* 朝のひととき
ディーナ、塔のてっぺんで囚われてる気分満喫中(?)です。
ディーナはほぼ毎日のように、館中をくまなく歩き回ることにしている。
少しでも体を鈍らせたくない。館に居る分なら自由にして構わないそうだから、せいぜい色々見て回ろうとも思う。
それより何より――。
間取りを頭の中に入れておき、いざという時に備えるのに越したことは無い。
ディーナは早くから目覚めてしまったので、こうして塔に上って眼下に広がる風景を眺めていた。
(いざという時かぁ・・・・・・。)
ディーナは、朝日を受けて瞳をすがめる。寝不足続きの瞳には、痛いほど眩しい。
(・・・・・・来るかな)
自分はこの期に及んでまだ、隙あらば逃出す気まんまんらしい。
もちろんレドも一緒にだ。
そう希望を持つ事で、いくらか心が安らぐ。
館自体が小高い丘の上に立っているおかげで、とても見晴らしが良いのだ。
ディーナは館の向こう、彼方から吹き付けてくる向かい風を受けて、目を細めた。
館の周辺には建物らしきものはこれといって見当たらず、ひたすらに草原が続く。
時折り木がまばらに生えているくらいだ。
その草地を下り行くと、川にぶつかる。
・・・・・・そこにはあの橋を渡るしか、向こう側には行けない。
他に道はない。
こうして遠くから眺めて見ると、あんなに呆気ないほど小さな橋だったろうかと思えた。
すぐさま渡り切れてしまえるような代物で無かった気がするのは、自分が霧に巻かれていたせいだろうか?
(・・・・・・。)
ディーナは自分の胸元より少しばかり高い石組みから、身を乗り出す。
川を越えてからは、畑が見えた。
所々小屋らしき物が点在していて、たまに農夫が出入りしているのも見える。
それを通り越して行くと、赤い屋根が密集した街並みとぶつかる。
朝日の昇る方角――。
自分の髪とお揃いの街は、ぜひ訪れてみたいものだ。
その街並みの最果てらしき所に、突出したまる天井の建物がある。
そのてっぺんには球状の何かが見えた。
完全な球形ではない様だが、遠すぎてよくわからない。
ただそれは、朝日を背に受けて眩しい輝きを放っている。
こんなにも遠く離れたディーナの瞳すら射るような、艶やかさで迫ってくるのだ。
(あそこに住む人たちは知っているのかな?)
その輝きが、ジャスリート家の塔にまで届いていると・・・・・・。
「・・・・・・ねぇ。あの、円い光っているのが見える建物は、なあに?」
ディーナは振り返らずに、質問した。
背後にある、いつ声を掛けようかとタイミングを窺っている気配に向かってだ。
「――・・・神殿ですよ。おはようございます、ディーナさん」
気がついていましたか、すみません、驚かせたくはなかったので・・・・・・。
気配の主は色々と付け加えながら近づき、ディーナの真横に立つ。
ふぅ、とディーナは小さく息をつき、踵を下ろした。
爪先立ちで乗り出していたので、少しばかりくたびれたのだ。
「おはよう、ゴザイマス・・・フィルガどの」
体勢を楽に整えてから、ディーナはたどたどしく挨拶を返した。
腕の付け根がしびれた。
そのまま石壁に両手だけ預けて、しゃがみこんで背中を伸ばす。
すぐに立ち上がると、フィルガを見上げる。
「しん、でん?カミサマをお祭しているところ?」
「まあ、そうですね」
「ふうん。行った事あるの?」
「何度か」
「・・・・・・。」
いつもはディーナが何か尋ねれば、饒舌になる彼が歯切れが悪い。
「なにか、あるんだね」
「・・・・・・女の勘とかいうヤツですか。」
「フィルガ殿。そんな何で解るんですか、みたいな顔しなくても」
ディーナは呆れてしまう。
「嫌そうに答えるんだもん。そりゃ、わかるよ?」
「・・・下りませんか、ディーナさん。風が強い。冷えますから」
「言いたくない?」
「詳しくは朝食の席でどうですか」
「――欲しくないから要らないって、散々言ってるのに」
ディーナは朝と昼、食事は一時にまとめてで充分だと訴えているのだが、既に何度も却下されている。
「アナタもうちょっと、目方増やした方がいいですよ」
「どうして?」
「女性は少々ふくよかな方が。――いいでしょう?」
「そうなの?どうして?」
ディーナは風にさらわれてなびく髪を押さえながら、小首をかしげた。
「・・・・・・・・・それを俺に言わせますか」
「???」
「いや、まあ。もうちょっと、成長させてください」
「・・・よく、わからないけど。まあ、わかった。フィルガ殿って・・・」
思わず吹き出してしまう。
「俺が?」
「お父さんみたいね」
釣られてか笑顔を見せていたフィルガの表情が、いっぺんで曇った。
何か機嫌を損ねる一言だったらしい。
あわてて言い直す。
「ゴメン。お父さんはないよね。言い直す。お兄さんみたいね?」
「・・・・・・もう、下りますよディーナさん」
フィルガの眉根は寄ったままだ。ディーナの肩に手を回すと、強引に歩き出す。
「・・・・・ぇぇ・・・ー・・・」
もう少しここに居たかったのに。小さく抗議の声を上げたが、構わずフィルガは進む。
お父さんもお兄さんも、やましい気持ちを込めて、成長させろとかいいませんよ。
とか、なんとか。ぶつくさぶつくさ言っているようだったが、自分よりも頭二つ分近く高い所から言われているのと、声が幾らか小さいのでよく聴き取れない。
(追求するとまた色々いわれそうだなぁ・・・・・・。)
ぼんやりと、そう判断して黙っていた。
ディーナはまだ外に気を取られているから余計に、上の空であまり身を入れて聞いてもいなかった。
* * *
自分が背を向けた世界に想いをめぐらせる――。
まだ目にしたことのない街並み、まだ出会っていないこれから出会う人たち。
なんだかわくわくする。
そのためにも、早く何とかしなくてはと思う。
何とか。
術者たちの力に干渉されない。あるいは覆してしまう。
そういった能力を身につけねば、レドのような獣を増やしかねない。
フィルガに言われた事は、自分を引き止めて置くための脅しでは済まない。
悔しいが一理ある意見だ。
自分はフィルガの結界に守護されている。
加えてジャスリート家の庇護の下にあるお蔭で、フィルガ以外の術者とはまだ渡り合った事がない。
皆が皆、ディーナの力を利用しようとするだろうか?
そうとも限らないとするのは甘いだろうか。多分フィルガはそう言うだろう。
だからといって言われるがままに、外は危険だから出てはなるまいと、自分に制約をくれてやる気などないのだ。
周りがどうでるか。
それは自分で体験してから、答えを出そう。
そのためにも早いところ、能力を物にしてやる。
そうだ。自分はあの街を目指して、駆け抜けて行こう。
その時はレドも一緒だ。
ここで風に吹かれたおかげで、つまらない迷いまで吹き飛ばしてもらえた気がした。
* * * *
「・・・っね、フィルガ殿!」
「何ですか?」
あまり気乗りしない食事をとりながら、何か考え込んでいたらしいディーナが突然声を上げた。
「――本当に私のお兄さん、っていう可能性は?」
「っ・・・なっ!」
「なるほどねえ。それもありかしらね」
フィルガはむせ、ルゼは冷静に答えた。
・・・相変らず、今ひとつかみ合わないのはディーナがまだちょっとそっち方面(どっちだ。)が、幼いせいです。フィルガのセクハラ発言に気がついてもいません。良かったね、フィルガ。良くないか。
しまいには兄呼ばわりですよ。
どれだけ(彼にとって)長い道のりになるか、容易にに想像できます。