* 身のほど知らずの宣言
やっと話せたというのに、ディーナからは宣戦布告としかとれない態度で臨まれてます。
「さあ、」
ルゼに促されたディーナが一歩、進み出て真向かう。
フィルガはといえば、内心何を言われるやらと、緊張していた。
こうやって彼女と話をするのは、三日ぶりなのだ。
三日。ルゼの仲介が無ければ、確実にもっと長引いていたと思われる。
それを考えると、三日もけっして長い時間ではないのかもしれないが・・・・・・。
待ちくたびれて消耗するのには、充分すぎる長さだった。
「――・・・私」
ディーナの空色の瞳が、ひたとフィルガを見据える。
「フィルガ殿を凌ぐ能力者になるから。なって、みせるから!」
さんざん涙を流したらしい目元は、やや腫れぼったいようだが、その瞳の輝きは強い。
「・・・・・・聖句の、ですか?」
「ううん。聖句の力をものともせずに覆す、解術の能力とやらを心得るわ。フィルガ殿のやり方とは別口だけど、聖句を完全に否定してしまえるのならば。打ち負かした事になるでしょうよ」
「宣戦布告ですか」
「そうよ」
それ以外なんだっていうのかとでも言いた気に、ディーナは答えた。
フィルガに人差し指を突き付けて、忌々しそうに宣言は続く。
「フィルガ殿が獣を聖句で従えるというならば、私は片っ端から解術を施す」
(一体、ディーナに何を吹き込んだのだ?)
付き添い立ち会っていたルゼは、いつの間にやら扉の前に移動していた。
すでに取っ手に手を掛けている。
フィルガの視線に気がつくと、手を軽く振りながら退出して行った。
が ん ば っ て ね
声は出さずに、唇だけで形作って伝えられた。
何を努力しろというのか。あの人は。
ルゼの態度から察するに、自分で直接訊けということだろうが・・・。
「それで?どうやって、修得するおつもりなのですか?」
「そんなの!内緒に決まってるじゃない!」
ディーナは指を下ろし、両拳を腰に当てて胸を張って答える。
はったりかと思ったが、どうやら策はあるらしい。
「それは楽しみだ。もしそれを成し遂げたのならば、貴女はシィーラをも超えたことになる」
「何でここでシィーラが出てくるワケ?」
ディーナは不愉快極まりないといった調子で、己の左肩にかかる赤毛をかき上げた。
軽蔑のこもった目で流し見ると、フィルガに背を向ける。
かき上げた髪から乱暴に手を引き抜いたせいか、指先には赤い髪がからまっていた。
「この俺に敵う最強の術者は、今の所あの人・・・だけですから」
ルゼに続こうとしたその細い後姿に声を掛けると、聞き捨てならなかったらしいディーナが叫んだ。勢い良く、向き直るとまた指差す。
「呆れた!?フィルガ殿、一体いくつの時の話よ!?シィーラとは子供の時分から、会ってなかったのでしょう?」
「まあ、そうですけどね。確かー・・・初めてあの人に挑んだのが、五つでしたね」
フィルガは五つ、と答えたのと同時に、右手をディーナに開いて見せた。
「五つ!?まさか、そんな幼い頃から術に親しんでいたの?」
ディーナもつられてか、左手を確かめるかのように開いて、フィルガに見せた。
「そのまさかですよ」
「それから何年たっているのよ」
「――十七年ですね」
「〜〜〜〜〜五歳の子供の頃と今は、能力値は一緒にならないでしょう。
第一いない人間と、どうやって手合わせできたって言う訳?」
「直接はもちろん、ありません。ですが、間接的に。彼女の施した術と対決して、勝った試しが未だにありませんから」
「なに、それ・・・・・・。」
ディーナは言葉を探すが見つからないらしく、瞬きを繰り返している。
「・・・・・・フィルガ殿。何か、話がずれた気がする。私も変なところに驚いて、食い付くのが悪いんだけど」
「ん、まあ、確かに。――アナタ、俺の事に関しても何も知らなさ過ぎるんですよ。
俺の実力の程を、測れずにいるとしか思えない発言ですしね」
アレだけ目の当たりにしておいて、とも付け加える。
今まで割りと下出に出ていたフィルガだったが、遠慮なく言葉を投げる。
別にフィルガは怒ってなどいない。
一術者として、意見を述べて注意を促しているのだ。
軽々しく術者として渡り合うなどとは、ディーナには口にしてほしくは無かった。
(俺にだけじゃ済まされない。この人は、ところかまわず受けて立つタイプだから)
そんな性分を見越して、彼女の先々を思うと諌めて欲しいと危ぶんでしまうのだ。
ディーナは流石に軽はずみだったのかと、内省しているらしく唇を引き結んでいる。
ディーナの途惑う表情がおかしくて、つい、吹き出してしまいそうになった。
――が、堪えて出来るだけ厳かに尋ねた。
「どうです?それでも貴女は術者の一人として、名乗りを上げるおつもりですか」
「――積んでる経験が違うから、敵うもんかって言いたいのね?」
「ええ。身の程知らずもいいところですね」
フィルガは腕を組んで、ディーナを見下ろす。
彼女のこういう無鉄砲さは嫌いじゃない。むしろ、自分にとっては好ましい。
だが、これは厳しく咎めずにはいられない領域の話だった。
「それでも、私は名乗りを上げる。引き下がるわけ、ないじゃない!」
きっぱりと言い放つ、ディーナの迷いの無さの現われか。
彼女のいで立つ存在そのものが、鮮やかに感じられて目を細めた。何か眩しいものに触れたのは否めない。だが、それはため息尽きたいものでもあるのだ。
そのまま、フィルガの眉根は寄っていく。
「・・・・・・どうぞ、お好きに。受けて立って差し上げますよ」
やっぱり彼女はそう来るだろうな、という予想通りの答えをはじき出した。
「アナタはわが身など、かわいいとも思わない性質のようだから、最初に言っておきます。俺は自分を打ち負かそうとする者に、手加減できません。まあ、それも今のアナタのレベルでは、随分先の話でしょうけどね」
フィルガは小ばかにしたように、ディーナに告げた。
「わかったわ。フィルガ殿。肝に銘じておく」
それでもディーナは真剣に受け取ったらしく、厳かに頷いて見せた。
空色の双眸の輝きは増して見えるのには、内心ため息をつく。
これから先が、思いやられると言うものだろう。
一応脅しのつもりだったのだが、ディーナは余計に闘争心が煽られただけのようだ。
やはり彼女は、自分を大事にしよう等とは考えられないタイプのようだ。
レドを盾に取ったとき、どれ程までに有効か。そして嫌われるか。
フィルガは察していたから、実行に移した。
思った通り彼女の取り乱しようは、見ていられないほど、痛々しかった。
自分よりも他者を庇う、その性質。
気取られないようになどと、配慮されることもなく、むき出しだ。
「ディーナさん・・・・・・。」
頼むから、大人しくしていて下さい。そう願わずにはいられない。
「なに?」
「俺は何もアナタを打ち負かしたり、屈服させたいわけじゃない」
「そうね。知ってる。でも、結果として私を自分のいい様にしたいんじゃない。
保護の名の下に、隔離されたままなのも納得行かないから。フィルガ殿に挑むって言ってるのよ」
「アナタの身の安全のためなのです。――祖母から話を聞きましたか?」
「うん。だからね、私フィルガ殿の庇護がなくても大丈夫なようになるわ」
「護られているばかりは、我慢なりませんか?何故です?」
「何故って言われても。どうしても、としか言葉が見つからないよ」
ディーナのその儚げな体つきからは、とても想像出来ないほど、彼女は闘志を宿している。
フィルガの設ける枠組みなどで、はめられてなるものか。
そう全身で訴えて止まないのだ。
お互いのことをそういえば、まだよく知らない。
そのままで今日まで来たから、最初の印象やら思い込みやらで決め付けてしまった部分も否めない。
フィルガは改めて、目の前の少女を賞賛を込めて見つめた。
だから、提案する。
「どうでしょう、ディーナさん。敵の本質をもっと良く、知りたいとは思いませんか?」
そう言いながら、フィルガは椅子を勧めた。
ディーナは一瞬、体を強張らせる。
「・・・・・・。」
上目遣いで警戒され、フィルガはやんわりと促した。
「別に何も訊きたくなければ、それで構いませんから。ただ、お茶でもいかかです?
甘いものと一緒に」
「・・・・・・レドは?」
「――どうぞ、ディーナさん」
ディーナに警戒を解いてほしくて、この上なく穏やかな口調を心がけた。
努力の甲斐あってか、ディーナはおずおずとフィルガに歩み寄ってくれた。
ほっと胸を撫で下ろす反面、獣ばかりを気に掛ける少女に内心は焦れていたが――。
フィルガは従え、意識奪ったはずのレドに、また勝ち誇られている気がしてならない。
フィルガの思うような、護られるべきか弱い女性ではあろうとしないディーナ。まあ、実際身のほど知らずです。なんでわかんないのか、というフィルガの無意識のいら立ちすら感じ取って、ますます意固地になってます。フィルガはとことん、ディーナには甘いので軽い説教ですんでますが。お互い主張しあって、譲らないタイプですね。しょうもない。気の済むまで、ケンカさせていきます★