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三題噺  作者: 夕暮 帷
2/23

VISTA フェラーリ あんぱん

VISTAっていうのは発展途上国のいくつかをまとめた呼称です。

断じてOSじゃないんだよ?


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――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 「おつかれさまでしたー。…あぁ。」

 夕方。どこにでもあるコンビニのその駐車場。

 そのすぐ隣にあるビルの階段の所に座り込むと、俺は手に持った袋を開けた。中身はあんぱん。一個百五十円。今日の俺の夕食だ。

 毎日毎日大学の傍らバイトに勤しみ、こうやって余ったもの――大体は賞味期限がギリギリだったりするもの――を少しだけ割安で売ってもらって過ごしている。あんぱん一個なんて食事をしているのは特に切り詰めたりしているからではなく、だた単に食事をするのがめんどくさいからだ。最近では通帳の金額が増えていくのを見るのが楽しみになりつつある。


 一人寂しくもそもそとあんぱんを頬張っていると、道路の方からクラクションの音がした。顔を上げてみると、そこにはよく見る軽自動車が停まっている。その助手席側の窓が開いた。

 「よぉ、今バイト終わりか? 送って行ってやろうか?」

 運転席から声をかけてきたのは高校時代からの友人で、よく一緒に馬鹿をやっている友人だった。

 「おぉ、頼むわ。」

 俺はあんぱんを口に入れたまんま言うと、さっさと助手席に座る。

 「シートベルトはしっかりしろよー。」

 「言われなくてもわかってるよ。最近はいろいろ厳しいんだろ?」

 「そういえばお前も免許取るんだったか。そう。見つかったら面倒なんだよなー。」

 一人納得したように頷いている。表情を見る限り、昔同じようなことで捕まったことがあるのだろう。ご愁傷さまだ。ざまぁ。

 「つかお前ここでバイトしてたんだなぁ。」

 「ん? 言ったことなかったか?」

 「あぁ、なかった。このへんのコンビニで働いてることは知ってたけどな。親友である俺にバイトしていることも言ってくれないなんて。俺は絶望したよ!」

 本気でショックのような顔でそう言った。こいつ、もしかしてちょっと傷ついてる?

 「あ、あぁ、それは、すまなかっ」

 「ついでに可愛い子が一緒に働いてることも聞いてなかった。」

 「それがなかったらどうでも良かったろお前!」

 「当たり前だ。いくら親友とはいえ所詮バイトだろ? 仕事だったら少しは気になるけどバイトなんてどうでもいいわ。それよりあの子誰? 何歳なの?」

 「…はぁ。少しでも謝ろうとか思った自分が馬鹿らしいわ。つか、可愛い子…? あぁ、あの人か。やめといたほうがいいんじゃないかな。」

 一緒に働いてるメンバーを思い返し、心当たりは一人だけいた。

 「はぁ? なんでお前にそんな事言われないといけないんだよ。」

 こいつはこっちを向いて不快感を露にする。つーか前向け。

 「だってあの人、いったい何歳かわかんないぜ? 一番古株のバイトの人が八年くらいやってるらしいけど、あの人はその八年やってる人が聞いたときには数年このバイトしてるって言ってたって聞いたし。」

 なお、話題である女性はだいたい見た目が俺達と同じくらい。むしろ高校生に見えるくらいなのだが、うちのコンビニは高校生以下(高校生含む)のバイトお断りなのである。それを考えて計算すると、最低でも十八歳に十、またはそれ以上の数を足すわけで…。

 「…。あぁ、諦めるわ。俺のカバー範囲を予想以上に超えてる。」

 「あぁ、そうしろ。俺だって初めて見たときは狙おうとか思った時期もあった。その話聞いて諦めたけど。」

 ほんと、美人ってのは特だと思う。

 「まぁ、それは置いといてだ。お前、卒業したらどうすんの?」

 「なんでまたいきなり。」

 「んー。そろそろ決めないといけないかなって思ってさ。」

 「でもまだ卒業まで2年はあるぞ?」

 確かに先生とかにはそろそろ決めておけよ。と言われているが。

 「実はさ、俺にはあるんだ。」

 「へぇ、言ってみろよ。」

 「あぁ、いいぜ。俺はな、起業しよう思うんだ。」

 「お。社長か? 中々に大きい夢じゃないか」

 俺が感心したように言うと、得意気に笑ってみせた。

 「だろ。それもな、日本じゃない。ベトナムとかに行こうと思ってる。」

 「え、日本じゃだめなのか?」

 俺がそういうと、こいつは大きなため息をついた。俺、なんか変なコト言ったか? 外国じゃ言葉も分からないっていうのに。こいつの語学がお世辞にも高くないって言うのはこいつと多少でも付き合いのある人なら誰でも知っていることだ。

 「お前さ。この前のちゃんと聞いてなかっただろ? ほら、どっかの企業の人呼んでいろんな話してくれるアレ。」

 「あの講義なー。一回目が楽しくなかったからいつも寝てる。」

 興味がないことについていろいろ言われたところで楽しくもなんとも無いのだ。

 「前回の講義はなかなか興味深かったぜ。なんでも、日本じゃ既出でも海外。それも発展途上国なら既出じゃないからな。そこで物を売ればいいと。そして儲けろと。」

 「あー。なるほど。確かに自分で一から作るよりは売れやすいかもな。」

 「そう。それで儲けてフェラーリで旅をするのが俺の夢なんだ。」

 そう言って遠い目をしながら、でも瞳に力を込めてそいつは言った。立派な夢だとは思うんだが、

 「なんでフェラーリ?」

 「高級そうな感じが金持ちっぽくていいだろ?」

 「つまり、何でもいいわけだな。」

 俺の言には苦笑して、そういうことだ。と。

 「だから、さ。」

 そいつは急に真面目な顔になると言った。

 「お前、俺と一緒に海外に行かないか?」

 「ずいぶんと急だな。なんで俺だよ?」

 「あぁ、理由か? そんなに聞きたい?」

 「ああ。」

 だって、急に海外で起業しようぜ。なんて言われて簡単に決められるほど人生を簡単に棒に振っていいとは思っていない。

 「…。わかったよ。」

 俺が黙ってあいつが喋るのを待っていると、沈黙に耐えられなかったのか、ついに口を開いた。

 「まず、発展途上国のくくりでも大きいのが二つあるんだ。BRICsってのとVISTAってやつだ。」

 「それなんてOS。」

 OSとはパソコンを使う上で一番重要なソフトだ。こいつがないと大抵の人はパソコンが扱えなくなる。

 そんな俺の呟きには笑って頷きながら、

 「思うよなぁ、それ。んでだ。VISTAって方がBRICsってやつより後に発展途上国としてまとめられた造語なんだってさ。これも前の講義で言ってた。」

 「んで?」

 「俺そのVISTAって方に行こうと思うんだ。中でもV、ベトナムにな。」

 「ベトナム? …あぁ、なるほど。」

 俺が納得して頷くと。あいつはニカッと笑った。

 「わかったろ? お前、前からベトナム行きたいってすげぇベトナム語勉強してペラペラじゃん。」

 「なるほど。通訳をしろってか。」

 「そう。ついでにお前通帳の数字が増えるの好きだって言ってたろ?」

 「あぁ、言ったなぁ。」

 「だから、経理も任せられるかなって」

 「なんでだよメンドくせぇ。第一それに関しては俺より上手いやつたくさんいるだろ。」

 「経済総合学科の主席さんが何を言いますかね。」

 なんでそんなところまで知ってるんだよ。

 「んで、何よりもだ。」

 俺が何か言う前にあいつはさらに言葉をかぶせてきた。

 「お前が誰より信用できる唯一無二の親友だからだ。」

 今まで見せたこともない信頼の念のこもった視線を向けてきた。

 「…。」

 そんなことを言われちゃあ、簡単に断れないじゃないか。

 「っと。お前の家はここだったな。」

 ちょっと頭がこんがらがって何も言えなくなった間に車は俺のマンションの前に到着し、俺は促されるままに車を降りた。

 「返事は今すぐじゃなくていいさ。卒業まではまだまだあるし、お前が断ったら諦めて他の人雇うから。気を遣って受けるなんてやめてくれよ。俺は真面目にやってくる人だけを求めてるんで。」

 やつは笑いながらそう言うと、じゃあな、と一言いって去っていった。


 夜。パソコンをつけても何も手につかなかった俺ベッドに横になると、夕方のあいつの言葉を思い出していた。

 ――信頼できる親友だから、か。

 あいつと親友と呼べるほど仲が良くなったのは、お互い気が合うからだ。そして、やり始めるとどこまでも妥協を知らずにやり通すところもお互いに似ていたから。他のやつがどんなに飽きた、疲れた。諦めよう。とか言って理由で離れていっても俺ら二人でやり通してきた。

 まったく。人に信頼されてるってわかると、すげぇやる気が出てくるじゃねぇか。

 俺は一人苦笑すると、携帯電話を掴んで電話をかけた。もちろん。コール先はあいつだ。

 「よう。どうした?」

 電話に出たあいつは余裕そうな声だった。まるで俺が言うことを分かりきっているような感じだ。

 「あぁ、やってやるよ。お前の通訳と財布を引き受けてやる。俺も、お前と一緒にやるほうが自由がききそうだし、何より楽しそうだ。ただし、やるからには妥協しねぇぞ俺は。世界一を名乗れる大企業にしようぜ」

 ――あぁ、そのつもりだ。第一、俺とお前のコンビでできなかったことなんて何も無いだろ?

 あいつが勝気な笑みでそう言っているのが簡単に想像できた。


 電話を切った俺は、さて、これからどうするかと思案する。

 ベトナム語も、経済学もまだまだ勉強する余地がある。今回あいつが武器を完璧に振るうには俺があいつの言ってることを完璧に訳せなくては意味が無い。

 明日から、忙しくなりそうだな…。

 ぼんやりとそう思った俺は、とりあえず翌日経済系の本を買いに行くことを決めると、さっさと眠りについたのだった。

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