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三題噺  作者: 夕暮 帷
19/23

夢 イヤホン 光

久しぶりに縁が復活した旧友へ

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 切符を買って、改札に放り込んで、すぐに出てくる切符を回収する。

 改札を入ったところで、急に電車の音が大きくなった気がして、ミュージックプレイヤーの音量を上げる。即座にイヤホンが上がった音量を伝えてくるが、急に音量が上がりすぎて顔をしかめる。

 でも、少し下げるだけで電車の走行音が割り込んできて、せっかくの綺麗な音楽が雑音になってしまうので、仕方なくあげたままにする。ただし、こうすると余り周りの音が聞こえないのが問題だ。放送さえも聞こえないとちょっと不安になる。

 といっても、迷うほど知らない場所ってわけでもないし、お目当てのホームに行って、人の少なさに少々安心しつつ、椅子に座る。人ごみは苦手なのだ。

 指でリズムを取りつつ、ゆったりと待つ。時間を見たところ、あと十分はあるだろうか。少し早いような気もするが、これぐらいがちょうどいいだろう。

 人が誰もいなかったら歌っているところだが、まばらに人がいるから断念。くそう。

 この春、ただ一人暮らしがしたいという理由だけである学校を受験し、自分でも予想外だったのだが、何の間違いか合格してしまった。家族どころか親戚やらご近所さんまで集めて盛大に祝われた。実感がないうちに過ぎ去ってしまったので、何とも言えないのだが。

 そして入学手続きとそれに合わせて各種生活用品やら何やらを集め、引越しの手続きをして、入学一週間前となった今日、無効に引っ越すことになったのだ。入学まで余裕があるのは、やっぱり慣れるまで少々時間がかかるだろうということだからだ。荷物の整理もある。なにより、何か足りないものがあった時に、休みのうちに親に連絡して揃えられるのがいい。

 本当は家族は見送りに来るつもりだったそうだが、みんななにかしら用事が入ってしまったようだ。社会人というのはまったく忙しいものらしい。

 しばらく一人でイヤホンから流れる音楽に身を任せていたのだが、トントン、と肩を叩かれた。

 叩かれたほうを見上げると、そこには長年の腐れ縁こと幼馴染が立っていた。イヤホンを外して話しかける。

 「あれ、誰にもきょう出発って言ってなかったと思うんだけど。どうやって知ったの?」

 「まったくだよ。俺にも教えないで出るとかねーよ親友。おじさんたちに代わりに見送りしてやってくれ。って言われてな」

 家族ならともかく、友人に見送られると泣いちゃいそうだったので、誰にも言わなかったのだが。そうか、親の差し金だったか。

 「それで来たのかい。君もなかなかに暇人のようだね」

 僕の呆れたような口調に、彼は苦笑する。

 「まぁ、春休みだからな」

 課題でも出されて忙殺されていればいいものを。

 「今ひどいこと考えなかったか」

 「気のせいだよ」

 「そうか? これでも気を使った方なんだがな。お前のことだからどうせ人が集まるの嫌いそうだし、誰にも声かけずに来たんだぜ?」

 「それはありがたいね」

 「誰か連れてくると泣きそうだしな」

 そう言って彼は笑う。まったく、見抜かれていたらしい。

 「ところで、向こうでは一人暮らしなんだろ? 新しい学校で行ったことも無い場所だし、お前友達作れるのか?」

 八部のからかいとほんの少しの心配を織り交ぜつつ、彼が聞いてくる。確かに、彼以外には極少数しか関わりがなかったし、心配されるのもわからなくはない。が。

 「何、心配ないさ」

 そう言って軽く胸を張る。嘘だけど。

 そりゃあ、新しく始まる生活だし、不安がないわけじゃない。一人暮らしには不安はいっぱいだし、自分で言うのもなんなのだが友達を作るのが苦手なのは自覚しているつもりだ。でも、そんなところを見せると、たぶんこいつは僕が寂しくないようにとひたすら絡んでくる。下手したら毎週やってくる。

 そんなわけにもいかないので、それはさっと隠して強がる。まぁ、私の大根役者っぷりは学芸会とか文化祭とか、諸々のところで露呈してしまっているので、果たしてごまかせているのかどうかは不明なのだが。とりあえず彼は何も言わなかったので、騙されたか僕の心境を察するかくらいはしてくれたのだろう。

 彼はおもむろにホームの黄色い線のギリギリまで行くと、空を見上げる。僕がいるところだと屋根のせいで空が見えないせいだろう。今日は晴天。きっと明るいを通り超えて眩しい光が見えることだろう。

 「それにしても、お前ももう行っちまうんだなぁ」

 なにか、いろいろなものを含んだ言葉だった。

 「…そうだね。でも、もう会えないわけじゃない」

 「…それもそうだな。たまには帰ってこいよ」

 「それはもちろん」

 振り返った彼を安心させるように笑う。 長期休暇くらいには帰ってくるだろう。いくらなんでも年末年始まで一人で過ごすことはない。

 「クリスマスとかは恋人とができてそっちといるかもしれないんじゃないのか?」

 僕は友達を作るのだって苦手だというのに、どうやって恋人を作れというんだか。

 「ま、俺もたまには遊びに行くと思うし、その時はよろしく」

 「うん。わかった。でも来る前にちゃんと連絡しろよ?」

 こいつは何故か驚かせる! とかバカなことを思って僕の部屋にいきなり押し入ってくることもしばしばあったのだ。

 「……。…。おう! まかせろ!」

 ほら。きっと今の間はまた驚かせるとかって勝手に来るつもりだったのだろう。本当に僕に恋人ができたりしてたらどうしてくれるつもりだったのだろうか。きまずいなんてもんじゃないだろう。

 話すことも無くなってきたかな。と、そう思ったところではかったようにアナウンスが入る。僕が乗る電車が来たらしい。

 「ま、向こうでも元気でやれよな」

 「そっちこそ。また会おう」

 電車が入ってきて、両開きのドアが開く。この一歩は何万歩よりも大きな一歩と、そう歌ったアーティストは誰だっただろうか。

 まぁ、確かにその通りなんだけどね。なんて思いながらその一歩を踏み出す。これは何万歩よりも大きく。不安に彩られた先の見えない未来への一歩だ。

 振り返って彼の方を向く。一拍の無言。見つめ合う。

 ジリリリリリリ。と。発車のベルが鳴る。もうお別れらしい。

 この駅のベルは何故か異常なほどうるさく、ほぼ何も聞こえなくなる。彼も何か言おうとしたらしいが、諦めて、ただ右手を軽く握って持ち上げてきた。何を言うでもなく、僕も右手を軽く握ってお互いにぶつける。目があって、同時にニヤリとする。なんだかおもばゆい気持ちになって、はにかむ。ちょっと顔が熱い。赤くなってるんだろうか。

 もう閉まるだろうという瞬間。彼の左手が素早く動く。僕の左手に伸ばしたようで、すぐに右手を取る。僕がとっさに手を引く暇も与えず、右手をとり、薬指に何かを通してさらに何かを握らせて手を引いた。直後、ドアが閉まる。思わず扉に飛びつくが、扉が開いてくれるはずもなく。無情に電車は出発する。

 どんどんと遠ざかっていく彼の顔を見ながら、なんだか泣きそうな、そんな顔をしているように見えた。

 誰も乗っていない車両の適当なところに座る。そして、彼が押し付けてきたものを見る。どうやら紙切れのようだ。

 『これを渡してるってことは、俺はヘタレだったってことだ。まぁ、もしよかったら貰ってやってくれ。祝いだ』

 なんか事実だけを書いたみたいな、そんな紙だった。そして、左手の薬指には、シルバーのリング。いつの間にサイズを測っていたのだろうか。

 まぁ、お守りくらいにはなるだろうか。

 一度外して、手で弄ぶ。これ意外と高そうな気がするな。アクセサリーの値段はよくわからないから詳しくはわからないが。

 ――――本当に、しばらく会えないんだなぁ。

 初めて会った時から、ずいぶんといろいろあった。一緒に遊ぶことも、ケンカしたことも、彼のおかげで友人もできたんだっけ。

 一人で何とかなるといっておきながら、地元で作った友人さえ彼の協力なしでは作れていないという事実に、どうしようもないなと苦笑を漏らす。そして、そのまま友人のことを一人ずつ思い出す。といっても、五人くらいしかいないんだけど。

 みんなでバカ騒ぎしてた思い出の場所を横目に、電車は最高速度へと達する。カタンカタンと規則的な振動に揺られながら、思い出にまた浸っていく。思い返していくと寂しくなってくるもので、涙が出そうになった。

 少し鼻を鳴らしながら景色を見ていたが、急に周りの景色が見えなくなった。見える限りが黒で塗りつぶされ、電車内の明かりがついていることを主張する。どうやらトンネルに入ったようだ。

 懐かしい景色が見えなくなったことで、今度はこれからのことを考える。

 これから行くところは、無意味なほどに広い敷地とそれに合わせていろんな施設を放り込んである県まるまる一つをつぶして作られた学園だ。危なげな研究施設もあると聞くが真偽のほどはわからない。

 ただし、入学したものの夢は百パーセント叶うらしい。どんな些末なものでも、それこそ外国の総理大臣なり大統領なりにだってなった人がいるという話だし、ひどいものになるとスーパーマンとか勇者とかってのもあるらしい。その夢がどの程度叶ったのかは不明だけど、とにかく入学したものの願いをかなえられるところと思っておけば問題ないだろう。

 その噂のためか倍率も生半可な数字ではすまず、この学園に希望する受験者は今の日本の受験生の三分の二を超えるほどとも噂されている。その大量の受験者数に比べ合格者は毎年百はあるという学科数の生徒数である四十人ずつと言ったところか。だいたい四千人である。特に調べていないので詳しくはわからないが、倍率は軽く百から千倍とも聞いたことがあるような。

 そんなところに奇跡的な合格を果たしたのだが、いかんせん、僕には夢がない。

 入学すれば確実に夢が叶う所にいけるくせに、夢がないのだ。

 将来の夢はどうしようかな、なんてつらつらと考えていると、左手が光ったような気がした。ふとそちらを見ると、瞬間、窓から溢れんばかりの光が入ってくる。どうやら、トンネルを抜けたようだ。そして、左手にはすっかり忘れていたが、忘れるんじゃないとばかりに光を反射して主張する指輪。

 将来、何をしたいと決まったことはないけれど。いっそ。

 「――――お嫁さん、なんていいかもなぁ」

 なんて、くすぐったく笑う。


 カタンカタンと電車は進む。僕の未来を祝福せんばかりの光の中へ。

 新たな生活へと向かって。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

もう4月も終わっちゃうけど、新学期って、胸が躍るよね?


5/23 誤字修正しました。

11/15 誤字修正。

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