1 おはようっ!?
「はぁ……」
城の屋上でため息をつく青年がひとり。
神界の空はどこまでも青く。彼の悩みはどこまでも深いのだった。
◇
神界ーーあるいはヴァルハラ。戦好きの神々が、下界から魂を召喚しては駒にして、果てしないチェスを楽しむ永遠の戦場。
彼は、そこに召喚されたのである。
「ますたぁ」「ご主人様」「あるじ様」
三人の乙女が、ため息をつく主君を、物陰から見守っていた。
小人族のリリパット、狼族のリュカオン、戦乙女ワルキューレ。
リリパットは、戦乙女の頭の上に乗っている。
「今日のゴハンが心配なのかな。リリパットが偵察してきてあげようかな」
「馬鹿言え。死んだ恋人を想って、ああして空を見ているに決まっているだろ」
「いいえ。あるじ様は、この戦いの行く末を案じておられるのです。この私が、必ずや敵将の首を取り、あるじ様の憂慮を晴らしてみせます」
三人はそれぞれに言い、主君をきっと笑顔にしてみせると、堅く心に誓い合った。
◇
魔力が収束した光の帯が、戦場を、兵士たちをなぎはらう。
下半身を無くし、骨を露出した兵士は、そこに立つ一人の少女を見上げた。
怯える目で。震える瞳で。恐怖に歪む眼差しで。
「……あ、あ…あ、ばけもの……」
それを見つめる少女の瞳は意思の光を持たない。何の躊躇いもなく、彼女の腕に付けられた刃は、兵士の頭蓋を砕いた。崩れ落ちるのは肉塊。飛散するものは脳漿。それを、革のブーツが踏みつけた。
少女が、その人影を見つめる。
「ユメジ。」
「よくやった。これで敵の本隊は壊滅だ。直に残党は引くだろう」
「……追撃します」
感情を映さぬ瞳で告げる少女の紫の髪を、青年は優しく撫でた。
「その必要はない。」
◇
戦好きの神々が争い合う天空の庭、ヴァルハラ。邪神とも呼ばれる悪戯者の神ロキの領地の端に、その砦はある。
「あるじ様。朝食は和風とヴァイキング風のどちらになさいますか?」
長い金の髪の戦乙女が、キッチンから顔を出す。裸エプロンである。素肌にエプロンである。大事な箇所が色々とオープンである。大変である。
「……酒だけでいい」
夢路の答えに、戦乙女は頬をふくらます。
「もぅ。あるじ様ったら。ちゃんと食べないとお体に障ります。わたしが食べさせて差し上げますから……ね?」
「いらんと言うに」
「せめてリポビタンDとカロリーメイトだけでもお摂りください」
「わかった、わかったから柱に縛り付けてノドに日本酒と混ぜた液体カロリーメイト飲料を流し込むのはヤメテうぎょえええええ!!!」
朝っぱらからお盛んなようで、大変よろしい。神界の行く末は安泰である。
「ますたー! 敵の朝ご飯を偵察してきたよー! 納豆と味噌汁だったー!」
リカちゃん人形サイズの生物が、とてとて、と歩いてきて、青年の前に立ち止まる。夢路はそれを拾い上げて自分の肩に載せてやった。リリパットーー小人族の少女である。
「そうか、ご苦労。では我々は、スクランブル・エッグとコーヒーにしよう。ゴーレムもこっちに来て座るといい」
戦場で魔法の光線を放っていた魔導兵器の娘が、こくりと頷く。紫の髪と対照的な翠の瞳は、朝の陽光で、エメラルドのように輝いていた。
「命令を実行します。シークェンス開始。ユメジの隣の席に座ります。」
「そこはオレの席だ! どけ! エレミィ!!」
魔導兵器を突き飛ばすのは、狼族の娘だ。
「ユメジの命令が遂行できません。障害を排除します」
エレミィと呼ばれた魔導兵器ーーゴーレムの頭部にはめられた頭飾りが、不穏な燐光を放ち、甲高い音を立てる。
「リュカオン、謝れ!? ゴーレムに謝れ!!」
片目ーーサイクロプスの娘が、狼娘を羽交い締めにする。
魔導兵器の不穏な適宜報告が、静かに響く。
「目標を補足。発射」
目をくらませる閃光が炸裂する。
スクランブル・エッグと淹れたてコーヒーはテーブルの上から吹き飛んだ。
「目標、再確認。エネルギー・チャージ……」
ユメジの投げた固茹で玉子が、ゴーレムの口にはまる。
「ゴーレム。それを咀嚼しろ」
「もが。もがもが」
「そうか、美味いか。ワルキューレの料理は絶品だからなー。HAHAHA!!」
彼女は魔導兵器である。消化機能などついていない。味覚もない。
「あるじ様。エレミィが壊れてしまいます! この間だって、お酒を飲ませたりして……!」
戦乙女が咎める。夢路は小さく肩をすくめた。
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ときどき、題名が変更されてたりします。
初回タイトルは『異世界で最終戦争!ラグナログはぱんつの香り!?∑d(≧▽≦*)ビシッ』でした。
【登場人物】
高宮夢路 現代日本から、神々の争う世界に召喚された。特技は居合いと編み物。
ワルキューレ 戦乙女。長い金の髪と、青い瞳をしている。得物は主に槍だが、大剣も扱う。戦闘マニアな一面があり、ユメジのことを、戦い甲斐のあるエモノとして、密かに狙っている。
竜騎士 童顔と平らな胸がチャーム・ポイント。先輩たちの冗談を真に受け、とんでも発言をすることしばしば。
リリパット 小人さん。偵察任務に長けるが、戦闘能力はほぼ皆無。
武士 もののふ。真面目な性格だが、可愛いモノを見ると人格が崩壊する。
ヴァンパイア 黒いドレスの妖艶な美女。主人公の血を、虎視眈々と狙っている。
剣士 怪しげな日本語をしゃべる、陽気な金髪女性。
ゴーレム 魔導兵器。基本的に無口であり、必要なこと以外はしゃべらない。二言目には『ご命令をどうぞ』。
錬金術師 ゴーレムの生みの親。ユメジをからかうのを生きがいにしており、トンデモないことを、平気で行う、ちょっと倫理観の怪しいヒト。
魔術師 ボクっ娘。『……やれやれ。バカばっかりだな』が口癖。