2 魔法の言葉っ!?
今日も今日とて、あるじ様は憂い顔である。砦の物見やぐらでため息をついている。
そんな主君を見守る乙女たち。
「あるじ様……」「憂い顔も素敵」「今度のあるじ様×ロキ様の新刊買っちゃったー!!」
「えー!? あるじ様は受けよ、受け。誘い受けよ!」「そんなハズないでしょ!? 鬼畜攻めに決まっているでしょ!?」
ーー大人気である。たぶん、夏冬のコミケとかで。
なんとか主君を笑顔にできないものかーー。乙女たちは知恵を絞った。Googleで検索し、Yahoo!で検索し、神界で随一の知恵者と噂の賢者の占いにすがった。
折しも、下界ではハロウィンだかいう行事である。
トリック・オア・トリートをやろう。楽しい仮装で、あるじ様の気分を盛り上げるのだ。そうだ、それがいい。そうしよう。
「ただ、お菓子を寄越せというだけではつまりませんわね。どうせなら、あるじ様の喜ぶようなことを言って差し上げたいですわ」
「それもそうだ。おい、賢者。何かいい考えはないのか?」
「……、そう、ですね。『あの言葉』ならば、たいていの殿方は、言われて悪い気はしないようですね」
『盗賊』『サキュバス』『悪魔』。姿かたちも様々な乙女たちが、彼女の言葉に耳を澄ます。
「何だ!? 何て言えばいいんだっ!?」
「はい。それはーー」
重々しく、厳粛に。『賢者』の涼やかな声が、神聖にして絶対的なその単語を音にする。乙女たちは静まり返り、その響きを胸に噛み締めた。
ーーああ、これで彼を、笑顔にしてあげられる。彼の憂い顔を晴らしてあげられる。
彼女たちの耳に、その言葉は天からの福音のようだった。
◇
夜も深まり、満月が真上に来た頃。彼女たちは、主君の部屋に侵入した。ーー凝った仮装で。
スケルトン。海賊。ネコ娘。フランケンシュタイン。ゾンビ。
そして、声を揃えて叫んだ。
「ちんぽみるくよこせー!!」
◇
彼らの主君は寝台にーーいなかった。変わりに、窓のほうから、「くっくっく」と笑う声がして。
乙女たちは慌ててそちらを振り向いた。
窓にかけられたカーテンの陰から姿を表したのは、彼女らの敬愛するあるじ様その人である。
ミイラの仮装をしたワルキューレが、慌てる。
「あ、あるじ様!」
「ちんぽみるくよこせー」
リリパットが、彼女の頭の上で叫ぶ。
和風の出で立ちをした『武士』が、床に両手をつき、頭を下げた。
「今宵は、はろいん なる祭りと聞き、無礼を承知でお館様の寝室に参りました! 拙者、あるじ様にちんぽみるくを戴くまでは、一歩たりとてここを動きませぬっ!」
「そーよそーよ!!」
「かのものが戴けぬならば、拙者、この腹かっさばいてご覧にいれまする! お館様! どうか拙者めを哀れと思し召してお慈悲をッ!」
◇
彼らの主君は、笑いすぎて悶絶している。今なら首を取れるかもしれない。『暗殺者』の少女の胸にはそんな思いが立ち込める。ーーまあ、今回は見逃してあげるけど。
「……まったく。誰に吹き込まれたんだ? 年頃の娘が、そんな言葉を口にするものじゃない」
ひとしきり笑い転げた後、青年はようやく喋れるようになり、言った。
「賢者様に聞きました! 殿方なら、こう言われたら喜んでくださるって……」
『陰陽師』が、おずおずと言う。
「……いや、喜ぶ奴いるのか?」
「そんな!? ちんぽみるくを乙女に寄越せと言われて拒む殿方はいないと、何遍も念を押していただいたのに……」
しょんぼりと肩を落とす乙女たち。失敗である。あるじ様は大笑いしてはいたが。なんか考えてたのと違う。
もっとこう! ロマンティックな感じの微笑みを期待していたのに!
難しい。あるじ様を笑顔にするのは難しい。
ぞろぞろと乙女たちが主君の寝室を後にする。
ゾンビ。フランケンシュタイン。ネコ娘。海賊。スケルトン。
ーー明日こそは。明日こそはきっとあるじ様を微笑ませてみせる。彼女たちは改めて、そう心に誓ったのだった。
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正月なのにハロウィンとか……空気よもうよぉおおお!!! なのでありました。すまん。書き始めたのが、11月下旬でしたので……w