表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/72

     * 闇のむこうの遠吠え

何が聖句かとディーナはフィルガに訴えますが、彼は悪びれもせずに問い返します。

「アナタのやっている事も結局は同じじゃないですか」と。返す言葉も無いままに、ディーナは泣き崩れておりますが。レドは還してもらえそうもありません。


 * * *

 

 ディーナは泣く泣くまた、ジャスリート家に連れ戻されていた――。

 

 実際、悔しさのあまり涙が止まらなかった。

 

 あの橋のたもとで、ディーナは泣いてごねて抵抗し続けていたはずなのだが。

 気がついてみればこうしてまた、もとの客室に寝かしつけられていたという訳だ。

 

(・・・・・・フィルガ、あいつ。何をしてくれたんだ、忌々しい・・・!)

 

 ベッドから飛び起き、すぐさまドアノブに手をかけてみたが、ドアはびくともしなかった。その上、いつの間にか着替えさせられており、ディーナはごく薄い布地の夜間着(ねまき)姿なのにも腹が立った。

 ジャスリート家でのドレスは、どんな用途のモノであろうと、もうゴメン(こうむ)る。

 

 でも、どう対処の仕様もない。

 

 自分の考えの甘さが、フィルガに付け入るスキを与えたのだ。

 そう思うと自分で自分が情けなくなってくる。

(あいつには敵わないってこと?でも、だからって!言うなりになるなんて、絶対イヤ)

 

 ディーナは無力だ。

 

 獣達の力を頼らなければ、何ひとつ成し得ない。

 

 彼はそこまでちゃんと、見越していたのだ。

 

(そのせいでレドが・・・・・・。)

 

 レドはフィルガの“聖句”に囚われてしまった。

 己の意思を持たず、術者の言いなりの、言わば操り人形となる。

 

(・・・・・・レド)

 どうしているだろうか。

 開かないドアの前で、ディーナは膝からくずおれた。

 ドアに両拳を預けた格好のまま、その場にうずくまる。

 

 * * *

 

 ――・・・聖句。

 

 ディーナは初めてその存在と、それを操る術者を見た。

 

「聖なる言葉の配列は、かつての能力者たちの研究の成果です」

 フィルガはそう、説明した。

「そこに用いる者の力が込められて、句は発動します」

 レドの頭に己の右手を預けて、フィルガは滑らかに言葉を紡いで言った。

 そこに、獣達に対する罪悪感は感じられなかった。少なくとも、ディーナはそうとしか思えなかった。

 

 獣達の意思をねじ伏せて、使役する?

 ディーナにはそんな存在すらそうだが、それをやってのける者の気が知れないと思った。

 “聖句”なるものが存在するあたりでもう、獣達を自分達より格下と決め付けている(やから)がいる事の証だった。

 しかも、目の前に。

 ディーナには信じ難い、暴挙でしかない。

 それなのに、この男は当たり前のようにやってのけた。

 

「どこが!!聖なる句だっていうのよ!?こんなの、人間の都合で制限を与えてるだけじゃないのっ・・・・・・!

 なんでよ、レドを返してよ」

 

 悲鳴に近いディーナの訴えにも、フィルガは変わらない調子で答える。

「ディーナさんだって・・・形は違いますが、やっていることは結局は同じでは?

 自分ではなし得ない事は、獣の能力を頼る。そのために獣に呼びかけたのでしょう?」

「!!」

 

 ――フィルガの言うとおりだ。返す言葉も無い。

 

 ディーナは(レド)に『お願い』をして、都合良く助けてもらって館を出た。

 意思を確認し奪う事は無いが、利用しているのには間違いはない。

 

「・っ・・・だからこそ!レドは関係ないでしょう!私が巻き込んだ・・・」

 ・・・のだから、解放してあげて。そう続けるのを待たずに、フィルガの言葉が遮る。

「そう。巻き込んだのは、アナタが最初だ。呼びつけて、館から黙って立ち去ろうとなどするから・・・。レドは、こう(・・)なった」

「私のせいだって言ってるのね?そんな権利、フィルガ殿にあるの?

 ・・・・・・ジャスリート家の管轄地帯だからなの?どうして?」

「――アナタが獣達を呼びつけ、俺・・・館から逃れようとする限り、俺は聖句を使役します」

(答えになってない)

 ディーナは納得が行かなかった。だから、頭を左右に打ち振りながら、今一度問う。

「だから!どうして、フィルガ殿にそんな権利があるの?」

 

 フィルガはディーナが行動を改めない限り、片っ端から獣を聖句の徒にすると言っているのだ。

 脅し以外の何ものでもないだろう。

 それくらいなら、ディーナにも理解できる。

 わからないのは、そこまで自分に執着するあまり、手段を選ばないフィルガのものの見方だった。

 

「・・・・・・。」「・・・・・・。」

 

 ディーナはフィルガの返答を待つが、彼は何も答えようとはしなかった。

 しゃがみ込んだまま、フィルガを見つめ上げても視界がぼやけて行くばかりだ。

 

 強く瞬いて、涙をまぶたで払う。

 

 ディーナは罪悪感で、胸が痛んで仕方が無かった。

 呼吸をする度ごと、自分自身を罰するかのように軋んだ痛みが走る。

「・・・っレド・・・?」

 涙でくぐもり擦れた声で呼びかけて、レドの何も映してはいない瞳にすがる。

 その瞳はただ静かで、覗けば覗くほど深い虚無にはまって、飲み込まれて行くようだった。

 

 ディーナはしゃがみ込んだまま、思わず瞳を外してうな垂れた。

(見て、いられない)

 ディーナと無邪気に駆けてくれた、レドはどこにいるのだろう――?

 完全に失われてしまったのだろうか・・・・・・。それが一番恐ろしい。

 

 思い詰めているディーナの視界に、フィルガの靴先が入った。

 気がつき、見上げると、いつの間にか目の前にたっている。

 ディーナの視線と合うと、フィルガは片膝を折った。

 

「ディーナさんは、この領域から出てはなりません。さあ、立って下さい」

「ここから出たら、何だっていうの?」

 ディーナは差し出された手を無視して、立ち上がろうともせずに、問いかけた。

 

「・・・。ご覧なさい。あの、向こう岸を」

 フィルガはディーナへと差し伸べた手で、橋の向こう側へと視線を導く。

 

 いくつもの獣達の瞳が、闇の中で光っているのが確認できた。

 獣達の光る瞳が、時折り瞬くせいで、灯かりが点されたり消されたりしているようにも見える。

 皆、川岸に沿って列をなして、視線をこちらに向けているのだ。

 ディーナの呼びかけに応えてくれたであろう、獣達の群れだ。

 

 見える瞳の数以上に、闇の中で気配がひしめいている――。

 

 ディーナはその事には、とっくに気がついていた。

 だが同時に、何故レド以外自分の元へ来れないのかとも、怪しんでもいた。

 フィルガの力に因る影響しか、思い当たることが無い・・・だから、無視していたのだ。

 

「みんな・・・・・・」

「アナタを目当てに駆け付けた、騎士(ナイト)達ですが入ってはこれませんよ。

 俺の結界内ですからね。レドはまあ、特別だ。能力も強い方ですし、かつてシィーラから受けた加護がある」

「レドをどうする気?」

 フィルガは、唇の片端を持ち上げて見せただけだった。

 

「俺の領域内だからこそ、アナタの呼び声は制限されていた。と、申し上げておきましょうか」

「それが、なに?」

「それでも駆け付けてくる獣達がいる。アナタという光を目指して」

「――・・・・・・。」

「アナタはたいそう魅力的ですよ、ディーナさん?獣達だけではなく、人間にとっても。

 特に能力者や、権力者にいたっては、無視できないくらいに」

 

 ディーナはもはや、何もいう気になれなかった。

 受けたショックのせいもあるが、その上こうやって突き付けられた現実が、重くのしかかってくる。

 

 フィルガの言わんとしていることに、先回りしてもう理解している。頭でだけ、だが。

 だからもう黙っていてくれと願ったが、フィルガは続ける。

 

「アナタを目指すもの達は、もはや獣たちだけでは済まされなくなりました」

「なんでよ?」

「アナタの存在をあいつ等(・・・・)に、お披露目したも同じだからですよ。

 ・・・・・・この場にいる獣たちの何頭かは、聖句を振り払って来たものもいるでしょうから。レドがいい例だ。そうなれば、術者たちはアナタの存在を黙って見過ごすわけには行かなくなりましたからね」

「だから。なんで?」

 

 利用価値を見出されるのですよ、とフィルガは言いにくそうに、短く答えた。

「俺にすら出し抜かれているくらいなんですから、大丈夫などとは言わせませんよ」

「ねぇ、レドはどうなるの?どう、するの?」

 言って聞かせるかのように告げるフィルガに、自分でも情けないくらい細い声で訴えた。

 ――壊れたように、先程から同じ事を繰り返している。それしか今は、考えられなかった。

 

 もう、泣くまいとは思ったが、堪え切れなかった。

 

 泣き顔を晒すのは癪に障るが、視線を逸らすことの方がイヤだったから、涙でにじむまま睨むのは止めなかった。

「それは、ディーナさん。アナタ次第だ」

 先に視線を外したのは、フィルガの方だった。

 上手く事が運んで、勝ち顔を誇るかと思ったのだが・・・・・・。

 意外なほど謙虚な口調は、苦しげにすら聞こえる。

 

「・・・・・・。」

 ディーナはうつむいたフィルガを、しばらく無言で見守る。

(フィルガ殿?)

 

 フィルガは詫びるかのように、頭をたれて跪いたままだ。

(・・・・・・もう、なんなのよ)

 調子が狂う。

 

「――わかったわよ、フィルガ殿。私、次第なのね?」

 ディーナは涙を拭うと、立ち上がった。

 勢い良くだったから頭に血が上るのが追いつかず、正直少しくらくらした。

 そこをぐっと堪え、橋の向こう岸へと真向かう。そして精一杯、声を張り上げた。

 

「みんな、お願い!呼ばれても、来ないで!!」

 

 ――・・・ゥヴオオーーーンン・・・・・・

 

 張り上げた声に異議を申し立てるかのように、いっせいに遠吠えが返ってきた。

 

「ッ、散ってっ!!」

 

 有無を言わせぬ命令口調だった。

 闇に響き渡る獣たちの叫びが静まる前に、ディーナは(きびす)を返す。

 なおも返る遠吠えを背にして、フィルガへと向き合った。

 

「これでいいのね?フィルガ殿」

 

 そうフィルガにはき捨てると、ディーナは自ら橋を背にして歩きだした。

 

 ジャスリート家を目指して。

 

 * * *

 

 確かに自分で歩き始めたのは、間違いないはずだ。

 そこまでの記憶は確かだ。

(・・・・・・フィルガ。アイツめ)

 

 意地でも自分の足だけで戻ると、フィルガの馬もレドの背も拒んでから後の記憶が無い。

 

 ディーナは悔しさのあまり、また泣けてきた。


 * * * * * 

ディーナ完敗です。今の所。

そしてせめてもの意地っ張りでさえも、難無くどうにかされてしまったらしく、戻ってきてしまいました。

この悔しさすらも喰らって、ディーナは面を上げていきますが・・・。今の所は身動きとれません。

悔しいよね。自分が無力だって思い知るのはサ。みたいな。


明けましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

皆様にとっても素晴らしい一年でありますように!

読んでくださった方、

―ありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ