* 薄衣の翅
獣が飛び掛ったのは、ディーナではなく・・・。
その薄衣のような翅をむしって。
二度と飛びたてなくすることなど、たやすい事だ。
――ためらい無く速やかに、やってのける自信がある。
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「・・・・・・ッ!!――・・・ディーナ嬢っ!!」
悲痛な叫び声に身体が竦む。それでも、すぐさま振り返った。
銀灰色の獣はディーナを軽く飛び越しており、いつの間にか橋を渡って来ていた男の前に立ちはだかっていた――。
黒ずくめの男はあと数歩のところで、獣に阻まれて退く。
この男も、ディーナの名を呼んだ。
見覚えのない顔だが、何故呼べるのだろう?
男もまたディーナがしていたのと同じように、こちらに両手を差し伸べている・・・・・・。
――今度はディーナが後退する番だった。
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あとほんの少しで、少女に触れることが出来そうだった。それを、銀の毛並みの『狼』型の獣が邪魔に入ってくれた。
おかげで、あと一歩のところで捕まえ損ねてしまった。赤い・・・孔雀を。
忌々しく思い唇を歪めて、獣を、見下ろす。
獣とにらみ合いながらも、少女の方を盗み見て納得もした。
(成る程な。獣共も騒ぎ立てるワケだ)
今は怯えが表れてはいるものの、深く澄んだ空色の瞳には強い輝きが見て取れた。
赤――は真紅というよりも、気持ち茶色がかった髪はなんて見事な光沢かと思わせる。
そのせいで一層、見る者に赤を印象づけるのだろう。
それでも、少しだけ柔らかく波打っているおかげだろうか。強すぎる主張はしてこない。
髪と瞳の色。その二つの差異と、自分の記憶にあるよりも幼さの残る顔立ち――。
それらを以ってしても、少女はシィーラに酷似している。
おまけに、聖句を用いないままに四つ足共とやり取りまでするだと!?
(能力までが同じとはな!――申し分ない!!)
ギルムードは愉快でたまらない。本当に、申し分のない娘だ。笑いが込みあがってきて、収まり様もないではないか。
見下ろした少女は胸元で切り替えの付いた、薄淡い翠の染めのドレスをまとっている。
風が吹いて、少女の体にドレスがまとわり付く。だからより、彼女の肢体が浮き立って見えた。
折れてしまいそうなか細さは、儚げな蜻蛉が例えるのならば相応しかろう。
あの透き通った翅持つ、哀しさを湛えて魅せるあの虫・・・・・・。その翅をむしる事など、わけはない。
(もう二度と飛び立てない様に、する事など・・・・・・)
ギルムードは自分の内側から、湧き上がってくる乱暴な想いを押さえつけるべく、頭を一振りした。
自分は、シィーラを諦めていない者の一人だ。
だからずっと手掛かりを探すために、財も努力も惜しまなかった。
ジャスリート家に間者を絶やさず送り、出入りする商人には金を握らせ続けたのだ。もちろん、私財から。
シィーラに関わり深い獣から、情報を得るためには彼らと渡り合う必要性を感じた。だから――。
命懸けとも言われる『聖句の間』にまで臨んで、聖句まで修得したのだから!
(我ながら感心するな。そのしつこさには!)
そうやって、今日まで来た。
ダグレスや間者から、その待ち焦がれた報告が届いた時どれほど狂喜したことか。
それを、今一歩のところで・・・・・・。
とんだ邪魔が入ったものだと、内心舌打つ。その怒りのままに、殺気だって獣を睨んだ。
だが。もちろん、獣は怯まない。
「・・・・・・獣め」
思わず吐き捨てるような、言葉が漏れた。
ギルムードは獣の属性は何かと、観察していた。未だかつて渡り合った事のない型の獣。
見た目だけなら『犬・狼』型なのだが・・・・・・。いやしかし、わずかだが『鳥獣』型もうかがえる。
その形体だけで属性を見極めるのは、少々無理がある。判るのは、この獣のレベルが高いという事だけだ。
闇雲に攻撃を仕掛けてはこないで、こうやって様子をうかがう余裕のあるあたりが。
(下手したら、ダグレスと同等。――あるいは、それ以上・・・)
だからこそ。一番効果的な章の聖句を見極めて臨まねば、こちらの身が危うい。
(その前に獣に一太刀浴びせて、動きを鈍らせる必要があるか)
そう判断しギルムードは、剣の柄に手を掛けた――。
「やめてっ!この獣を傷つけないで!!」
少女は叫ぶと駆け寄り、獣とギルムードとの間に割って入った。
全身で銀の獣を庇うため、立ちはだかったのだ。その無謀とも取れる行動に、ギルムードは驚きが隠せない。
(シィーラ。貴女は獣の味方だったものな。・・・・・・いつでも)
懐かしさと哀愁に、同時に胸を締め付けられる気がした。
必死に自分を見上げて、睨む少女のまなじりには雫が光っている。
ギルムードは慌てて、その場に跪いた。腰の剣も鞘ごと外して下ろし、目の前に横置きにして見せた。
敵意の無さを主張するためだった。頭を深く垂れると、無礼を詫びる。
「これは・・・・・・貴女様の獣に無礼を致しました。お詫び致しますので、どうか―ご容赦を」
「私の、じゃないわ。でも、いじめたりしないでちょうだい!」
ディーナ嬢は両手を大きく広げて、その背に獣を庇ったまま言った。声までもが、か細い。だが、不思議とよく通る。
ギルムードは益々頭を深く垂れて、許しを請う。
少女の荒かった息遣いがゆっくりと、落ち着きを取り戻し始めた頃。気配を窺って、やっと面を上げた。
「――お初にお目にかかります。私は、ギルムード・ランス・ロウニアと申す者です。
以後、お見知りおきを。ディーナ嬢」
「何で私のことを知っているのかしら?」
「それは。神殿にまでその誉れが、届いております故。ディーナ嬢のお噂で持ちきりですよ」
「・・・・・・誉れって何?」
少女は腕を下ろそうともせずに、警戒したままだ。
「おや。ご存知では、いらしゃらないのか?では――。どのような噂か、お知りになりたいとは?」
「・・・・・・知らない。けれども、まあ。だいたい察しは付くから、あえて知りたいとも思わないよ」
「ディーナ嬢。私はその噂を聞きつけて、こうして『お迎え』に参ったのですよ」
恭しく右手を差し出しながら、ギルムードは告げた。少女が疑問から、口を開くよりも早く続ける。
「どうかその御力で――。荒ぶる古神獣たちの心を鎮め、民に平穏と恩恵をもたらす巫女姫として神殿にお上がり下さいますよう。・・・・・・お願い申し上げます」
そう一息に願い、申し出た。
やっと、接触できました、のギルムード。
このまま、暴走できずにいられるでしょうか?
(たぶん、無理です)