林檎 ナン ロボット
友人3人からのお題。
ぶっとんだ内容になってしまった。
ちょっと分かりにくいお話かも?
誤字と表現をちょっと修正
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
力を込めてナットを引き絞る。これで最後だ。
「ちょ、意外と…硬い…!」
体ごと動かし、体重の力も使って思いっきりナットを閉める。多分。外れないだろう。少なくとも自分では外せないと思う。
「うおっ」
姿勢を変な状態にしていたためか、後ろに倒れこんでしまった。強かに尻を打つ。
「いってぇ…。」
尻をさすりながらやっと完成した我が機械を眺める。銀色に縁どられ、鮮やかな魔素体によって彩られた機体は、見るものを圧倒する迫力と魅せつける美しさを持っている。自分の作品ながら、恐ろしいデザインだ。これで実用性も備わっている・・・はずなのだからほんとにすばらしい。
はずと確証がないのは、まだ試運転もしていないからなのだが。なにせ、たった今完成したばかりなのだから。
「さっそく試運転といきたいところなんだけど…。その前に、ちょっと休憩だ。」
数時間に及ぶ力仕事を終わらせた後の体はくたくたで、もう指一本動かす余力もなかった。ぐったりと床に横になったまま、自分が作った機体を見てにやにやとしておくことにする。
「ん…?」
十分以上そうしていただろうか。人の足音が工場に響いた。そちらの方を見てみると、緑色した髪の女性がこちらに向かって歩いてきていた。手に何かを持っている。
「あれ、先輩。お久しぶりです。こんなところにどうしたんですか?」
相手が十分に近づいてくるのを待って、相手に話しかける。
「やっほー。少年。頑張ってるかい? 差し入れ持ってきたよ。」
先輩は手に持った食器のようなものを掲げながら言う。血の気が引いていくのが分かった。
「いや、それ差し入れじゃないですよね? 毒見ですよね?」
「いいえぇ。差し入れよ? 大丈夫。次はたぶんおいしいから。」
「そう言って美味しかったためしがないじゃないですか・・・。」
疲れで動かない体を引きずるようにしながら、徐々に先輩から距離を取っていく。ばれないように、慎重に・・・。
「逃がしません。」
「ぐぇ。ちょ。ほんとにやめてくださいって!」
僕が逃げようとしているのに気付いた先輩は、素早く僕の上に乗ってきた。さっきまで酷使し続けていた身体中の筋肉が悲鳴を上げる。息をするのも苦しくなってきた。
「ほんとに苦しいからどいてください!」
「失礼な。私だって一応体重とかには気を付けてるからそんなに重くないはずよ?」
そういいながら更に体重をかけてきた。
「待って待って! ギブギブ! 早くどいてください!」
「それじゃあ、これ食べてくれるね?」
「分かりましたよ!! それ食べますからどいてください――!!」
「わかった。」
僕が半分叫びながら条件を出すと、すぐに僕の上からどいて、ニコニコしながら皿を突きつけてきた。とりあえず座った僕は、目の前に置かれた皿を見て、覚悟を決めていた。以前先輩の料理を食べて一週間寝込んでしまった人がいると聞いている。
「今度こそ成功よ! 今回はね、『カレー』っていう料理の復元に挑戦してみたの!」
実にいい笑顔で料理の名前を言う。この笑顔に騙されて寝込んだ人は何人いるのだろう?
「『かれー』。ですか。どんなものなんです?」
「カレーはね。旧人類のインドっていう所で発祥した料理みたい。じゃがいも、お肉、ニンジン。玉ねぎなんかを刻んで煮込んで香辛料で味付けしたものよ。」
「へぇ、香辛料だなんて、またたっかい食材を・・・。」
「そうねぇ。これに必要そうなものをそろえるだけでかれこれ十万以上吹っ飛んじゃったわねぇ。」
「じゅうま・・・!! なんてもったいない・・・。」
おもわず呟いてしまった僕の言葉に、先輩は眉を吊り上げる。
「全く。少年はわかってないなぁ。人間が求めるのは美味しいものであるべきだと思うんだ。おいしいものを食べると幸せになるだろう? 合成食料なんて味気はないし、量は少ないし。全く満たされないね。」
「だからと言って、そんなにお金を使うものでもない気がするんだけど…。」
僕の反論には首を振るだけで、この話は終わりとでも言いたげに料理の話を再開した。
「カレーにはどうやらいくつか食べ方があるみたいでね。『カレーライス』といって『お米』というものと一緒に食べるものと、『ナン』というパンと一緒に食べるものがあったみたいなんだ。でも、私の技術じゃお米っていう食材の復元までは無理だったから、今回はナンで食べるものを作ってきたよ。意外とおいしそうな匂いがしていい感じだよ。」
「うーん。『先時代』の産物は確かに面白いものが多いんだけど・・・。」
少なくとも先輩が作ってくるものよりは合成食料の方がおいしいんだけどなぁ。
「いいから、食べてみてよ。」
そういいながら先輩がふたを開ける。そこには、茶色いどろどろとした感じの液状物? 確かにお肉とか入っているから、あれがカレーというものなのだろう。それと、白くて平べったい何かがおいてある。多分、ナンというものなのだろう。
「・・・。・・・? ・・・あれ? いいにおいがする。」
刺激臭を覚悟してたのに。意外といい香りだ。食欲をそそる。
「でしょ? とってもおいしそうにできたんだけど・・・。今回に限って誰も食べてくれなくて。」
今までが今まででしたからねぇ。
僕の心を読んだのか、先輩がじろっと睨んできたので、何か言われる前にささっと食べてみることにする。
「・・・あれ? 箸がない。」
これじゃあ食べられないじゃないか。
「ふふふ。これはね、そのナンを一口大に千切って、それにカレーを付けて食べるのよ。」
先輩がナンを適当な大きさに切って、差し出してくる。それを受け取った僕は、ゆっくりとカレーにつけてみる。食べるために持ち上げてみると・・・。
――うへぇ。う●こみたい・・・。
こればっかりは僕のせいじゃないと思う。ナンのぼこぼこした形にカレーの茶色が乗って、何とも言えないアレな物体にしか見えないのだ。
ちらりと横を見てみると、さすがにこれは先輩も思う所があったのか、顔がひきつっていた。
しかし、一応食べ物ということで何も言わず、僕は意を決してそれを口に放り込んだ。
視界の端に先輩が驚いた表情を浮かべているのが見える。レアな表情だから心のアルバムに永久保存しよう。
口の中に放り込んだそれは、ナンの柔らかさもさることながら、まふまふとした触感が何とも言えないおいしさを出していた。しかも、カレーの方も見た目とは裏腹に、香辛料がピリリと聞いて、いくらでも食べられそうな味を出していた。
「おいしい! 先輩! これ、おいしいよ!」
「え! ほんと?」
いや、作った本人がほんと?って確認してくるってどうなんでしょうかね。
あわてて自分の分のナンを千切った先輩も、カレーを口に含む。
「・・・ほんとだ。おいしい。」
「ですよね! また作ってきてくださいよ。」
「うーん。隠し味をつまみ食いしすぎちゃったのがよかったのかな・・・?」
「え? どういうことですか?」
「いや、ちょっと食材を食べすぎちゃったのよ。果物だったし、好きなものだったからつい・・・。」
ちょっと照れくさそうに先輩が笑った。
「まぁ、まじめな話、食材が高すぎるから気軽に作るのは無理ねー。」
「あぁ、そういえば高かったですね・・・。残念です。」
「そうね、じゃあ少年の夢が叶った時には作ってあげましょう!」
いいことを思いついた!という顔で先輩は笑う。・・・でも。
「僕の夢は、たぶん。相当かかりますよ?」
「そういえば私、少年の夢を聞いたことがないな。どんな夢なの?」
「よくぞ聞いてくれました!」
僕は勢いよく立ち上がると、隅の方の机の方に走っていく。確かこの辺に・・・。
「あった!」
目的のものを見つけると、走って先輩のところまで戻っていく。
「これですよ。これ」
「これ・・・。『先時代』の『マンガ』かしら?」
そこには、巨大なロボットと赤と白色で配色された服を着て、ヘルメットを被った人が描かれていた。後ろには白を基調として、赤、青、黄色等を使った巨大なロボットも描かれている。
「そうです。ガンダムっていうみたいですよ。」
「がんだむ・・・。」
「ええ、こいつを作るのが僕の夢です。自分で作って、乗って、それを動かす。とても楽しそうじゃないですか!」
「でもこれ、兵器よね・・・?」
心配そうに先輩が言う。確かに、今の時代じゃ兵器の製造は禁止されている。
「そこに関しては心配無用です。自分は乗るだけで十分ですので。でも、宇宙には行ってみたいですけれども。」
「そんな危ない! 機械のことは機械に任せておけばいいじゃない。」
「でもそれじゃあ、人が自分の目でこの〝船〟の外を見られないじゃないですか。何よりモニター越しとかではなくその場で見れることに魅力があるんですよ。」
僕の熱弁はしばらく続いたのだが、
「・・・。うーん。やっぱり理解できそうにないわ。ごめんね。」
すまなさそうに先輩はあやまってきた。まぁ、理解されるとは僕も思っていない。
もともと新人類が生まれる遥か昔に、新人類ほどではないとはいえ、ある一定以上の科学文明にて発展していた旧人類は、今の時代よりはるかに娯楽に優れていたらしい。
おかげで、旧人類時代の遺跡から発掘される文献にはとても面白いものが多い。だから、新人類は母なる星を棄てるときに、ひたすらに大量の先時代の遺物を巨大な宇宙船。通称〝船〟に詰め込んだのだ。
その中には数々のマンガ、小説、映像等の娯楽物があったのだが、なかでも僕の気を引いたのは、『ガンダム』と書かれた巨大ロボットに人が乗り込んで戦争をする話だった。
自分でもそれに乗ってみたい。そう思ったから僕は決まっていた文系の進学を蹴り、工学科への進学を決めたのだった。
調べてみると、旧時代の科学力では、ガンダムを実現するに至る技術力はなく、あくまで空想の産物だったようだ。それでも、何十分の一程度のサイズまで縮めた模型は存在したようだが。
僕ら新人類には、魔力と呼ばれる力が宿っている。精神力を使ってある程度の物理法則を覆すことができる技術だ。そして、この魔法という技術力を応用すれば、先時代にはついぞ完成できなかったガンダムも、再現できるはずだ! というのが僕の持論であり、実現が僕の最終的な夢となるところである。
「へぇ、少年もそんなにすごい夢があったんだねぇ。いつみても教室の隅っこで本読んでるか熱心にノートに何か書き込んでいるからただの根暗なのかと思ってたよ。」
感心した風に笑いながら先輩が言ってくる。ていうか、もしかして。
「うん。ばっちり口に出してた。妙に解説口調で。」
おもちゃを見つけた。というような子供のような笑顔を見ながら、僕はその場で頭を抱えてうずくまった。顔が赤くなるのを感じる。
うわああああああああああ恥ずかしい恥ずかしいこの場に穴はないのか!? ない! ないなら掘ればいい!
うずくまった後は頭を抱えたままごろごろ転がると、穴を掘るためにその場を見まわしはじめた。
「少年。落ち着きなさい。」
「うがっ」
横になったままだった僕の横っ腹に見事な蹴りを決めると、先輩は再び僕の上に乗った。
「図らずも少年の夢を解説付きで聞いてしまったんだから、私の夢も詳しく教えてあげよう。」
無理やりどけて起きあがろうとも思ったが、上に乗られたまま暴れては先輩もなかなか危ないかと思い直し、そのまま話を聞くことにする。
「私の夢はね、少年。先時代の食べ物を完璧に復元することなんだ。」
先輩のそれは、荒唐無稽な話のように聞こえた。
「先時代の料理の数は非常に多い。和食。中華。洋食の三つが大きいところだが、それ以外にも数々の種類の料理がある。しかも、レシピなんてまともに残っていない。それでも! それでもだ。合成食料の味気ない食事は人としてやっぱりどうかって。・・・なんて言えばいいのかな? 私の遺伝子が叫ぶんだよ。もっとしっかりしたものを食え、ってさ。」
先輩が言っていることは少し理解できた。僕だって遺伝子、心のどこかで叫ぶのだ。『巨大ロボットを作り上げろ!!』と。その声にただひたすらにしたがって僕はここまできた。
僕の上に乗っていた重みがなくなる。立ち上がってみた先輩の顔は、わずかに赤くなっているようだった。
「よし、少年。」
「なんですか? 先輩。」
「お互いに先時代のものを作ろうという者同士、どっちが先に終わるか賭けようじゃないか。」
挑戦的に先輩が笑う。もちろん、僕も挑戦的に笑みを返す。
「いいですよ。少々ジャンルは違うようですが、同じ夢を持った者同士、精進していこうじゃないですか。」
先輩が手を差し出してくる。僕もそれにこたえて握手しようと手を差し出す。そこで、先輩の表情が変わった。
嫌な予感がした僕は、とっさに手を引っ込めようとしたのだが、間に合わずに小指が先輩の小指につかまる。
「ゆーびきーりげんまーんうそついたらはりせんぼんのーます! ゆびきった!」
妙に子供っぽい感じに彼女が言うと、すぐに指を離す。
「何ですかいきなり。」
僕を脅かすように、手をだらりと下げたまま顔の下まで持ってくると、先輩は言う。
「先時代の約束のようでな、これの約束を破ったものには針を幾千幾万と飲ませたそうだ。」
あまりに空恐ろしい光景に、思わず自分の腕で自分を抱きしめる。。
「な、何ですかその怖い約束!」
僕の反応に満足したのか、先輩は笑う。
「冗談だよ。さすがにそんなことはしなかったみたいだね。でも、君にはこれから私の料理の実験台になってもらおう。」
冗談だと言っていたことにはほっとしたが、続けて言われたことに血の気が引いていく。
「冗談じゃありませんよ。先輩の料理を食べたら僕が寝込んで負けるじゃないですか。」
「だって私の料理はもう君くらいしか食べてくれなさそうなんだ。協力してくれよ。」
みんなさっさと逃げてしまうんだよ。と続けて、
「それとも何か? 君は私が料理を食べてもらえないことで研究を進められないのがいいのかい? そんなに私に負けるのが怖いのか?」
挑発的な言葉とは裏腹に、ちょっと不安げにこっちを見てくる。
「全く。お互いがしっかりやれないと勝負にならないじゃないですか、いいですよ。食べてあげます。でも、今回みたいなおいしいものだけ持ってきてくださいね。」
「そこに関しては大丈夫だ。今回ので作り方が分かったような気がするからな。今度もおいしいものをもってくるよ。」
「期待せずに待っておきますよ。」
今日食べたカレーの味は忘れられそうにない。実は相当期待しているのを自分でも気づいていた。
「よし、それじゃあ、そろそろ少年に負けないように研究の続きをやってくることにしよう。」
立って、皿を片付けながら先輩が言う。思ったよりも時間が経っていたようだ。
「そうですね、僕もちゃんと休めましたし、そろそろ試運転をすることにしますよ。」
よっこらしょ。なんてつい言いながら、重たい腰を上げる。立つ直前はだるいと思っていたが、立ち上がりきる頃にはしっかりとやる気を身体中にいきわたらせた。
いざと機械の方に歩き出そうとすると、先輩に呼び止められた。
「そうだ少年。ちょっといいか。」
思ったより近いところから声が聞こえて、僕はそれに振り向く。
「――んっ」
触れたのは一瞬。瞬きをした次の瞬間には先輩はすでに離れていて、じゃあね、少年。と言い残して颯爽と工房から出て行った。
残された僕は、顔のところまで手を持っていきながら、少し呆けていた。
カレーの味や記憶は吹っ飛んでいて、記憶には林檎の味だけが残っていた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――