第五章 * 姉と弟
第二章 * 呼ぶものと〜で、ちらと出ました、ギルムード・サイドです。
* * * * *
左手を胸に押し当てて、ギルムードはうやうやしく一礼する。
しかしそれも、形ばかりのものだった。
勧められるよりも早く椅子に掛けると、腕を組んで思いきり背もたれに身体を預ける。
「――やれやれ。大騒ぎですな、姉上」
「ギルムード。他人事じゃないでしょう」
「確かに」
たしなめられても、ギルムードの口調はどこか間延びした響きだ。焦るそぶりも無い。
「私の守護に就いていた獣たちまで、行ってしまったままなのよ?・・・忌々しい!」
人前では温厚で通している姉だが、人払いしてあるのも手伝って弟の前では素顔を見せている。声までが険しい。
ギルムードは滅多にお目にかかることの無い姉の一面に、笑いを潜めながらも愉快そうに、おお、怖い怖いなどと口にするものだから余計に睨まれた。
だがそれでも反省する様子は無く、ギルムードは両手を頭の後ろに組むと足も組んだ。
くつろぎ切った格好で、天井を見上げながら1、2、・・・と数えてから呟く。
「残っているのは俺の処のダグレスと。あと数頭はお偉方の処にいる奴らだけ、か」
「貴方ね。もう少し慌てなさいよ。長く従えていた獣たち・・・レドまでが行ってしまったのでしょう?」
「ここまでだと、いっそ清々しい。そう思えませんか?姉上」
相手の能力の高さに驚愕するよりも、正直なところ賞賛の方が勝っている。
だからギルムードは機嫌よく笑う。自分の敵わないかも知れぬ相手。
ぜひ、手合わせ願いたいものだ――。
「バカな事を言わないでちょうだい。皆、心配しているのよ。白孔雀の仕業なのか、とね」
鳶色の瞳を真っ直ぐにギルムードに向けると、声を潜めてたしなめる。
姉の自室とはいえ、油断なら無い場所なのだ。『ここ』は――。
ギルムードも揃いの色の瞳をすがめて、姉を見返す。
「姉上あんまり心配しすぎると、また髪に白いものが増えますぞ?」
「ギルムード!」
ははは、と悪びれもせず笑って受け流す弟を、姉は心配そうに眼差しだけで責めた。
いつまでも真面目に取り合わない弟に、いい加減にしろと言っているのだ。
「・・・・・・どうやら似ているが、違うようです。赤い髪の少女で、能力はあるようだが、使いこなすまでには至っていないらしい。まあ、若造の結界が阻止しているせいもあるでしょうがね。よって、獣たちはジャスリート家には侵入不可能」
やれやれ、といった調子でギルムードはわざとらしく、両手のひらを軽く上げて見せた。
バンザイ――。お手上げですな、といっているのだ。
「シィーラの息子に、シィーラに似た少女。不吉な組み合わせだこと!何者よ、その娘?」
「一応、血筋なのは間違いなさそうですがね。詳しくは報告されませんでしたから、何ともいえません」
ギルムードは、間者を絶やさずジャスリート家に送り続けているのだ。
シィーラと出会ってから、実に二十年以上――ずっと。
「そう。何にしろ、このままその娘を放っておくわけにもいかないわね」
姉は巫女王としての立場と、術者のはしくれとしての誇りに泥を塗られたも同然と、息巻いている。
それはギルムードも一緒だった。
「――若造の方もですよ。あれは神殿の許可無く聖句を修得している。レドは今、
アレの聖句の徒だ・・・・・・。まことに素晴らしい血筋ですな!あの家は」
聖句を用いずに、次々と獣の心を魅了してしまう少女。
一度呼び声を上げれば、獣たちは聖句すら振り切って、目指し行く。
ある意味、解術の心得があると言えなくもない。
今だ誰一人として成し遂げたことの無い領域に、少女は踏み込んでいる。
術者の存在を脅かす、たいそう迷惑な存在なのだ。
命懸けで屈服させた獣を、いともたやすく横取りしてくれるものだから、恨みたくもなる気持ちもわかる。
加えて高度な術者のフィルガ・ジャスリートの存在。
二人に手を組まれては、厄介なのだ。
「では。手始めにその公にされていない少女を、引きずり出さねばなりませんなァ」
ギルムードは己のあごひげを撫でさすりながら、天井を見上げたまま相変らずの調子で言葉を紡ぐ。焦りも執着も、みじんと感じさせない抑揚の効いた口調は意識したものでこそ無かったが、長年の努力が自然と身についた結果だった。
のらりくらりと相手の出方を、受けつかわしつ交渉ごとに臨む。感情をあらわにしない。
なかなか忍耐のいる心構えをギルムードは身につけているおかげで、外交ごと等の任務も自然まわってくる立場にいる。
「策はあるの?」
「お任せを」
にっと唇を引き結び見せた笑顔を、姉はどうも疑わしいといった眼差しを向けた。
「確かでしょうがやましい方法で得た情報を武器に、ジャスリート家と渡り合うのはあまりにも不利ではなくて?」
くつろぎ切った弟とは対照的に姿勢良く椅子に腰掛けた姉は、すらと伸びた首を傾げて声を潜め続ける。
純白の巫女装束をまとい、長い髪をきっちりとまとめ上げたその様は、幼い頃から何にも変わっていないようにギルムードは思った。優等生で心配性の姉。
これから先彼女の髪にいくら白いものが混ざろうと、この人はずっとこのまま美しく気高いままだろうと思わせる。・・・・・・そうで在れる様に願っているから、こうして彼女と一緒に神殿に上がったのだ。もっとも彼女の髪に白いものを混ざらせてしまう種といったら、自分が原因かもしれないが。
それ以外は排除するのが、ギルムードの役目だ。
「心配召されるな姉上。このギルムードにお任せあれ」
いたずらっぽく片目を一瞬だけ閉じて見せると、勢い良く椅子から立ち上り、またも恭しく左手を胸に押し当てて一礼した。
その手袋の甲を、英知の証とされる白蛇とツタが絡み合う文様が刺繍されている。
それは神殿の紋章だ。それがいやでも自分が神殿という組織に属し、仕えているのだと思い出させてくれる。たとえ自分のかしずく相手が誰であっても、形だけの敬礼だとしても。
――立場上、強引に動いて世の信用を失うわけにはいかない。
相手も相手なだけに、立ち回りに配慮が必要なのは重々承知の上で、ギルムードはためらい無く笑う。
いつまでも心配そうな姉の瞳を振り切るかのように、左手を高く差し伸べて声を張り上げた。
「ダグレス!!」
最後の切り札となる、獣の名だった。
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第五章まできました。やっと・・・。おまたせギルムード殿!出番ですヨ。彼はかなりいい奴★です。
一応、立場は悪役なんスけどね。
よろしく、どうぞ。お気に入りな彼です。
(おっさんだけど。)