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     * 答えない獣

 

 ディーナを引き戻そうと、声がかかります。

 


  ディーナ。

 

  ディーナ。ディーナ。

 

――行くな。

 

 

 * : * : * : * : * : * : *

 

 ダグレスからは、きつく言い渡されていたハズだった。

 彼の赤毛が『自らの意志で』橋を渡りきるまでは、橋に踏み込んではならない。

 声を掛ける事すら、禁じるようにと言われた。

 そうでなければ、結界に振れた事になり必ず邪魔が入る。面倒な事になるのは、まず間違いない。

 

 なんだ。簡単じゃないか。

 

 そう笑って受ける自分に、ダグレスは付け加えた。

(我は許せなくなっているかも知れぬ・・・・・・。

 紅孔雀さまのお心に沿わぬ者全て(・・)に、牙を剥くやも知れぬのだ。――ギルムード)

 例えそれが『聖句の主』であっても、容赦は出来ぬかもしれないと獣は言っていた。

 

 それはそれで、面白い。――そう、受け流した。

 

 自分は十七年以上も待てたのだから、待つくらい何てことはない。そう、高を括っていたのだが・・・・・・。

 目の前に、目当ての少女がいる。

 それをただ眺めて待つというのは、ここまでもどかしいとは予想できなかった。

 笑い事じゃなかったと思い知る。

 

 ギルムードはただ必死に、見つめ続けるしかない。視線が絡み合う距離まで来たが、少女の歩みはためらいがちで遅い。

 期待と熱意。そう言えば聞こえはいいが、下心全開の眼差しに警戒されるのも無理はない。

 

 俺様の長い足なら。・・・・・・彼女まで、十歩もあれば。

 

(あの身をさらって)

 

 ――行けるのに。

 

 ギルムードは言いつけを忘れ、思わず橋へと踏み込んでしまっていた。

 

 * : * : * : * : * : * : *

 

 ―――戻るのか?

 

 惚けたようにダグレスに続いていたディーナを、呼び覚ますかのように声が響いた。

 どこからかと言えば耳にではなく、頭の中で閃いてはじけるような。

 

(・・・・・・もどる?どこに?)

 

 ディーナが自分を取り戻したのと、ほぼ同時だった。間を空けず、別からも呼びかけられた。

 

 ディーナ!ディーナ!!ディーナ!!

 

 行くな。

 

 大気を震わせて伝わってきた想いが届く。それは、懇願に近い叫び声だった。

 思わず振り返ったディーナは、そのまま瞳を奪われてしまった。

 一目で心すらも奪われた。他の事は一切忘れて見惚れる。

 

(なんて・・・・・・)

 

 驚きから賞賛に変わるにつれて、自然と笑みが浮かぶ。

 

(なんて、きれいな()!)

 

 獣もまたディーナを見つめている。四肢を突っ張らせて、必死なようにも見える。

 ――獣は皆それぞれに美しい存在だ。ディーナはいつでも、そう思ってきた。

 しかし・・・・・・。今、目の前にいる獣は『特別』だった。

 艶やかな銀色の毛並みが、あまりに見事でどうしても触れてみたくなる。どうしても――。

 ディーナは橋を引き返し始めた。

 早く獣に触れてみたい気持ちが現われて、両の(かいな)を広げて、前へ差し伸べながら。

 

 ダグレスは不満そうに唸り声を上げて、慌てて後から追い付き従った。せっかくディーナの心を自分に魅せつける事に成功していたのに、すっかり忘れ去られてしまったのだ。

 もう一度(かたわ)らで、低く唸ってみたが(かえり)みられることはなかった。忌々しさから、黒い獣の牙が覗く。毛並みが黒い分、白い牙は余計に鋭く見る者に訴えかける。

 

 ――ダグレスも同じく四肢を突っ張らせて、いきなり現われた銀の獣を威嚇した。

 

 * : * : * : * : * : * : *

 

 近づいてみて、改めて銀灰色の毛並みにため息が漏れる。陽光を受けて煌いてさえいるからか、所々白銀にも近い。

 獣自身から放たれているかのような眩さ。それに加えてディーナ自身から湧き上がってくる嬉しさに、思わず眼を細める。

「はじめまして。私の名前を間違わないで呼んでくれたのは、アナタなの?」

 恭しく右手でドレスをつまみ上げて、一瞬だけ膝折った。自分が知る限りの、優雅な挨拶で敬意を払う。

「お名前は?」

 “・・・・・・・・・・・・。”

 獣は何も応えない。

 ディーナの瞳を見上げるだけだ。ディーナも、彼の瞳を逸らさず見下ろす。

 視線を絡み合わせたまま、その場にしゃがみ込んだ。見下ろしては失礼だ。

 

 彼の瞳を間近で覗き込むとまた、感嘆のあまりため息がこぼれた。獣の瞳も、灰味の強い銀色だ。

 ディーナはこれと同じ、美しいものに覚えがあった。

 雲が太陽を隠さんとして覆った時――。陽光を浴びた灰色の雲が、こうやって輝いていた。

 それに通じる力強さと、気高さがある。こうしてみると、彼自身が曇天の一部のようではないか。

 今にも雪が舞い降りてきそうな、あの鈍く輝く天の一部だ。

 

(まるでそこから、舞い降りてきたかのよう・・・・・・。)

 

 応えない獣に、そ・・・っ・と手を伸ばす。

 その長い鼻先までを覆うのは、鷲のクチバシの一部分のようだ。

 それは、上あご部分を堅く保護する甲冑(かっちゅう)のようにも見える。

 三角形の形良い耳先は、やや外側に反り飾り毛が縁取っている。


(撫でさせて・・・・・・くれないかなあ?)


 ディーナはそろそろと遠慮がちに手を伸ばす。わずかに縮まる、獣との距離。だが、まだ触れるのは微かな獣の息使いのみ――。

 四肢の造りは狼を思わせるが、足先の方は毛皮に隠れていても(うろこ)が覗く。

 規則正しく配された鱗が、水底の魚の腹のように光を弾いているのだ。

 

「足。きれいね。きらきらしてる」

 

 ディーナが褒めるのを、獣はただ黙ったまま聞いている。気にも留めず、心からの賞賛を続ける。

 

「しっぽも、すてきね。――孔雀の羽根が混ざったみたいに、模様が浮かぶなんてふしぎね」

 

 微妙な色の濃さのコントラストが、そう見せるのだろう。尾の先など、孔雀の尾羽そのままの渦巻く目玉模様だ。

 ただし、白銀と灰銀とだけで絶妙に配されているから、こうして陽の光に照らされなければ分りにくい。

 

「あのね。・・・・・・私にとってね、」

 

 言いかけてそのまま、言葉を紡げなくなってしまった。うまく表現しようにも、ディーナの持つ言葉だけではとてもじゃないが追いつけない――。

 神妙な顔つきで考え込んでみたが、やはり言葉が見つからなかった。

 まあ・いいかと、ディーナはお得意の切り替えの速さで、再び笑顔を獣に見せる。

 

 触れようと伸ばされた手をかわすために、獣は後ずさった。拒絶の意思が伝わって来る。

「・・・・・・ごめんなさいね?」

 残念だが、無理強いは禁物だ。それでも、諦めきれない。

 ディーナは未練がましく、手を伸ばしたままでいる。

 獣の毛並み豊かな胸元に顔をうずめて、足のウロコを撫でてみたかったのに――。許されないなんて切ない。

 手を伸ばせばすぐに、届きそうなのでなおさら。

 

(せめて耳先だけでも・・・・・・。)

 

 しつこくもう一度、ディーナは両手を伸ばしてみた。抱っこさせて欲しい。全身で、そう訴える。

 すると獣はさらに後退した――。

 身を低く構え、耳も伏せて唸り出す。

 大小様々の、真珠色の牙がこぼれて見えたと思った。

 

 それとほぼ同時だった。

 

 獣はディーナを目がけて、飛び掛った――。

 

 

 

 

 

 

 

 



 近づいて触れたいのは、皆同じ。


 でも。男も女もシツコイのは、嫌われちゃうよ?


 いやいや。どうでしょう。場合によりますかね〜


 ディーナ、獣が気になって仕方ありません。

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