表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/72

第一章  * とんだ言いがかり

 

 夜が明けたとはいえ、今日のような霧に包まれた朝ともなれば、室内はまだ薄暗い。

 暖炉に起こされた炎だけでは、部屋の隅々を照らすには至っていない。

 それでも部屋に配置されている家具はすべて、一般庶民の持つものではなさそうだというのが、

 ひしひしと伝わってくる。

 

 ・・・・・・ように感じる。

  細やかな彫り物が施された足のテーブルや椅子。

 窓を縁取って飾る木枠にすら統一された、彫り物があった。 

 暖炉の火かき棒ですら、持ち手の部分が尾羽を広げた鳥をかたどってある。

 主の何らかのこだわりたる美意識が、嫌でも伝わってくる造りの部屋の足元は・・・。

 不安定に感じてしまう程に沈むやわらかさときては、余計に居心地の悪さが増すというものだ。 

 敷き詰められた織物の感触がそうさせているのだが。

 

 こういったものは、ベッドの上にこそふさわしいのじゃありませんか?

 少なくとも、自分はそう考えてしまう。

 こういった実用目的以外の何かが付け加えられている物たちが、持ち主の余裕を暗に知らしめている。

 

 場違いなのもいいところだろう。

 

  早くこの場から立ち去りたくてたまらない。

 そう思わせるいたたまれなさの極めつけは、自分の出で立ちだ。

 霧で湿った衣服や髪からは、水滴が容赦なくせっかくの敷き織物に滴っていく。

  おまけに転んだためにあちこち泥だらけだ。

 それまた伝わっていく水滴を濁らせるから気が気じゃあない。

 こうも品格ただよう部屋にあっては、惨めさだけがどんどん募って行く。

 

「そう。ディーナっていうのね?」    

「はい」

 ルゼ・ジャスリート。

 先に名乗ったこの婦人は、この館の主人だという。

「では、ディーナ。ここがどこかは、ご存知?」

「いいえ。・・・・・・知りません」

 首を横ふったディーナに笑顔のまま、老婦人は少しだけ困ったような瞳を向けた。

「ここはね。サンザスの国、ウルフィード地区、ジャスリート家の管轄地帯」

 まだ夜間着とおぼしき腰周りのゆったりと余裕を持たせた白い衣装で、手にした扇をもてあそびながら婦人は言う。

 

  それも持ち手の部分は鳥らしきものがかたどってあり、扇を広げると鳥が尾羽を広げているかのように見せる仕掛けだ。

 

 (・・・・・・く、じ・・・?く、じゃく・・・・・・?)

 だっただろうか。

 おそろしく華美に羽根を広げる鳥の名前は。

 

 ディーナは、扇の動きに目をうばわれていた。

 婦人は、すい、と、手にした扇をディーナの目線の高さに合わせる。

 自然、婦人の視線とぶつかった。

 にっこりと、ほほえみかけられて目をみはる。

 

 何となく、意外だった。

 目線の高さそのままに、扇の鳥の羽根がたたまれる。

 

 ぱちん、と、軽くはぜるかのような小気味よい音に、どこかぼやけていた視界から連れ戻された。

 まるで一差しの舞を見せられたかのような、優雅なしぐさ。

「・・・・・・。」

 見とれて言葉を失っていたが、ようやく焦点の合ったディーナに、婦人は告げる。

 

「ご理解、いただけて?」 

 歌うような調子に、ただうなづく。

「そう、よかった。じゃあ、あなた。かわいそうだけど・・・・・・。

 うちの領土に不法に侵入してしまったという罪で、身柄を拘束します」

 

(ふ、ふほー?・コウ、ソク・・・・・・?)

 耳慣れない言葉に、理解が遅れる。

「ふほう?」

「そう」

「こうそく・?」

「ええ」

 歌うような調子は変わらないままに、婦人は答える。

 

 ―ただただ理解しがたい言葉を、声に出してみるといやでも一気に現実味を帯びる。

 

(要するに、わたし、罪人・・・・・・!?)

 

 罪人!

 

 何でですかと問うよりも早くに、体がよろめいてしまった。

 思ったより衝撃だったらしい自分にも驚く。

 

 確かにこの婦人は最初に名乗ってくれた。

 この館の主人、ルゼ・ジャスリート、だと。

 ジャスリート家(・・・・・・・)

 その領地である、このウルフィード地区。

 

 目の前に立つこの婦人は、その領主でもあるということだ。

 

 ***

 予想外の展開に、よろめいたディーナだったが、その場にへたりこむ事はなかった。

 そうなる一歩手前に、奇妙な浮遊感に振り返る。

「大丈夫ですか?」

 背後から抱き止められていたのだ。

 そのまま、ディーナを立ち上がらせると、支えとなるよう、腰周りを男の腕が抱える。

 

 体重を預けながらも、ディーナはその鈍い銀色の瞳を思わずにらむ。

 彼の髪もまた瞳の色と揃いだったが、ディーナと同じくずぶ濡れな分、いくらか重たげに

 灰かぶって色味が増して見える。

 

 細身の青年に見えるが、やはり男だと思った。

 

 ディーナを抱える事くらい、難無くこなす。

 その鼻筋の通った顔立ちは優しげで、やや頼りなさそうに見えてしまうからなおさら驚いてしまう。

 青年は申し訳なさそうに眉をひそめながらも、唇は弱々しく笑みをつくって見せている。

 

 どうやら、本気で心配してくれているようだ。

 

 その気遣いらしきものに免じて、にらむのは止めにした。

 代わりに、力いっぱいうな垂れる。

 それでも抱える腕が揺らぐ事は無かった。

 

 ―彼の誘いに乗った自分が、甘かったのだ。

 旅人のディーナを、青年は館に招待したいと言った。

 その申し出を、宿を提供してくれるものと受け取った自分。

 一片も怪しまない訳では無かったが、何しろ空腹だったのだ。

 おまけに霧が深く、不慣れな土地で心細かったせいもある。

 

 当てなんてありゃしない。

 

 だから親切を疑うなんて失礼と、都合良く怪しさなんて捻じ曲げて。

 (のこのこついて来ましたよ・・・。)

 最初から、こういうつもりだったのか。

 牢屋に案内するつもりだったのか。

 入ったことはまだなかったが、知識としてはある。

 

 四方、石造りだから冷たくて。多分、あんまり採光されていないだろうから暗くて。

 鉄製の格子で、鍵をかけられるんだろうな。

 自由に出入りできない、よね。

 あまり居心地は良くなさそうだ。

(雨風、凌げるだけ良しとしておこう・・・。)

 

「・・・・・・。」

 

 重苦しい考えに、ますます足の力が抜けて行く。

「あら!大丈夫!?フィルガ、運んであげて」

 フィルガと呼ばれた青年は、無言でうなずくと、ディーナを抱えあげる。

「自分で歩く」

 訴えたが、彼は唇の端を持ち上げて見せただけで、構わず歩き出した。

 

 腹立たしいので、泥のまだ乾ききっていない手で、その口元を突っぱねる。

 それでも構わず無視されて、青年に抱きかかえられたまま運ばれて行く―。

 


 橋を渡って来た者達と、それを迎える者達との物語です。どんな時でも「私は、私!」と主

張するディーナですが、時々は弱気になったり意固地になったりしながらも負けずに言い切ります。


多分どころか確実に長くなりそうな物語。よろしくどうぞ、お願いします。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ