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     * 契約の血筋


二人とも同じ月を愛でながら、考えているのはお互いの事のようです。

 窓を開け放ち、夜風を部屋に招く。

 浅く掛けた椅子に、思い切り背を持たせかけて月を見上げていた。

 足を投げ出して交差させ、踵でバランスを保っている。

 傍らに付き添うように命じた獣は、月光に照らされて、毛並みの先にほの青く月影を蓄えているかのようだ。

 意志奪われているはずの白い獣だが、眼差しは月の方に向けている。

 

 なんの感情も表していない瞳。

 

 だからこそ良く澄み渡り、静けさを湛えた湖面のように、月の姿を受け止めていた。

 どんな嵐にも、さざ波立つことの無い湖。

 神秘的だが、ひどく不自然に歪められた作為の現われだろう。

「レド。もう、休め」

 頭を軽くたたいてやる。

 獣は言われるままに身を横たえると、瞼を閉じた。

 

 フィルガは月を眺めながら、醸造酒の注がれた杯を手に取った。

 そこにも月影が映りこんでいる。

 飲み干し、代わりを注ぐ。

 すぐに口は付けずに、そのままにして月の光に晒す。

 ほんのささやかだが、月の持つ力を酒に転写し、自分自身に取り込もうというわけだ。

 

 己の能力を伸ばし、かつ常に最高の状態を保つためには、こうした普段からの努力が何よりも物を言う。

 フィルガにとってそうした事の積み重ねは、努力というよりも既に習慣になっている。

 誰かさんに宣戦布告をされて、特別に用心して備えているからではない。

 フィルガも能力者の一人だ。誰に言われずとも、上級だと自負している。

 おごりではなく、事実としての自覚だ。

 だからこそ、相手の能力の優劣には予測がつく。

 

(ディーナ・・・・・・。)

 

 アレ(・・)は、恵まれているのは能力だけではない。

 言葉にするにはあやふやだが、しいていうなら“魅力”だ。

 フィルガとはまた、異なる種類の力の宿り主だ。

 そしてそれは、フィルガには無い力だ。

 ただの石っころなのか。宝石の原石なのか。・・・ただのまがい物でしかないのか。

 目利きである自分でも、見極めは難しい。

 頭で理解して、能力を使うタイプでは無いのはわかる。

 自然と体が動くタイプだろう。

 フィルガの経験上、もっとも厄介な“天才”型だと思う。

 

 天から与えられた才能を持つもの。

 その能力は計り知れないほど、大きなものである事が多い。

 

(あの人にその手綱が操れるだろうか?)

 心配はそこだ。多分今のレベルでは、引きずりまわされるのがオチだろう。

 フィルガは足を組みなおし、二杯目に手を伸ばす。

 もうじきまた、月が満ちる。

 満ち行く月は力を漲らせてくれ、欠け行く月は荒ぶる力を宥めてくれる。

 どちらかに偏っても、上手くいかないものだ。

 

 次の満月は、年が明けてから数えて四度目となる。

 そろそろ領地内のあちこちで、本格的に水路に水を引き始める頃だ。

 だからだろう。耳を澄ませば、遠くからカエルたちの合唱が届いて来る――。

 冬を越し、温む水と風で目を覚まし、それを喜ぶ歌声だ。

 

(もうそんなに、日が経っているのか)

 

 改めて振り返ってみる。

 ディーナに初めて出会ったあの日から、また再び月が満ちようとしている。

 

 ――新年を迎えてから数えて三度目の満月(・・・・・・)が、昇る日の“早朝”。

 

 その日はいつも昔から、必ず霧が深く立ち込めるのだ。

 

 * * *

 

 ディーナは床に横になりながら、しつこく睡魔に抵抗を試みている。

(こんなに月がキレイなのに、もっと眺めていなきゃもったいない・・・・・・。)

 それにまん丸に近い月を見つめていると、なんだか体の深い部分から力がわいて来る。

 

(ああ、ほんとに)

 

 きれい――。ディーナは瞼の裏に月を閉じ込めるかのように、ゆっくりと瞳を閉じて行く。

 

 * * * * *

 

 

『橋のたもとで待つ。条件が満たされていれば、望む者(・・・)を得られる』

 

 ただし――。

 

 叶うのは一生に一度。一人きり、だ。

 

(望む者?)

 

 ディーナはほうけた様に、その言葉の意味するところを想って視線をさ迷わせた。

『だからね。子宝に恵まれなかった私達夫婦は、契約が本当かどうか。

 試してみようと思い立ったの』

 ただの古い言い伝え。そう、長いこと忘れ去られていた事柄だった。

 それでも、子供が欲しくても叶わないでいた二人には、縋り付ける物になら何だって

 縋り付きたかったのだ。

 

 ルゼはジャスリート家の一人娘で、亡き夫は婿養子に入った形だったという。

『夫婦仲は悪くは無かった。むしろ、良かったと思う』

 ルゼの口にする言葉はすべて過去に対するもので、一つ一つ思い出を揺さぶり起こしながら、話しているのだと思わせる調子だった。

『私も子供の頃に、母に聞かされてはいたけれど。ただのおとぎ話だと忘れていたわ。

 ・・・・・・お前のおじいさんはね、橋の向こうからやって来た――それは美しい貴婦人を花嫁としてお迎えになったのよ、

なんて・・・・・・。ねぇ?』

 

(橋の向こう)

 

 ディーナは一瞬、心臓が跳ね上がった。痛みを覚えたほどだ。

 ルゼは続けた。

『色々調べて、古い資料を漁ってみたら・・・。どうやら私の祖母に当たる女性は、

 本当に祖父が契約に従って迎えた花嫁だったらしいって、わかったの』

 二人ともルゼが生まれるよりも前に亡くなっていたから、一面識も無い。

 話が真実かどうか尋ねたいが、確かめようも無い。

 話を語り伝えてくれた両親も、既に他界していた。

 それこそ――。二人ともこそが、おとぎ話の主人公のようではないか。

 

 契約とやらは何なのだろう?

 

 条件が満たされれば、望んだ者を得られるなんて。

 後でとんでもない見返りを、予想も出来ない何者かに要求されやしないだろうか?

 ルゼは条件を満たしているが、ためらったそうだ。

 

『ジャスリート家の血筋であること』

 

 それは絶対条件だと、祖父の記録にあった。

 契約は明らかに、未知なる世界と縁続きになるよう図られたもの。

 ジャスリート家の血筋を護り、強めるために古から交わされたのであろう“約束”。

 ルゼ自身にもその血が流れている。

 そう考えたら、大丈夫だと思えてきた。

 無礼を働くわけでもないのなら、縁ある者に仇なすとは思えない。

 ジャスリート家の者は、義理堅い気質なのだ。少なくとも自分は。

 だったらあちら側とやらも、同じであっていいはずだ。

 

 そう確信して、ルゼは夫と連れ立ってあの橋へと向かった。

 

 ――ディーナも渡って来た、あの橋だ。

 

 新年から数えて、三度目の満月が昇る日の明け方には、たもとに着いて待っていたと言う。

 深い霧のせいで、向こう岸に何があるのか全く見えなかった。

 その中で二人は手を繋いで、一言も言葉交わすことなく、ただ念じ続けた。

 橋の向こうがわ一点をただ、見つめながら・・・・・・。

 

((二人の愛しい、可愛らしい小さな女の子))

 

 下さい、下さい、下さい、どうか、やって来て下さい。

 

 ただそう、祈り続けた――。

 

『結果はご存知の通り』

 

 ルゼは懐かしそうに目を細めて、ディーナに微笑んだ。

 本当に幼い女の子が、一人で橋を渡って来てくれたのだ。

『嬉しかった。本当に嬉しかった・・・・・・。』

 それがシィーラだった。

 

 二人は女の子を正式に引き取り、養女として迎えた。

 

 実は夫の隠し子で、娘の母親が他界したのでそうしたと、吹聴までした。

 もちろん作り話だったが、その方が周りも納得しやすいだろうと考えての事だ。

 確かに。

 誰も真実を告げられても、そうそう信じられないだろう。

 橋の向こう側からやって来た子供?・・・・・・だがそれは、ディーナも同じなのだ。

 

【ねぇ、教えて。あなたは橋を渡る前は、どこにいたの?】

 

 ルゼはかつて同じ質問を、シィーラにもしたそうだ。

 だからディーナが答えられないのも、とっくに予測済みだったらしい。

 

『そんな事はたいした問題じゃないわ。だって、望む通りの子が来てくれたんだもの』

 

 そういってルゼは屈託無く、笑った。

 

 * * * * *

 

 ディーナを橋のたもとで出迎えてくれたのは、フィルガだ。

 

 じゃあ、自分はフィルガの“生涯ただ一人の・望む者”なのだろうか。

 

(フィルガ殿。アンタの望みは)

 

 ――私・・・じゃないでしょう?

 

 ディーナのその質問はまだ、飲み込んだまま・・・・・・己の胸の内にある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


ディーナ、色々と情報を与えられて混乱中です。

状況説明されても余計に混乱するから、ルゼもフィルガもなんとな〜く、あやふやにしてくれていたのでした。しかし、ディーナ引っかかってます。フィルガが望むのは、シィーラじゃないの?と。


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