3 魔導兵器は微笑まない 前編
「ーーそう、彼女は美しかった」
◇
彼女は純白の衣をまとっていた。
ーーていうかグンゼの白い綿パンツとスポーツブラをまとっていた。ていうかむしろ、肌は、人間のそれに限りなく近いシリコン製だった。いやむしろそれを開くと、有機部品で構成された魔術回路と、空気中に漂う魔力を吸収して濃縮するエーテル肺、さらには魔力から動力を生み出し駆動させる、無数の小器官が全身に分布していてーー
「ーーん~。おっかしーな。ドコにも異常はなさそうだけど?」
「……いや、彼女が自分で言ったんだ。胸がくるしい。脈拍が早いのだと」
『彼女』をメンテナンスに来た魔術師ーー『錬金術師』は、しばし沈黙。そして、吹き出す。
「青春だな」
ーー無表情で。
『魔導人形は恋をする。』
「……つまり、私にはどこも異常はないのですか?」
ゴーレムが尋ねる。
「……らしいな。全てはプログラムされた行動なのだそうだ」
ユメジが、不可解だ、という顔で答えた。
「……わかりません。戦闘に不要な機能が私に搭載されているなど」
「まったくだ。アイツの考えることはわからん」
二人して頭を抱えている。
仲間内では、変わり者で通っている錬金術師である。
そのとき、部屋に『リリパット』ーー小人族の少女が入ってきた。
「ますたぁ。敵襲だよー」
ユメジは傍らに置いていた刀を手にする。
「はいはい……と。」
◇
砦から出たユメジは目を疑った。
「な……っ!? 魔導人形っ!?」
それも10や20ではない。100や200である。
金の髪をゆらめかせる。同じ顔をした100体の魔導人形。……ちょっと不気味でもある。
彼女たちの中央にいる男が叫んだ。
「ナーッハッハッハ!! 俺はゴーレムたんが好きだ! ゆえに量産した! 100人のゴーレムたんに囲まれて、俺は今、猛烈に感動している! 幸せだぁあああっ!!!」
……幸せらしい。まあ、幸福というものは、人それぞれだ。
「木偶を『好き』だと? ……変態だな」
右と左から、それぞれワルキューレとサイクロプスに、ほっぺたを引っ張られた。
「あるじ様の馬鹿っ!? 鈍感っ!」「ゴーレムちゃんがどんな気持ちか分からないんですかっ!?」
「……?」
二人の乙女の背後できょとん、と目をーーマブタはないので瞬かないがーーともかく、表情を変えずに三人を見つめる魔導人形・ゴーレム。
人間は『感情』を造れるか、という深遠な命題がある。彼女はまだその段階にないらしい。
彼女は認識し、判断し、行動するだけだ。ーー人間たちと同じように。
「100体の魔導ゴーレムを確認。敵と認識ーー排除します」
「同感だ。排除しよう」
エレミィの隣に立つ青年。そして、ワルキューレたちの感情は収まらないらしい。
「エレミィに謝ってください、あるじ様っ!!」「そーだそーだ!!」
抗議の声も収まらぬ中、敵のゴーレムが放った閃光が四人を包んだ。
「ふにゃああっ!?」「卑怯な、不意打ちなんてっ!」
ワルキューレが槍を構え直す。天空から雷光が降り注いだ。
「あるじ様っ! エレミィに謝るまで、お酒は隠しちゃいますからねっ!!」
「おつまみのさきいかも隠しちゃうぞー!」
サイクロプスの鋭い爪が、敵のゴーレムの装甲を切り裂く。
「ベッドの下のエロ本も捨てちゃうぞー!」
とリリパット。
「ちょ、なんで俺のエロ本の隠し場所知ってんの!? それだけはヤメテェ!!」
駆けるユメジ。彼の行く手を塞いだ魔導人形の首が、次の瞬間に落ちる。ーー鍔の鳴る音だけが小さく響いた。居合い技である。
敵のゴーレムたちが、一斉に光線を放つ。ーー相互作用によって威力を増したそれは、ユメジたちの部隊の大半を吹き飛ばした。
天使たちやネクロマンサー、樹木や水の精霊たちが、神の加護やら復活の秘術やら、はたまた精霊の力やらの、ベクトル不明の神秘な力で、仲間たちをどうにかこうにか復活させていく。
ーー長期戦は不利だ。
ユメジの脳裏に、最悪のシナリオが浮かぶ。
回復魔法を使わされる時点で、無駄なソースを消費しているのだ。攻撃に回す手番がなくなる。ーーあとは、ジリ貧だ。ゆるやかに訪れる死。
ユメジは、その想像を振り払った。
そんなことはさせない。
死ぬわけにはいかない。まだ、何も成し遂げていない。誰も幸せにしていない。
だからーー。
「ゴーレム。敵将を狙え」
「了解しました。目標を変更。中央にいる人間を狙います」
彼女の放つ閃光は、命中精度はそれほど高くない。たがーー
「『ケンタウルス』『エルフ』『狙撃手』っ! 聴いたな!? 目標は指揮官だ!」
乙女たちが頷き、あるいは矢をつがえる。
「いくぞっ!」
再び、ワルキューレの放つ魔法のいかづちが敵部隊の頭上に落ちた。
竜騎士たち、そしてペガサスナイトが、囮となって飛び回る。
「……フン。俺が人間? そんなちっぽけなものと同じにしないで欲しいものだな」
「……なに?」
金の髪のゴーレムたちに囲まれて、ユメジは『彼』と相対している。
ふいに、前触れもなく、『彼』のまとっている黒い鎧が弾け飛んだ。
彼が伸ばす腕には、鋼鉄の針がびっしりと伸び出し、彼の顔は長く縦に伸び、口は裂け、口元にはするどい牙が伸びだした。
「ドラゴン!」
ワルキューレが叫ぶ。『彼』が応えた。
「……いいや、違うな。俺はトロールだ。ただし! 鉄の棘のある変異種だがな!!」
『彼』の振り抜いた腕の一撃で、ワルキューレが吹き飛んだ。
「きゃああぁぁっ!?」
入れ替わりに踏み込んだユメジの刀が一閃する。ただ、それよりも速くーー
「ぐ……あっ!?」
「グヘヘヘヘ……!」
棘トロールの腕が、青年の右足首を掴んでいた。てゆうか腕が、長い。当社比三倍だ。ベリーベリーロングだ。スペシャルロングだ。論文にしてもいいくらいの長さだ。『彼』の脚に比較すると五倍くらいだ。丸い。変異トロール丸い!! 脚が相対的にショート。二人三脚したら絶対に転ぶ。賭けてもいい。
ともかくも、ミスター・タカミヤは逆さ吊りだ。逆さに吊された男だ。
トロールが、牙の並んだ口を大きく開く。大変だ。ひとのみだ。丸呑みだ。一口サイズだ。
ユメジの刀が、地面に落ちた。
逆さになったユメジの視界に、ふと入ったもの。
目は、脳より賢い。答えをすでに、知っている。目は、脳が認識するよりも速く物体を追う。
翠の瞳。紫の長い髪。
目の前の獲物に気をとられたトロール。
ーー射程範囲内。
ユメジの口が動く。
エレミィの認識機構はその映像を正しく『判断』し、プログラムは最適な行動を実行した。
『撃て』ーーと。
彼は言った。
魔導兵器の放った閃光が白く。
辺りを満たした。
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