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     * 守護像からの目線  

 

 ヅゥオラン チュエウェイ

 ヨウラン  チュエウェイ

 

孔雀の尾の形をつくって防ぐ、左・右です。


 

    いつの頃からか、我々はこうして石像に宿っている。

 

    それは、遥か昔からだっだような。そうでもなかったような。

 

    ――我々はジャスリート家の守護獣。二羽で、ひとつ。


 

 * : * : * : * : * : * : *

 

 

 フィルガは執務を切り上げて、ディーナの部屋を訪れていた。

 

 彼女には色々食べさせねばならない。ルゼ及びフィルガを始めとして、侍女たちとも一致する意見だ。

 そのために食事以外にも、お茶の時間を設けている。

 

 特別小食なタチでもない様なのだが、ディーナは気分に食事の量が左右されるのは明らかだった。丸二日、何も口にしなかったのはついこの間の事だ。

 しかもその後しばらくは、ほとんど食事を残し続けて周りを心配させた。

 それは全部フィルガのやり方に対する、反抗の現われだったようにも思う。実際ディーナは自分を前にすると、何も口にする気が起こらないらしく――ただ黙って(うつむ)くばかりで、食事の時間を終えていた。

 その様子にルゼから、言い渡されてしまった。

 

『フィルガはしばらく、食事の席を別に設けた方がいいわね?』

 

 身に覚えがあるので何も言い返せずに、フィルガは祖母の言いつけに従った。しばらくは。

 まあ、実際はほんの、四・五日。

 落ち着いたあたりに祖母の判断で、再び同席が許された。何でも、ディーナからの申し出だったらしい。

 フィルガは一人で食事を取らせるから、ディーナは気兼ねせずもっと食事に専念して欲しい。ルゼがそう告げたのを、気に病んだらしい。盛り返す事もないままに、またしても食事の量が落ちたそうだ。

 

『私はディーナちゃんに、一人で食事をとらせるなんて嫌よ?フィルガなんて、放っておいてもちゃんと食べるでしょうから、

 一人でとらせるけどね。・・・・・・フィルガを同席させてアナタが食が進まないのを、見るのが嫌なだけよ』

 

 ディーナはそれで納得したというか、丸め込まれたというか。どんな時でもちゃんと食事を取る、と約束させられたらしい。

 ・・・・・・以上が、アンタも今日からまた一緒に食べていいわよと、得意げに告げた祖母から聞いた経緯(いきさつ)だ。

 

(さすが。お見事です、おばあサマ)

 

 そんなディーナに、祖母は事あるごとに甘い菓子を与えようとしだした。

 それでは益々食事の量が落ちるし、栄養が偏る。菓子片手に始終ディーナを訪れるのを、フィルガはそう諌めた。

 ルゼに口やかましいと言われ様と、譲らなかったのだが・・・・・・。

 しかし、近頃では方針を変えていた。

 菓子でも、何でも。口にしてくれるなら、良しとしよう。

 ディーナの目方の減りを食い止める方が優先だ。明らかに、痩せてきているのだ。

 祖母はディーナを、もっと女性らしい体つきに持って行きたいらしい。

 あまりのか細さに、危うさすら感じてしまう・・・・・・。抱きとめるたびに、自分もそう思った。だからそれは賛成だ。

 別に自分の好みから、遠いせいではない。

 

 ディーナはまた、お茶と菓子を与えられているはずだった。だが、今日はあの様子から察するに資料に夢中になって、手付かずになったままかもしれない。それは容易に想像できる。

 だからこうして、フィルガは様子を伺いにきたのだ。自分も一緒に一休み入れるつもりで。

 

 

 ――が、いくらノックをしてみても返答がない。不審に思ってそろそろとドアを開け、中を覗き見た。

「ディーナさん?・・・・・・入りますよ?」

 声を掛けながら部屋に入って見渡したが、彼女の姿はない。

 窓は開け放たれており、窓際に置かれたテーブルに開かれたままの年表があった。

 近づき見るとやはり、『シィーラ・ジャスリート』のページだ。一瞥したがフィルガは何の感情も見出せないままに、無表情でテーブルの上を見た。

 注がれてそのままのカップはすっかり冷え切っており、菓子も申し訳程度に一口かじっただけのようだ。

 コレくらい、二口・三口で片付けられるだろうに――。

 案の定たいして食べたとは思えない様子だ。フィルガは残りの菓子を摘むと、口に放り込んだ。

 

 酸味のきいた紅いベリーが、甘い生地を引き立てる。フィルガも子供の頃から馴染んできた、焼き菓子だったが。

 久しぶりに口にしたが、思っていたよりもずっと甘い。冷め切っているが構わず、カップ残りのお茶も立ったままで飲み干した。

 

 彼女の残り物を片付けながら、フィルガはディーナの気配を追っていた。

「・・・・・・。」

 おかしい。確かに彼女の気配は館に残されている。だが、その居場所までは掴めない。

 フィルガにとって、『誰かの気配を追い・居場所を確定する』のは朝飯前だ。

 こんなものは、術者の基本中の基本・・・のはずなのだが。その『誰か』に行き当たらない。

 両手を差し伸べてみても、ただ(むな)しく空を切るような掴みどころのなさは・・・・・・。

 そうだ。この嫌な感覚には覚えがある。何者かに煙にまかれているかのような、気持ち悪さはかつて出し抜かれた時に味わって覚えたもの――。

 

 * : * : * : * : * : * : *

 

 

 嫌にレドの気配がわざとらしい程、主張されて感じられるのも引っかかる。

 

 フィルガは熱さと冷たさに、同時に貫かれた気がした。瞬時に対処の判断を下す。

 

「ヅゥオラン!」――左手の甲を前にかざしながら。

 

「ヨウラン!」――次いで、右手の甲も同じく。

 

 フィルガは己の甲を飾る、孔雀の刺繍に呼びかけた。

 

 * : * : * : * : * : * : *

 

 軽やかな鈴をふるわせたかのような振動が、フィルガの鼓膜を打つ。それは遠く、微かに――。呼び出した者のみが受け取る合図だ。

 

 目の端でふわりとカーテンのドレープが、風にさらわれて持ち上がったようにも見えた。

 

 だが、それも一瞬の出来事だった。カーテンがゆったりと戻りきるよりも早く、鮮やかな藍色が視界に入り込む。

 フィルガが両手を下ろすと、足元にひれ伏していた二羽の孔雀が面を上げた。

 

 藍と翠とで囲み飾られた黒い眼が、キロリ、キロリと左右に振れてからフィルガを見つめる。

 己の左羽根で手前を払い、尾羽を広げ見せながら身を起こす。美しく渦巻く羽根模様が、幾つもの緑の瞳を向けられたかのようにも見える。もう一羽も、左右対称に全く同じ構えでかしずいているせいで余計に。

 

 “呼んだか。フィルガ”

 と答えたのは、ヅゥオラン。長い首をかしげて、左目でフィルガをとらえる。

 “――か。フィルガ”

 とは、ヨウラン。こちらも首をかしげてフィルガを見ている。ただし、ヅゥオとは反対の右目でだ。

 フィルガから見て右手にヅゥオ。左手にヨウ。二羽は左右対称に、フィルガを挟んで尾羽を半開きに、身を低く構えたままだ。

 

 孔雀たちが呼び出される時は少なからず、館に異常が起こった時と心得ているからだろう。

 いつでも次の行動が起こせるようにと、身を張り詰めて緊張させているのだ。

 自分たちが守護するジャスリート家に、二羽の眼をかいくぐった不届きな輩がいるとしたら。それは由々しき事態に他ならない。

 

 

「呼んだ。ディーナを知らないか?館の中に気配はあるが、姿はあるか?」

 “気配はあるな”と、ヅゥオ。

 “――な”とは、ヨウ。

 二羽は瞳を閉じて、答える。

 “だが、姿はないな”

 “――な”

「だな」

 二羽の断言から確実なものとなった。ディーナはこの館にはいない――。

 フィルガは冷静に答えながらもその表情は険しく、拳を強く握り締めている。

 ディーナは館のどこにもいない。だが、気配は薄れていない。ということは、まだ(・・)フィルガの領域から外れてはいない事を意味する。

 ディーナの気配にすがり付きながら、必死でその居場所を追う。多分、彼女はあそこを目指すはずだ。

 

 瞳を硬く閉じて集中するフィルガを、二羽は心配そうに見守りつつ指示を待っている。

 

(・・・・・・シアラータ!)

 

 声に出さないまでも、強く強く呼ぶ。返事が返るよりも早くに、要求を告げる。

 

(お前の()を貸せ!)

 

 否とは答えられなかった。その証拠にフィルガの脳裏に、ここよりも遥かに離れたあの橋の光景が浮かぶ。

 石を組んで掛けられた、緩やかに弧を描く橋。その下を流れる川にきらめく陽光が眩しくて、思わず瞳を閉じたまま眉根を寄せる。

 自分は今、橋を守護するように据え置かれた石像の目線を借りて、橋を見下ろしているのだ――。

 フィルガも急ぎ、目線だけで橋を渡る。風が強く渡っているようだ。石像とあっては風を感じないにしろ、視界がぶれた気がした。

(ディーナ!!)

 橋の中ほどにはディーナが、そして見覚えある黒い獣の姿があった。

 やはり向かい風の中にいるようで、赤い髪もドレスもひどく後ろになびいていた。

 しかも――。橋の向こう岸には、見えないまでも明らかに何者かの気配が待ち構えている。

 その何者かは、渡っていないところが憎らしい。渡らなければ結界に触れた事にはならない。

 そうと知っての行いだろうと、察しが着く。慌ててフィルガは『自分』に引き戻った。

 

「見つけた。橋にいる。しかも、ダグレスと一緒だ」

 頭を左右に打ち振り、かきむしりながらフィルガは視線を戻した。

 心なしか呼吸が荒い。そんなフィルガの様子に、ヅゥオランが気を使った。

 

 “我々が先に一っ飛びして、見に行ってやろうか、フィルガよ?”

 “――よ?”

「いや、いいさ。お前らが人目に触れたら、ジャスリート家の面倒になるかもしれないからな。

 それより、館の守護を引き続き頼みたい」

 わかった、と二羽はほぼ同時に頷いた。

 ““承知した”――た”

 

 

 ここから馬を飛ばしても間に合うか。・・・・・・間に合わないだろう。

 

 そんなフィルガの心中を察したらしい、勘のいい二羽が騒ぎ立てた。 

 “走ればいい、フィルガ!走れば”

 “――走れば”

「言われずとも」

 そうするしか他にない。最後まで答える暇もなく、フィルガは駆け出していた。

 

 * : * : * : * : * : * : *

 

 “・・・・・・ヅゥオ?”

 二羽はジャスリート家の正門に据え置かれた、孔雀の石像の上に降り立っていた。

 向かって左側はヅゥオランの、右側はヨウランの仮の宿ともいえる。

 ヨウはなかなか石像に戻ろうとしないヅゥオランに、声を掛けた。

 “ヨウ、留守を頼む。やはり、ヅゥオも行く。フィルガ、いくら早くても心配。相手はしかも――ダグレス”

 “・・・・・・心配?”

 “フィルガ、ディーナにまで立ち去られたら・・・・・・。もう、お終いな気がする”

 思いつめたように呟きながら、ヅゥオは橋の方向を見据えながら羽ばたいた。

 

 “でも、フィルガ、待てと言うたよ?”

 

 ヨウランが石像に宿ったまま答えた頃には、すでにヅゥオランは飛び立った後だった。

 

(ヅゥオ・・・・・・)

 

 ヨウランは館を留守にするわけにもいかず、ただ相棒の後姿を見送るしかなかった――。

 

 

 

 

 


 

 お久しぶりです、フィルガ殿。

 ダグレスに出し抜かれて、こんなことになってますよ。


 しかも。孔雀たちにまで気を使われるほど、彼の心は結構崖っぷち★みたいです。



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