コンクリートジャングル すべりだい 国会議事堂
いつもハイテンショな友人に
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「あっついなー」
東京。ビルが立ち並ぶコンクリートジャングル。この春から社会人になった俺は、就職に合わせて引っ越してきたこの街の探検がてら、人の波をかき分けるように進む。俺自身が休みなだけで、今日は普通の平日なのだ。そこらの人にとってはいつも通りの平日で、東京はきっといつも通りの喧騒に包まれている。
そんな中スタバのコーヒーを片手に、俺は自宅周辺の脳内マップ作成を延々と続けていた。具体的には、ただひたすらに街を練り歩いているだけなのだが。
周りの人間の忙しそうな顔を見て少し優越感に浸りながらウィンドウショッピング、または冷やかしを楽しんでいたのだが、ふと、裏路地と言うにも細すぎる脇道が目に入った。脇道というよりは、少し広めの隙間といったほうがいいかもしれない。人一人がやっと通れる広さだろう。
自宅周辺の大きな店は人通り抑え終わっていたから、あとはその周りの細かい店などを確認していこうと思っていたのだが、その道が非常に気になった。そして、今日は休みで、時間が有り余ってることが決め手となり、俺はその裏路地に入ってみることにした。
「よっ…っと、ほっ」
しばらく奥に進んでいくと、壁のパイプに鞄が引っかかったり、少々無理としないと通れない幅があったりと、大柄ではない俺が通るのでさえ苦労するほど狭いところもあった。普段の俺ならば狭い所があった時点で引き返していただろうが、このときの俺は明らかに冒険心でいっぱいだった。この奥には何があるんだろうとただひたすらに道を進んだ。結果はどうせ袋小路だろうと思っていたが、もしかしたら、物語のような『何か』があるかもしれないと思ってしまったのだ。
道はだんだん進みにくくなり、始めはさくさく進めた道も一歩歩くのさえも困難になり、時間の感覚がなくなってきた頃、遠くに光が見えた。
やっと終わりが見えたと、自然と歩くスピードは上がる。光に近づくに連れ道も歩きやすくなっているかのようだ。いや、実際に歩きやすくなっている。
最後の方には始めと同じように歩けるほどになり、ついに裏路地を抜け、光のなかに出る。
「うっ…。眩しい」
だいぶ裏路地が暗かったからか、抜けた途端に真横から差し込む夕陽にたまらず、手で顔を覆う。
――って、夕陽ッ!?
裏路地に入り込んのが大体お昼過ぎのはずだ。今の時期、夕陽が出ていることを考えると、どうやら二、三時間はこの裏路地を歩き続けていたらしい。
そして抜けた先は、東京なのだろうが、俺が知っているところではなかった。
とりあえず、歩きづめで疲れた体を休めるために、あたりを見回してみると、少し先に公園のような所が見えた。足を休めるために、そこへ向かう。
コンクリートジャングルとなっている東京。幼稚園や小学校の隣合わせというわけでもなく、こんな小さな公園が残っていたんだな。と思うほど小さな公園だった。畳1枚分程度の小さな砂場。俺の身長くらいのすべりだい。手を伸ばせば上の支柱に届く程度の高さのブランコ。あと、申し訳程度のジャングルジム。各所は錆びて、そろそろ寿命を伺わせるほど危なっかしかった。これで遊ぶ子供がいたら止めに入りたい。
そして、公園の隅っこには小さな自動販売機とカンを棄てるのであろうゴミ箱、ベンチが並んでいた。これ幸いとコーヒーを買ってベンチに座る。
夕陽に照らされた公園は、どこか時間の流れに追いつけずに固まった世界のようにも見えた。遠くからは人の喧騒などがぼんやりと聞こえる。
隔絶された世界でただひとりコーヒーを飲んで黄昏ていたら、キィ、と金属が軋む音が聞こえた。
「…ん?」
音の方を向いてみれば、子供がひとりあの錆びついたブランコに座っていた。俯いて足を投げ出しているし、特にブランコで遊ぼうという感じでここまできたのではないのだろう。ブランコで遊ぼうとしていたのなら止めに入るところだが、そういうわけでもなさそうなので遠巻きに眺めておくことにする。様子からするともしかしたら何かあったのかもしれないが、うかつに話しかけて警察でも呼ばれたらたまったものではない。
そう思ってせめて帰るまでは様子を見ておこうと何をするでもなく子供を見ていたのだが、ふと顔を上げた子供に気付かれてしまった。
子供はしばらく俺の方を見た末に、口を開いた。
「おじさん、誰?」
おじっ…!!
「せめて、『お兄さん』と言ってくれないかな」
確かに二十も離れた(であろう)相手は十分おじさんかもしれないけどさ。
「それじゃお兄さん、なにしてるの?」
「そういう君こそこんな時間になにしてるんだい? お母さんとかが心配するだろう?」
質問に質問で返す。間違っても脇道に入って道がわからなくなったとは言えない。大人として!
「大丈夫。怒られない」
どこからそんな自身が来るのか、胸をはって答えてくれる。
「そんなことないと思うけどな」
「そんなことより、お兄さん」
そういえばこの子供、まったく表情を変えないな。この頃の子供って表情がコロコロ変わるもんだと思っていたが。
「なんだい?」
「もしかして向こうの道から来た?」
そう言って俺が出てきた脇道を指差す。
「そうだよ。よくわかったね」
勘なのだろうが、ちょっと感心して褒める。でも子供の表情は変わらない。表情筋が硬すぎだろうこの子供。
「たまにお兄さんみたいな人が迷いこむからね。」
「迷いこむ?」
俺の疑問の声に子供は頷く。
「そう、迷いこむ。お兄さんが聞きたいことならそこの道を曲がって真っ直ぐだよ。国会議事堂の隣に出る」
こんどこそ俺は驚いた。俺の聞きたいことまでお見通しとは。
「大体みんな僕に同じ事を聞いてきたからね」
そんなにあの道に入る奴が多いのだろうか。子供が何回も会うなんてな。
「そうか。確かに道がわからなくて困っていたし、教えてくれてありがとよ。俺は帰るが、君はどうするんだ?」
俺の言葉に子供は少し目を閉じると、俺の方を向いて言った。
「そうだね、お母さんが心配するだろうからそろそろ帰るよ。それじゃ、道中気をつけてね」
子供に心配をされるのもどうなんだろうな。と思いつつ一応礼を言っておく。
「ありがとうよ。あと、これ道教えてくれたお礼だ」
そう言ってオレンジジュースを渡す。子供が何か言う前に俺は公園を出て、国会議事堂とやらがあるところに向かって歩き出した。
――――そういや、俺、国会議事堂ってみたことねぇんだけど大丈夫かな?
念のために子供に聞きに行くか悩んだが、すぐにやめた。俺の目的地は国会議事堂ではなく、その国会議事堂に面しているであろう大通りなのだ。タクシーでも捕まえられれば帰れるだろう。
ただ、あんな路地には二度と入らないようにしよう。と心にしっかり刻み、俺は夕日に向かって歩き出した。
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