恐竜 コーン むしずもう
課題ばっかでうんざりだよもう…。
ゆったりした声ってすごく癒されるよね。
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「やれっ! 負けるなっ!」
「そこだっ! 押し切れ!」
夏真っ盛りの8月。夏休み。俺は一人で暮らしているマンションを離れて、久しぶりに実家への道をだらだら歩いていた時だ。
うちの田舎は相当な田舎にあるらしく、都心の我が家から電車で四時間、その後徒歩で二時間は歩く。
現代っ子でもやしな俺にはきつい行程であり、もう数分も歩けば家に着くという所、俺はもう疲れ切ってぐったりしていた。
その矢先にとても元気な子供の声が斜め上の方から聞こえた。見上げてみると、俺が三人くらいで手を伸ばしてやっと一回りできそうなほど太い木の上、その幹が枝分かれする中央あたりに木の板を組み合わせて、秘密基地のようなものが作られているのが見えた。
昔はあんなのやったなぁとか、むしろいまどきあんなの作るってこのご時世どうなのよとか思いつつ。あまりに楽しそうな声に惹かれて、何をしているのか知りたくなった。
「おーい。そこの少年達ー!」
とりあえずそれなりに大きな声で呼びかけてみる。すると、いきなり声が止んだかと思うと、なんの反応もなくなった。
驚かせてしまったかな? なんてちょっと不安になりつつ待っていると、子供の顔が三つほどおずおずと顔をのぞかせてきた。
その顔に笑顔を見せてやると、安心したように向こうも破顔した。
「なんだよにいちゃん。驚かせるなよなー」
「そんなつもりはなかったんだけどな。そんなことより、何してるんだい?」
そう聞いてみると、彼らは顔を見合わせた。そして、いたずらっ子の笑みで言う。
「にいちゃんも見てみる?」
彼らの誘いを受けて少年ズに悟られないように悪戦苦闘しながらなんとか秘密基地部分まで登ると、そこには意外としっかりとした足場に椅子、ちょっとした机まで置かれていた。椅子にはクッションもおいてあり、木の上だからか風通しは良い。普通に居心地はよさそうだ。
ここで木漏れ日を浴びながらする昼寝は最高に気持ちいいだろうと思いながら、机の上に置かれた木の板。その上にマジックで書かれたあれは・・・土俵だろうか? もちろん、人が相撲を取ろうとするならば小さすぎるサイズだ。だいたい二十センチ四方といったところだろうか。
「これは・・・? 何に使うんだ?」
使い道のわからない土俵を前に少年たちに聞いてみると、すごくあきれた表情をされた。
「なんだよにいちゃん知らないのかよー。これはな、こうするんだぜ!」
そういってこの秘密基地の隅の方においてある荷物から、小さな緑色の四角い箱を取り出した。細い棒で構成されており、中の方はとても風通りがいいだろう。また、箱の前方中央にはプラスチックで作られた窓があり、そこから中へと出し入れするようだ。俗にいう虫かごである。中には何匹か虫が入っているようだ。
さっきっから俺と会話しているリーダー格の少年が俺のほうに近づいてくると、その虫かごを掲げる。
「ほら、こいつら戦わせるんだよ」
そういって俺に差し出してきた虫かごには、カブトムシやクワガタをはじめとして、カマキリやカミキリムシ、さらには蝶まで一緒に放り込まれていた。カブトムシやらクワガタならともかく、カマキリと蝶を一緒に入れるのはだめだろう。蝶が食べられかねん。
それを教えてあげるか注意していると、少年がかごを足元におき、中からさっと二匹のカブトムシを取り出す。中には結構な数の虫がいるのに、他の虫を出さずに目的の虫だけを出すとは、なかなかの腕前である。
少年が両手に持ったカブトムシを土俵の中央に向かい合わせにおくと、カブトムシの後ろの方をつつく。どうやらこうするとカブトムシが興奮状態になり、普段より強い力を発揮するんだとか。
いけっといった少年の声を合図にするかのように、二匹のカブトムシはお互いにぶつかり合い、ツノを突き合わせる。後ろでカブトムシを応援する子供たちの声を聴きながら、ついには右側にいたカブトムシが左側にいたカブトムシをひっくり返すように土台から落とし、勝負は決したようだった。少年は素早く二匹を回収すると、俺の方に満面の笑顔で振り返る。
「な! 面白いだろ?」
確かに、意外と面白かった。
その後、10代ももうすぐ終わりという歳でありながら10代にいってるかどうかという子供たちと虫相撲に興じ、実家にたどり着いて風呂に入った後は、食事もとらずに泥のように眠り込んだ。もやしが田舎の体力バカのような(といっても子供なんてどこでも無尽蔵の体力を持っているが)遊びに半日付き合ったのだ。自分でもよく頑張った方だと思う。
もともともやしっ子で出不精の自分がなんでこんな田舎に帰ってきたのかというと、最近化石がマイブームとなった俺が、家の近くで大きな化石が見つかったと聞いて、俺も何か掘れば見つかるんじゃないかとか夢を見たというわけだ。
というわけで俺は今シャベルをもって家から20分ほど歩けばつく山の中の崖の前にいる。一応化石が見つかったところも見てみたのだが、さすがに最近見つかったとあってか、どっかの考古学者とその助手と思われる人たちが近づくのは禁止と言われてしまった。もともとあまり期待していなかったこともありそこまで落胆はしなかったが、やはり見つけた場所で掘りたかったものだ。期待していなかったのに俺がここまでそれなりに重たいスコップなどの道具を持ってきたのはここで掘りたかったわけではなく、更にここから十数分ほど歩いたところにある場所で掘ろうと思っていたからだ。
「ふぃー。つっかれたあ・・・」
自宅も学校も駅に近かったため、ここ二年ほど二十分以上休みなしに歩いたりしなかったためか、久しぶりに歩く三十分を軽く超える工程の山道をシャベルをもって歩くのは相当こたえた。崖を背もたれに座り込むと、ゆったりと空を仰ぎ見る。崖の上の方から生える木が作る影が落ちてきていて、わずかにあたる風がずいぶんと涼しく感じる。雲は蝉の応援をゆったりと聞きながら、それにこたえるためかことさらにゆっくりと空を泳いでいく。それを見て、蝉はさらに大きな声援を送っていく。
ただぼーっと雲の遊泳と蝉の声を感じていると、遠くの方から小さな影が走ってくるのが見えた。
遠目に見る限りは子供のような小さな影だし、虫網のようなものも持っている。特に立ち上がる必要はないだろうと思ったので、そのままこちらに近づいてくる影をぼーっと眺め続ける。どうやら子供のようだ。影はこちらを見つけると。まっすぐこっちに向かって走ってくる。
大きな麦わら帽子に城のタンクトップ、青い半ズボンに虫網、さらに首からは虫かごをぶら下げているという徹底された田舎スタイルだった。
「にいちゃん、何してんの?」
俺に声をかけてきたのは、どうやら昨日木の上にある秘密基地で俺に真っ先に話しかけてきた子供だった。
「さあて、何してると思う?」
普通に教えてあげてもよかったのだが、あえて逆に質問を返してみる。そうすると、子供はしばらく腕を組んでうーんうーん唸っていたが、やがて思いついたように手を合わせた.
「わかった! カブトムシ探してるんだ!」
思わず少しずっこけた。俺の重装備をみてどうやったらカブトムシ探しに見えたのだろうか。カブトムシ探しといえば夕方やら夜なんかに桑の木の幹にはちみつなんかを塗っておいて早朝に取りに行くのが相場だろう。そう思って、彼に聞いてみたのだが、
「そのデカイスコップで土を掘って幼虫から育てるんだろ!?」
と、力いっぱいに返された。
「いや、残念ながらそうじゃないな。カブトムシの幼虫を掘って探すんだったらこんな固い土の崖の下じゃなくて、森のやわらかい土を探した方がいいからな」
「ふーん、それじゃ、何してるんだ?」
普通に教えるだけでも十分面白いリアクションが貰えそうな気がしたが、そのまま教えるのも面白くないので、先ほどの質問で閃いた行動を実行する。
「よくぞ聞いてくれました!!」
声と同時に弾みをつけて飛び上がり、子供の前にしっかりと立って子供を見下ろす。いきなり動いた俺に驚いてまだ動けないようだ。チャンス!
子供が動き出さないうちに、手を大きく動かして後ろの崖を手のひらで打つ。意外と痛い。
「俺はなっ! ここで化石を発掘するつもりなんだ!」
大きく宣言する。この時に背筋をそらせてドヤ顔を作るのも忘れない。キマった・・・。
しかし、そのまま十秒だっても何もリアクションがなかった。
そのまま二十秒、三十秒と時間が経っていく。ドヤ顔キメボーズで微動だにせずにいたが、さすがに沈黙に耐えきれなくなって子供の方を見る。
そこには、こいつバカでー。と言いたそうな顔の子供がいた。
「にいちゃん、バカでー」
言われた。しかもド直球で。
「だってにいちゃん。化石は向こうの方で見つかったんだぜ? あの辺にあるんじゃねーの?」
その質問をされるのを待っていた。
「まぁ、いいから見てなって。なんなら、手伝っていくか?」
俺の問いかけに、少年は満面の笑みを浮かべた。
それから、化石なのか小石なのかわからない石を掘り出し続けること数時間。夕陽も傾いてきて、そろそろ帰ろうかという時間になった頃、やっと探していたものを見つけた。
「おーい! こっち来てみろよ!」
少年に対する口調もずいぶん砕けてきた気がする。
「なんだにいちゃん? なんかあったか?」
「ほらこれ、みてみろよ」
そういって渡したのは、一見ただの石ころ。でも、その一部には貝のような模様が浮き出ている。
「すっげー! 化石だ!」
そういって少年はそれを片手にすっげーすっげーと言いながらじっと化石を見ている。そんなきらきらした目で見ている様子を見ると、なんとか今日中に掘り当てられてよかったと思えた。
「さ、今日は帰ろう」
そういって少年から化石を受け取り、家までゆっくりと帰る。一日の役目を果たして引っ込もうとする太陽と、もの悲しげになくひぐらしの声が心地よかった。少年は分かれ道のところまで何も言わずについてきた。
「それ、やるよ」
化石を掘る、という目標のために出てきたわけだし、自分が持っていてもゴミになるだけであろうものをそのまま少年に渡す。まぁ、少年が俺に返すときに微妙に名残惜しそうな顔をしていたのも原因だが。
「まじで? にいちゃん、いいの?」
「あぁ、もちろんだ」
そう言って少年の頭を撫でてやるのだが、少年は妙に釈然としない、といった表情をしていた。どうやら、一方的にもらうのに気負いを感じているのだろう。ガキのくせに。
「じゃあこうしよう。明日、また手伝ってくれるか?」
少年の肩に手を置き、目線を合わせて言う。少年は、イイ笑顔で、まかせろ! と言ってくれた。
それから一週間ほど、あいつらの分も見つけてやるんだ。って意気込んでいた少年と同じ場所で延々化石発掘にいそしんだのだが、結局見つかったのはあの1個だけだった。
俺も化石を発掘したいなどという突発的な衝動が収まったので、家に帰るよ。と告げた翌日。
家に帰るまでは道のりが長いため、だいぶ朝早く家を出た俺のところに少年はやってきた。
「にいちゃん、ありがとうな!」
そういって手渡されたのは、少年の家でできたトウモロコシだという。一抱えもあるものを五本も。
「あ、ありがとうな」
思わず声が引きつってしまったのは、思った以上に重かったからだ。これを抱えて家に帰るとなると、もやしの俺には相当きつそうだ。
でも、少年の前だから、年上として思いっきり笑って頭を乱暴に撫でてやった。
そして少年は、結局駅まで俺についてきた。二時間も歩き続けたというのに元気に俺と話し続けた。俺の腕が悲鳴を上げ始めたころにやっと解放されて、あぶなくトウモロコシを落とすところだった。
電車の座席に座るころには、もう疲れ切ってクッションにやや落とすような感じでトウモロコシを置いた。いつまでたっても変わりようもない山の景色を眺めながら、来年も帰ってきてもいいかもしれないな。なんて思っていた。
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