* あえて買った不興
強気な態度はただの強がり・・・。
不器用な孫息子をからかいつつも、仲介役を買って出たルゼです。
フィルガの落ち込みようときたら、もう。
「――そんなに落ち込むのなら、やらなければ良かったじゃない」
そう思わず、言っても仕方のない言葉を掛けてしまうほど、フィルガはうな垂れていた。
孫息子は左手で目元を覆い、長いすに寝そべっている。
その傍らには白い獣が、お行儀よく前脚を揃えて控えており、フィルガの右手は獣の頭に置かれていた。
時々思い出したように、撫で付けたりもしている。
「・・・・・・久しぶりねぇ。レドじゃない?」
白い獣は何の反応も示さない。
見ている先はまっすぐだが、何も映してはいないようだ。
うつろであるというよりも、ただのガラス玉と化して見える。
(従えちゃった訳ね・・・・・・。このコ。そりゃあ)
落ち込むハズだ。
いつまでも起き上がろうとしないフィルガを、ルゼは見守りつつ一昨日晩の二人のやり取りを推測してみる――。
「フィルガ、ディーナちゃんは・・・・・・」
「獣を従えなければ、彼女は行ってしまった事でしょうからね。その方が、痛手だ」
「じゃあ、仕方ないわね。覚悟の上なら」
「覚悟の上でしたとも」
「――嫌われるの」
「そうですとも。泣かれましたし、嫌われましたよ・・・・・・」
フィルガはのろのろと身を起こし、呟く。
「ただでさえ嫌がられてたのにね。とどめを刺しちゃったか」
「・・・・・・。」
落ち込む孫に容赦なく、ルゼは告げる。
やっと身を起こしたフィルガだったが、またがっくりと頭を垂れて床を見つめている。
「そりゃあね・・・ぇ」
言いかけてルゼは言葉を飲み込む。
「何です」
「やめておくわ。アンタにこれ以上追い討ち掛けても、鬱陶しいだけだし」
――カビが生えられても困るしね、と付け加えながらルゼはフィルガの頭を扇で小突く。
「お気遣い、どうも」
フィルガはやっと顔を上げて答えた。
孫の心中は痛いほど、良くわかる。
彼女にまた立ち去られたら、どれ程までに打撃を受けるかなんて、考えたくも無いのだろう。
「まあ、ここは」
ルゼは扇を腰帯に終いつつ、フィルガに背を向けた。
「私の出番でしょうね」
「――おばあ様・・・・・・」
心配そうなフィルガの声に振り向かないまま、右手を上げて見せた。
泣く子をあやすなんて、ずいぶん久しぶりだ。
* * *
フィルガ曰くディーナがごねるので、術を使ったそうで・・・ルゼがおとつい見た彼女は、孫に抱えられた格好で帰還した。
泣きはらしたのであろう目元からは、自分から意識を手放したとは思えなかった。
フィルガの苦い顔から、その後の状況がこうなるのは予測ずみだった。
――で、案の定っと・・・・・・。
ノックをしてみたが、返事は無い。
だが気配は感じられた。息を殺して、緊迫しているような。
小さな子猫を部屋の隅に追いやった気分だった。
もう一度ノックをしたが、変わらず返答が無いのでそっとドアを押し開く。
それとほぼ同時に、何かがドアに当たって落ちた。
慌てて身を引いて、一呼吸置く。
「ディーナちゃー・・・ん?入るわよ?」
隙間から窺うと、ディーナは次のクッションを振りかぶっていた。
「!!」
それでもその顔には、しまったと描いてあるようだ。
殺気立つディーナの不興を買うのは、フィルガ一人で充分。
この見てくれであっては、なおさら誰もが不興を買うのを恐れる。
誰も『シィーラ』の機嫌を損ねたくはなかろう。
毛艶が違うとはいえ、彼女の容姿は『白孔雀』そのままなのだから。
そこまで考え侍女たちは寄こさないように計らっておいたから、大方フィルガだとでも思ったのだろう。
「――入るわよ?」
「・・・・・・・・・・・・。」
慌てたように、ディーナはクッションを胸に抱え直した。
どうやらルゼに攻撃する気はなさそうだ。
そろそろとドアを開けて行くと、半分も開かないうちに、何かが引っかかってしまった。
足元に目をやると、クッションの端っこが挟まってつっかえている。
見ると同じように不自然な所に、五つばかり転がっていた。
やれやれ、とルゼは腰折る。
* * *
ルゼはクッションを拾い両脇に抱えると、すたすたと歩み寄って来た。
裾の長いドレスもものともしない。
その軽やかな裾さばきに、思わず見惚れてしまう。
「はい、ディーナちゃん。ご機嫌いかが?」
訊かずとも知れた事だろうが、ルゼは動じていない。
ディーナの機嫌を取ろうという、猫なで声でもない。
誰かさんとはまるで違っている。
ルゼはディーナの顔を見て、笑顔を見せた。
勢い良くディーナの隣にクッションを放り置くと、同じように腰下ろしてあぐらをかく。
毛織物が敷かれているとはいえ、床に?
この品のよさそうな婦人からは、とても想像できない振る舞いだろう。
ディーナは他所など向いていられなかった。
ルゼはますます笑顔になって、ディーナを覗き込む。
その笑い方は、どこか得意げだった。
「意外って顔してるわね。本当、ディーナちゃんは素直ね。もろに感情が表情に出て」
ディーナは否定出来なかった。自分は腹芸に向いていない。
「・・・・・・・。」
「さて。どうしましたか?大体のことは、フィルガから聴いていますが」
(どうしたも、なにも――。)
【どうしますか。この獣を見捨てて、新しい獣を呼びますか?】
彼の名を出された途端に、あの橋のたもとでのやり取りが蘇える。
(捨てるだの、新しいだの。)
明らかにフィルガはあのコ達を、物として見下していた。
それはディーナも同じではないかと、彼に指摘されて言葉に詰まった。
違うと、何故か否定出来なかった――。
ディーナも友の名のもとに、獣たちの力を都合良く利用しているだけだと・・・・・・。
『お願いする』などという表現は、都合良く解釈した上での言い回しに過ぎない。
悔しいし、情けない。
なぜ、言われなければ解らなかったのだろう。
そのせいでレドが、捕らわれた。
【俺は術者の中でも上級者だ。アナタに負けるとは思えません。】
きっぱりと宣告されなくても、ディーナは薄々感じ取っていた。
今、この場を支配しているのはどちらかぐらい、イヤでも分かる。
【ですが、試すだけ試してみますか?俺が――。結界を解いたらどうなるか】
脅しだった。
戻らねば、次々と獣を従えると言っているのだ。
レドのように生きた屍にすると。
(レド。どうしているのだろう?)
俯いて抱えたクッションに涙を落とし始めたディーナに、ルゼは声音を落とす。
「怒っているわよね。当然か。私に対してもそうだろうけど。
フィルガはね、バカだから。――そういう方法しか考えられなかったのよ」
ルゼも、クッションを胸に抱える。
「アナタに立ち去られたくないばっかりに、おバカな行動に出ちゃったのよ。ごめんね」
ディーナはただ、ルゼの言葉に耳を傾けていた。
顔を上げず涙を流したままで、何の反応も示さなかったけれど。聴いていた。
「でも、まあ、何はともあれ。せめて食事くらいは摂ってよ?」
ディーナはあれから、ほとんど何も口にしていなかった。
結局はオイシイ所を持っていかれているフィルガです。ディーナの中で彼はものすごく、人でなしみたいなことになってますね。ディーナにとって、かなりな禁忌なわけです、聖句は。フィルガはがんばって、挽回して行く予定です。(しばらくへタレですけどね)