えば男の生身にその牙を掛けられるだろうに。
銀の獣の狙いが見えた気がした。彼は、血を流させる気はないのだ。
ただギルムードの手から、武器を奪うつもりで攻撃を仕掛けている。そうとしか思えない。
何度も何度も。防がれながらも、同じ事を繰り返しているのは、ギルムードの手首を痺れさせる。
その目的一点のためなのでは、ないのだろうか?
(・・・・・・そんな、なんでよ)
何て言い表せばいいのか、わからない。わからないが、ディーナの胸に熱いものがこみ上げて来る。瞳にも、同じく。
「いい加減にっ・・・・・・!しなさいよ、ギルムードのバカぁ!!この獣が加減してくれているのが、どうしてわからないの!」
瞳を潤ませながら、ディーナは叫んだ。ギルムードの聖句を、いい加減にしろと遮るために。
頭を左右に強く、強く打ち振る。いつの間にか溢れていた、涙が飛び散った。
『――包め。月も星も灯らぬ夜闇よ。陽射しの中、造られる影という名の闇よ・・・』
「何が『高見に立つ』よ!!恥を知りなさいよっ、おこがましい!!」
魂からの叫びだった。渾身の訴え。それは、ギルムードだけではない。ディーナ自身、自分に対する叱責だった。
(自分に危害を加えようとする人間にまで、手加減してくれる心の持ち主なのに!それを『聖句』や何かで、力ずくで支配下に置こうとするなんて・・・・・・。最低だよ)
それは己のものにしてしまいたい、などと考えた自分自身も含まれている。
(そんなこと、許されるもんか!)
ディーナは縛られて自由を奪われることの、真の体験をしたことが無い。せいぜいジャスリート家から、自由に行き来できないくらいだ。
それだけでも――息が詰まって、死にそうだとすら思うときがあるのに。
獣を何だと思っているんだろう、『聖句』を使う術者はみんな・・・・・・?
『・・・・・・人のこの胸の内に巣食う、暗黒という名の闇よ・・・・・・』
ぼやけた視界で眼差しを向ければ、先ほどと全く変わらぬ光景のままだ。
ギルムードは聖句を唱え続ける。銀の彼も、怯まない――。
ッ、キィィ・・イィ・・・・ン・・・!!
「なっ!?」
ひときわ、甲高い衝撃音が響き渡った。ディーナは思わず息を呑んで、ギルムードと獣を見た。
見ればギルムードの手にしていた剣の刃が折れ、柄だけを握り締めている有様だった。
「――・・・・・・!?」
ギルムードは、信じられないといった表情をして見せた。しかし呆けたのも一瞬で、すぐさま刃のない剣を構える。
「貴様!!」
銀の獣も間を与えず、ギルムードに再び踊りかかっていた。――変わらず、手首だけを狙って・・・・・・。
「なめるな!貴様ごときに、手加減される俺ではないわ!!」
ガ・キ・・・ッ・・・ツ!
――今までに無い嫌な音が、ディーナを震え上がらせた。
ディーナも自分にこんな気持ちがあったのか、と戸惑いを隠せません。それは、アレだよ!ディーナさん。
フィルガも君にそれと同じ事考えてるんだよ!
・・・・・・まだわかんないよねぇ。と、誰か突っ込んでくれるか、自分で気が付くかは。
まだまだ、先の話です。