* 聖なる句
「フィルガ殿ともシィーラとも関係ないんだから、そこをどいてよ!」
ディーナとレドは、フィルガに訴えていますが・・・。説得するどころか、逆に逆鱗に触れてしまったようです。
***
ただの通りすがり。ただの、他人の空似。
どんなにフィルガの母“シィーラ”と驚くほど似た容姿をしていようとも、同じ能力を持ち合わせていようとも、ディーナは偶然だと主張して譲らない――。
しかも。関わってくれるなとばかりに、この縁を断ち切ろうとまでする。
「・・・・・・どいたら、ディーナさんはどこへ行かれるというのですか?」
「関係ないでしょ」
組んでいた腕をほどき、両手を腰に当てて、心底面倒そうにディーナは答える。
「関係ない・・・・・・?」
自分でも驚くほど、心とは裏腹な静かな口調だった。
何の感情もこもっていない、無機質な響き。
「ねぇ、レド。私とシィーラは違うよね?何の関係もないでしょう?」
“ディーナは、シィーラとちがう。だから、そこをよけろシィーラの息子”
「うるさいぞ、レド。お前のほうこそ関係ないくせに。黙っていろ」
べったりと己の巨体をディーナに摺り寄せながら、得意げにものをいう獣に腹が立った。
忌々しくはき捨てると、ディーナに上目遣いで睨まれた。
「私がレドに言わせたんだから!レドにそんな言い方しないでよ!」
“そうだ。レドは関係なくなんか無い。そこをよけろ、シィーラの息子”
「・・・・・・断る」
不機嫌もあらわなフィルガを、レドは優越感に浸りきった顔で見ている。
(コイツは、相変らず、まったく!)
フィルガがまだ幼かった頃から、この獣とは張り合ってきた。
久々に見たと思ったら、どうやらこの関係は変わりないらしい。
お互い成長していないようだが、とがめる者もどうせいないのだから構うまい。
「関係ないですか?ディーナさん」
レドと話していても、進まないのでディーナに改めて向き合った。
ディーナは首を大きく、縦に振りながら言い分を述べる。
「そうよ。何ひとつ、拝借してなんていないんだから!
食事や薬・・・。そこは世話になったわ、ありがとう。その辺の代価は、
大人しくお人形さんごっこに付き合ったんだから、それで帳消しにして頂くわ」
お人形さんごっこ。
多分それは彼女の我慢ならない、窮屈なドレスや靴を言われるままに身に着けていた事を、言っているのだろう。
ディーナにしてみれば、世話になった代価として引き合いに出せるほど、割り切れる行いだったらしい。
「だから、関係ないですか」
「そうよ。後腐れないでしょ?」
――関係ない。そう繰り返されるたび、フィルガの芯は冷たいもので満たされてゆく。
「・・・・・・。」
どうすれば、ディーナにその考えを改めさせ、足止めさせる事ができるのか。
関係ないなどと言わせない術を、フィルガは心得ている。
(それを使えばいい)
いやに冷静な自分が、ささやく。
フィルガは、少女が先程から寄り添っている獣を一瞥する。
『――・・・・・・我、フィルガ・ジャスリートが、眼前の地に伏す四つ足の獣よりも高見に立つ』
宣告を兼ねた宣言で、それは始まる。
***
(な、に!?)
フィルガが何かの一小節らしき部分を、言い終えたのと同時だった。
大気が強張ったかのような緊張感が、場を占める。
異変に気がつき、ディーナは反射的にレドをかばう様に、より一層強く抱きしめた。
「――レ、レド?」
レドは何の反応も示さなかった。
ただ四肢を突っ張らせて、まっすぐ前を見つめている。
しかしその瞳に何にも映っていない。様子がおかしいのは明らかだ。
ディーナは大声で名を呼んで揺さぶり掛けて、レドの正気を取り戻そうとした。
「レド!レドッ!?どうしたの、レド!?」
レドに、ディーナの声は届かないようだ。レドは固まったまま、動こうとしない。
『我は雷神を称え、その雷の力を借りて貫く。
貫くは身体ではなく、そのものの魂の在り処。
その輝かしい雷光をまといて、我のもとへと集い――。
下れ、雷の刃。
かの獣の心を、我が物とせんがために。』
闇の中でただ朗々と、フィルガの声だけが響き渡る。
闇に飲まれる事もなく、風にさらわれる事もない。静かでいて、力強い声だ。
『かの獣の名は、レド。
その名を与えた者の名は、シィーラ。
我はその血縁、よって――・・・・・・』
何が起こっているのか。
なす術も無く、ディーナはただ必死にレドの体を抱きしめ続けた。
耳も押さえつけてみた。
それでも異変は治まらない。
それどころか、レドの持つ意識が、気配が薄れて行くばかりなのを感じた。
『・・・・・・――我、フィルガ・ジャスリートが。この獣の魂を預かる』
レドの魂はフィルガの声にだけ、耳を傾けているのだ。
「ちょっとっ!!止めなさいよ!このコは関係ないでしょう、巻き込まないで!」
「レド」
“・・・・・・。”
ディーナが訴えた頃にはもう、フィルガの声は止んでいた。
フィルガはレドを呼ぶと、右手を前に差し伸べる。
「――こちらへ、レド」
“・・・・・・。”
「!?」
レドは命ぜられるままに、ディーナの腕をすり抜けてフィルガの傍らに控えた。
「レ、ド・・・・・・?」
不安になって、掛ける声が震えた。それでもレドの反応はない。
代わりに応えたのは、フィルガだった。
「無駄ですよ、ディーナさん。レドは俺の聖句の徒になりましたから」
「・・・・・・。」
聖句?
初めて耳にする言葉に、ディーナは黙ったまま応えずにいる。
代わりに、そう遠くはないと思わせる――。橋のむこう側から、獣の遠吠えが返った。
フィルガはレドに対して、態度が全然違います。
彼が紳士的な態度を心がけるのは、人に対してだけという、これまたディーナにばっちり嫌われそうな男です。たんにヤキモチ〜。わ〜・・・。かっこ悪いですが、ディーナは多分見捨てない(ようになって行く、)予定です。お付き合い、ありがとうございます!