ラッパ寿司
大人気寿司チェーン店、ラッパ寿司。
子供から大人まで知らない人はいないと断言出来る程、知名度、共に人気は高い。
その秘密はなんと言っても、その値段の安さとネタの新鮮さであろう。市場から大量にネタを入荷し、素早く冷凍する事によって美味しく、しかも安い寿司をお客に提供する事ができるのだ。
さて、そんなラッパ寿司市川店では人気の秘密であるネタが消えていた。
「なんでやねん!」
思わず関西弁でツッコミをいれる店長の吉川。因みに彼はれっきとした関東人だ。
「おい、何だこれは!ネタはどこにいったんだ!何か知らないのか!」
吉川は混乱した頭のまま、先に来ていた従業員達に聞くが誰も答えない。それどころか皆、吉川と目線が合いそうになるとさりげなくそらしていく。
「目線をそらすな!俺の目を見ろ!」
そう言って近くにいた茶髪の従業員、中澤の胸倉を掴みその顔を思いっきり凝視する。
じっ、と見つめ合う二人。吉川は中澤の目の奥を覗きこみ、何を考えているのかをしろうとする。
だが中澤は無表情のまま凝視する吉川の顔をしっかりと見つめ返し
「ぴー、ぴっ、ぴーー」
口笛を吹いた。
「口笛なんて吹いてんじゃねえ!!」
怒鳴る吉川。しかし中澤はあくまで冷静に吉川に語りかける。
「今のリズムは四分、八分、付点四分なんですよ」
「誰も音の長さなんて聞いてねぇんだよ!」
そう言って吉川は中澤を背負い投げで床に叩きつける。中澤はバン、と片手受け身をとり何事も無かったかの様に従業員達の中にまた紛れた。
「お前ら絶対なんか隠しているだろ!おい、柳沢!何があったか説明しろ!」
指名されのっそりと出てきたのは痩せぎみだが長身の男、柳沢。彼はラッパ寿司市川の副店長である男だ。
不言実行。そんな言葉が相応しい真面目なこの男だったら何か説明してくれるだろうと吉川は期待していた。
そんな期待をうける柳沢は手を挙げ
小さく手をふった。
「…ん?」
ひとしきり振った後、柳沢は軽く頭を下げ店の自動ドアからダッシュでていった。
みるみる小さくなっていく柳沢、もの凄い足の速さだ。
「…あれ、もしかして逃げた」
吉川の呟きに答えるものは誰もいない。皆、目線を合わせないように俯いたり、天井を見上げたりする。
「店長、私に良い考えがあります」
そう言って手を挙げたのはバイトの立花。容姿端麗頭脳明晰と従業員達から評判の高校生だ。地元でも有名な進学校に通っているらしい。
「何だ、立花。言ってみろ」
「要は店長はネタが無くて困っているんですよね」
「そうだな」
「では代わりの物を用意すればいいだけですよ」
そう言って取り出したのは猫缶、ラベルには最愛のペット達への最高の贈り物と書かれている。
「猫かよ!」
「原材料は魚ですよ」
「関係無ぇ!」
そう怒鳴り床に猫缶をたたき付ける。たたき付けられた猫缶はバウンドし吉川の鼻にぶちあたった。
冗談みたいに吹き出す鼻血にも耐えながら吉川は叫ぶ。
「もういい、何があったか話さないと全員クビだぞ!」
その言葉を聞いて、従業員達は互いに無言でちらちらと視線をかわし合う。
暫く、そんな状況が続いたが一人の女が出てきた。
「わかりました、店長。店長が来る前、店で何があったかお話します」
そんな事を言いながら出てきたのは、モデル並の体型を持つ美人社員で評判の、藍原だ。
「おお、藍原か。何があったか話してくれ」
「店に突如、象が現れてネタを全て食べていきました」
「成る程。よし、帰っていいぞ」
いそいそと帰り支度を始める藍原。そんな藍原を横目で感じながら吉川は怒鳴る。
「そうか、お前ら。そんなにクビになりたのか」
すると突然、壁を突き破りながら大型トラックが現れ、店内をめちゃくちゃに破壊した。
店の硝子の破片と埃が辺りに舞い上り、視界が曇る。そんな店内の中、トラックは吉川達の前にピタリと止まった。
「すまない、遅れた」
そう言ってトラックから降りてきたのは先ほど逃亡した柳沢だった。少し疲れた表情をしているがその顔はとても明るい。
「…いや、謝るところそこじゃないだろ」
「ネタを仕入れるのに少しばかり時間がかかってしまってな、だが開店時間にはなんとか間に合ったようだ」
吉川の言葉を華麗に無視した柳沢は誇らしげにトラックの後ろ扉を開けた。
そこには色取り取りの猫缶が山の様に入っていてーーーー
ーーーー当然、その日のラッパ寿司市川店は臨時休業日なった。