2.弟は思い出す。
麗王即位より半年程前のこと。
主たる宮、梅宮から離れた小ぶりな屋敷の庭にて。剣の稽古をする姉弟の姿があった。
背の高く、体の動きもよい二人は、動きが華やかで映える。しかしながら、女である姉に比べて、剣の実力では弟に部があった。
カンカン!と木刀を打ち合い、姉に向かって押し込みながら、弟は笑った。
「姉貴〜、そんなんじゃ、武官なんて無理だぜ?」
「うるさい!」
反抗するように木刀を弾き返す姉。二、三手打ち込むが、逆に弟にやり込められる。木刀を担ぎ、弟が呆れて言う。
「ったあく、姉貴はなんだって、こんな無理すんだよ」
「そりゃあ……」
姉は手を止め、じっと見る。
「……あんたが王君に選ばれたら。近くで支えたいじゃないか」
「……そうなのかよ」
思いがけない言葉に、弟は真顔になる。
「ああ。そうさぁ。王に選ばれるのは、きっと、たかちゃん」
穏やかに笑う姉。我が弟なら、立派な王になれる。一点の曇りもない、真っ直ぐな目をして弟を見ている。
そんな眼差しに、照れ臭くなったので、そっぽを向く弟。誤魔化すように、姉に言い放った。
「……でも、女で武官は厳しいと思うけどな。
そもそも、姉貴は、俺より弱いし!」
「ううううるさい!」
ふは、と姉の動揺を笑う弟。
「それに〜。無理だって。族長がこの間、祭祀にがっつり、貢物持ってったって、聞いたぞ?俺が選ばれるわけねえよ」
「それとこれとは、話しは別だろう?」
「そうかなあ〜」
弟の言葉に、しょんぼりとする姉。自分が王になるなど、露程も思わない弟だが、仮にそうなっても、近くで支えたいと願ってくれている姉の気持ちが、嬉しくない訳ではなく。せめて、この弟想いの姉に、別の道を探る。
「武官じゃなくて、他はないのかよ」
「文官とか、難しいこと、無理」
「ああ、姉貴、気が短いもんな! じゃ、女官も無理か!」
「なにをぉ?!」
そう言っていつものように喧嘩して、笑って。つましく暮らす日々が続くと、弟は思っていたのだが。
それが。
王に選ばれたのは、姉貴だった。
ーー正直、面白くない気持ちは、全く無かった訳ではない。まず唖然、が弟にとっては大きかったが。
だが。
王に指名され。
皆の前に立った姉貴、いや、姉上は。
見たこともない、王の風格を持ってて。
凛とした面差し。たなびく艶やかな黒髪。背の高く、立ち姿は堂々たる立ち姿で。赤い王の装束がよく映えた。
それは、誰もが傅かずにいられぬ程の、佇まいで。
ーーああ。敵わねえや。
すとん、と。そうおもえた。そして、今まで見た誰よりも、綺麗だった。
そうして、王選定の儀式を終え、部屋を出た姉貴を弟が探せば。
……王の為に用意された部屋の隅で、姉貴は小さくなって、震えてた。
ーーおい、さっきの風格、どこ行った。
そう言いかけて口をつぐみ耐えた自分を、弟は後で褒めた。
大きい背を、丸めるように小さくして。青ざめて、ぶるぶると。
見た事の無いくらい、怯えている姉の姿。
ーーあ。これは、俺が支えなきゃ、だめだ。
踏ん切りを付けた弟は。
呼び方は変われど、姉貴、と呼んでた頃と何も変わらない口調で。わざと大きな声で、姉を呼んだ。
「あーねーうーえっ!!」
「たか……ひと」
戸惑うように呟く姉。
王になってしまった以上、最早、親兄弟すら、気軽に呼べる立場ではなくなってしまった。
王になるとしたら、弟だと。弟とて、幾らなんでも、いい気はしていないであろう。
そんな諸々の懸念をぶっ飛ばすように、弟が普段の調子で騒ぐ。
「なーに小さくなってんだ、背中曲がるぞ! あと、俺。名前、後で貴臣に変えるから!」
「……え」
驚き固まる姉に、弟は畳み掛ける。
「今は面倒だから、姉上は呼び方変えるとか考えなくていいからな! 覚える事多くなるんだ、弟の名前まで、覚えてられっかよ! 姉上、覚えが悪いんだからさ!」
姉は顔をくしゃっとさせて。
暫し、啜り泣く音だけが鳴っていた部屋。
姉が搾り出すように言った。
「そんなこと、ないよぉ……」
首を横にブンブンと振って、姉が泣き笑いする。
ようやく顔を上げた姉は、泣き腫らしてはいたが、やっといつもの顔になった。
「ありがとう、たかちゃん」
「おうよ!」
弟もにかっと笑った。
そうして即位した姉、麗王は、自信に満ちた輝きに溢れ。
そばに控える弟は、跪きつつ。眩しく、誇らしく、それを見ていた。
*
そんな昔を思い出しながら、今日も弟は書類の山に囲まれて雑務に追われる。
姉王君、麗王は、今日は近くの祭神へ参拝の儀式である。
王以外、女のみが随行を許された儀式の為、弟以下、重臣達は梅宮で留守番。最も、今代は王自体も女であるが。
弟は姉が溜めまくった書類を、片っ端から処理していた。
麗王即位前は、腕っぷしにしか興味がなかった弟も。気づけば文官紛いの仕事まで、がっつり任されている。元より、地頭が良かったのであろう。文句を言いつつこなす弟を、重臣達は微笑ましく頼もしく見ている。
そんな中、駆け込むようにやってきた伝令によって、もたらされた知らせ。
「大変です! 麗王が捕らわれました!」
「ぁあ?!」
瞬間的に、ブチギレる弟!
ノールックで刀を掴み取り、重臣達など気にも止めずに、外へと一気に駆け出した!!
焦って後に続く重臣達。
「ぉお待ちくださいぃいい! 貴臣さまぁああ!」
ーー姉上に危害を加える奴は、許さねえ。覚悟しやがれ!!
弟の目は鋭く光る。
続く!
もう1話続きます!
次回、4月5日22時台に更新予定です!




