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     * シャグランス家の娘


小さいながらもパワフルな娘さんの登場です。

 

 力が欲しい。

 

 何よりも、誰よりも・・・・・・。他の術者の干渉なんてものともしない。

 

 全てをかしずかせる事ができるほどの、能力(ちから)が。

 

 * * * * *

 

 案内が無くとも、巫女装束の少女は迷い無く目当ての部屋を目指す。

 白く長く引きずるほどの衣を物ともせず、左手に絡め持ち上げて、慣れた足さばきで少女は進む。

 足首で結ばれたサンダルの紐が、少女が足を運ぶたびに見え隠れした。

 そのか細い足首と、両手以外の肌は衣装に包まれている。薄く透けているとはいえ、頭のてっぺんからベールを被っているので、素顔はおろか目元すら見せていない。

 それでも見る者に少女と解らせてしまうのは、衣にくるまれていながらも、少女特有のまろやかな輪郭が浮かび上がってしまうからだ。

 

 彼女のまとう衣の純白は巫女全員に共通したものだったが、彼女のベールを落ち着かせる額飾りは認めれた者のみが許されたものだ。巫女にもその実力の程で階級がある。

 片方は白蛇――英知の証。もう片方は黒蛇――魔術の証。その二匹を互い違いに絡む台座は緑玉製のツタだ。

 そして二匹が向かい合い、一緒に舌で抱えるのは雫形の紅珊瑚・・・それはちょうど少女の眉間で光を反射しながら、艶やかに輝いている。

 

 誇りを頭に戴き、日の光を一身に受けて進む少女は眩い。

 

 天気が良いので回廊ではなく、庭園の小道を選んで進む。

 晴れやかな空気を楽しみたいためではない。その方が庭園の生垣に隠してもらえるからだ。

 少女はあまり背丈が無いことを、こういった場合では感謝している。

 少女はいくらでも言い訳が出来るタチだったが、面倒は避けるに越したことは無いと思っている。

 いくら巫女装束とはいえ、こうまで神殿の中枢部――それよりも奥にまで足を踏み入れていては気が抜けない。一介の巫女風情である自分がここにいるだけで、不審を抱かせるに充分な要素満点だろう。

 毎度の事なので慣れてこそいるが、全身で周囲に気を配りつつ進んだ。

 

 そうやって辿り着いた目当ての一室の前で、少女は合図(ノック)も無く身を滑り込ませた。

 

 * * * * *

 

 少女が部屋に入ると同時に、闇色の獣がゆったりと立ち上がった。

 それを合図と受け取ったのか、少女の来訪に気がついたらしい人物に声を掛けられた。

「・・・・・・来たか、シャグランスの。待ち侘びたぞ!どうだ、首尾よく進んでいるか?」

 頭に一角を頂いた闇色の獣を控えさせた男に、少女は一礼してから答える。

「残念ですが、取り戻す方法がございません」

「だろうな。」

 椅子から身を乗り出して聞き入ろうとする割りにはあっさりと、あまり意に沿わないであろう報告に男は頷いた。

「何てこった・・・。こうも(ことごと)く解術しちまうんだからな。これはもう、こちらに上がって頂くしか方法は無いだろうな」

「――・・・・・・。」

 少女はベールを被ったまま、気持ち顔を伏せて見せた。否定はしない。が、かといって肯定しているワケでもない。主人に合わせての、相づちだった。

 口調ではさも問題に悩まされているかのようなそぶりの(あるじ)だが、満足気な笑み浮かべた表情を見れば分かる。主はこの状況を楽しんでいるのだ。

 

 うかつに己の意見など、述べるべきではない。

 少女は雇い主に事の次第だけを報告する事に徹していれば良い。

 戸口の脇に姿勢を正し、シャグランスと呼ばれた少女はそんな主人を真っ直ぐに見守っていた。

 ベール越しなのでそうぶしつけにもなるまいから、許されるだろう。

「・・・・・・。」

 雇い主である中年の男は、いつ会っても表情があけすけで実に判りやすい。

 少なくとも、少女はそう受け止めている。

 明るい茶色の瞳と、それよりも気持ち煮詰まって濃くなったような鳶色の髪が、彼の気質をより陽気なものに見せているようだ。四十路をいくつか越えていてなお、艶やかな髪質である。

 そして何よりも、その瞳が彼を実年齢よりも若々しく見せているのだ。

 同じく鳶色の太めの眉の下にある(まなじり)は下がり気味で、見る者に彼の気質が温和なものだと予想させる。それに加えて少しだけ細かく刻まれた目じりのシワでさえ、彼の印象を柔らかなものにするのに一役買っている。(けして真実がそうではないと少女は知っているが。)

 そういったものの影響も確かだが、決定的なのはその瞳に(にじ)み出ている好奇心という名の、強い光だろう。まるでいたずら盛りの犬猫の仔みたいだと思わず(たと)えてしまいたくなる――。

 

 そんな主の傍らに控えた闇色の獣が、伏せていた(まなこ)を開いた。視線に気がついたのだろう。行儀良く構えたままで、その赤い目玉だけをギョロリと向けられた。

『ダグレス』だ――。獣でありながらその冷静さと賢さは遥かに人間(ひと)よりも勝ると、主が常日頃から誉めそやしている。おそらく主にとって一番頼りになる部下だろう。

(・・・・・・おそろい(・・・・)ね?)

 シャグランスの少女は睨まれても怯まず、小さく小首をかしげた。

 少女の額を飾る珊瑚玉が、一緒に小さく揺れる。

 “・・・・・・。”

 こっそりと心の中で呼びかけた。

 それが伝わったのかどうかはわからないが、ダグレスは一瞬こちらを向いた。まっすぐに。

 獣の視線は確かに揺れて存在を主張した珊瑚をとらえた様だったが、それも一瞬だった。

 すぐさま目線を外すと、ダグレスは前脚を揃えなおして胸を反らせた。

 ――それがどうした。

 獣の言葉を代弁するなら、そんなところだろう。相変らずつれない奴だ。

 いつ会っても主以外の前で膝折る事はしない。お前のほうこそ(ひざまず)け・・・・・・そう言われている気がする。多分そうだろう。

 

「・・・・・・ギルムード様」

「・ん?」

 少女は困ったと言いながら全く、困った表情をしていない主に呼びかけた。

 楽しそうに企んでいる真っ最中のギルムードが、あごひげを撫でさすっていた右手を止める。

「あの娘は、やはり聖句を用いません。フィルガ様に初めて見せられて、最近やっとその存在に気がついたような有様です」

「そうか・・・・・・。あの()も、か」

「どうでしょう。私めに聖句の全てを修得する機会を下さいませんか?必ずや、ギルムード様の愛し子達を取り返してみせますわ」

「そうきたか、シャグランス家の!!力比べか。いいだろう!全て、は正直難しい。

 だがそれに準ずるまでなら、俺の力でどうにかなるだろう。やってみるか?」

「はい」

 少女はためらい無く答える。

「・・・・・・おまえなぁ」

 ギルムードは堪えもせず、愉快な奴だと笑い出した。

「それが何を意味するかわかって言ってるのか?まあ、わかっているのか。お、まえっ、

 この俺よりも、術者として格が上だと言うているのも同じだぞ?」

「・・・・・・。」

 弁解はしなかった。その通りとしか答えようがないからだ。

 慇懃無礼(いんぎんぶれい)とは、まさに自分の事を言うのだろう。

 豪快に笑い飛ばしながらも、ギルムードの視線は鋭い。多少居心地の悪さは感じたが、たじろぎもせず、投げられた視線に挑むような眼差しを返した。

「いや、いつになく積極的で結構なことだ。どうした?いやに協力的じゃないか」

「私、いつも積極的かつ協力的ですわ?」

「まあ、そうだがな。うん。こう言えばいいか。乗り気だな、と思うたからさ」

「――こうもことごとく術に対抗されたら、ぶつかってみたくなるのが術者のさがではございませんか?」

「だな。ましてやシャグランス家ともなれば、なおさら血が騒ぐか」

 ギルムードはいや、愉快で結構結構となおも笑っている。

 

 狙った通りに主人はあっさり許可を下ろした。

 いささか浅薄だとも思うが、今そこに付け込んだのだから文句をつける筋合いなど無い。

 それでも虫のいい話だが、ギルムードのあり方には雇われ者としては、不安を感じないわけではない。

 いくら優秀な部下の方が使い物になるとはいえ、明らかに考えが甘く無防備な気がする。

 行く行くは己の脅威になるとは、夢にも思わないのだろうか?

 けっして少女が、寝返らない保障があるのか。

 その辺にある種の育ちの良さがあるというのか、甘さが窺えるものだと、少女は密かにそう思ってしまう。

 

 

 * * * * *

 

 少女がベールを翻し退出して行ったのを見届け、自分の耳に彼女の足音が届かなくなるのを確認してから、ダグレスはギルムードに向き合った。

 目が合うと、ギルムードはニッと笑った。それはいたずらを思いついた悪子供(ガキ)のもの・・・というよりは、反抗期の大人ぶる子供に付き合ってやっている大人の余裕のもの。

 その表情をやや呆れたように眺めながら、ダグレスはゆったりと前後の膝を折ってくつろいだ。後ろ足は投げ出す。

 “あの娘。シャグランスの血筋とあって、流石に聖句への順応が早いぞ。大丈夫なのか?”

「何が?」

 口元に薄く笑み貼り付けながら、ギルムードは獣を見下ろす。

 ため息交じりでダグレスは答えた。

 “あの娘にあまり力をつけさせては、後々やっかいの元凶とならぬかと言っているのだ。

 我ですら、奪いに来るやもしれぬぞ”

「そうかもな。何、その時はその時だ・・・・・・。」

 幽閉でも、家族を人質に取るでも、何でも。

 続けられなかった言葉の先、言うまでも無い、裏切り者に対する処遇はいくらでもある。

 ギルムードの目の奥に、暗く鋭い光がゆらめく。

「あの娘はなるほど。術者としての能力は俺よりも格段に上だが、甘いのさ。

 俺への評価も、己への評価もな。そうそう一度関わった奴を切り捨てて、生きていけるほど薄情にはなりきれぬでいるのに、自覚も無いときている。そこら辺はこの腹黒オヤジのほうが、一枚上手だというハナシだ」

 ギルムードはあの少女を見込んでいる。物をハッキリいえる奴は大好きだ。

 思い返しては愉快だったと、笑いが止まらない。

 

 “ギルムード。それはお前にも言えることだと、我は思うぞ”

「む?そうか?まあ、確かに女子供には多少は甘いかもな。心配してくれているのか?」

 “忠告だ”

「同じことじゃないのか」

 

 そう言ってギルムードはまた笑った。今度は少しはにかんで、嬉しそうに。

 そんな様子をダグレスは呆れたように、また、ため息をついて目を伏せた。

 

 

 

 


 

さて、誰でしょう?(もうばればれですか?)

ギルムードの、お気に入りなお嬢さんです。


彼女も獣好き。ダグレスは触らせてくれませんが。

まあ、そのうちチャンスもあるかと思います。

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