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断罪のその夜、悪役令嬢は冷徹騎士に攫われた  作者: 綾瀬蒼


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第8話 王宮へ戻る夜、騎士は令嬢の手を取った

 明け方前の王都は、色が薄い。

 夜の名残が石畳に貼りつき、街灯だけが頼りない輪を作っている。


 修道院跡の裏口を出た私たちは、三人とも外套のフードを深く被った。

 目立たない服装。それでも、セシルの胸元の光だけは誤魔化しきれない。


「光を落とせるか」


 エドガーが低く問う。


 セシルは胸元に手を当て、深く息を吸って吐いた。

 明滅していた灯が、やがて消えかける。完全には消えないが、遠目にはただの布の反射に見える程度だ。


「……これが限界」


「十分だ」


 エドガーは短く言って、先へ歩き出す。

 私とセシルが続く。


 王宮へ向かう道は避けた。大通りではなく、裏道と下町の抜け道。

 エドガーは地図でも持っているのかと思うほど迷いがない。


 それでも、胸の奥のざわつきは消えなかった。

 王宮に近づくほど、空気が重くなる。夜の冷たさとは違う、黙らせる圧。


(私は、戻っていい場所じゃない)


 追放されたばかりの身で王宮へ向かう。正気じゃない。

 でも、正気で生き残れる世界じゃない。


 王宮の外壁が見えた。

 月明かりに浮かぶ石の城。美しいのに、墓標みたいに冷たい。


 エドガーは外壁の影に身を寄せ、周囲を確認する。

 見張りの巡回は規則的。そこに隙間がある。


「ここから入る」


「正門じゃないのね」


「正門は自殺だ」


 そう言い切る声に、冗談の余地はない。

 彼は壁の一部、古い排水口に手をかけた。鉄格子が外されるようになっている。


「先に行け」


 セシルが不安そうに私を見た。

 私は頷き、彼女の手を取って先に潜り込んだ。


 狭い。冷たい。

 石の匂い。水の匂い。昔の王宮が持つ、古い体臭みたいな空気。


 やがて排水路は広くなり、通れる高さになる。

 エドガーが後ろから追いつき、短く言った。


「ここからは音を立てるな」


 セシルが頷く。

 私も頷いたが、心臓は勝手に音を立てている。


 地下道を進むと、壁の模様が変わった。

 ただの排水路ではない。石に彫られた文様。祈祷のための紋章。宗教施設の地下。


 私は掌の刻印が熱を帯びるのを感じた。

 近い。間違いなく、近い。


「……ここ」


 声が漏れた。

 エドガーが振り向き、私の顔を見る。


「反応してるな」


「ええ。……気持ち悪いくらいに」


 セシルが小さく息を呑む。


「レティシア様、手……」


 彼女が見ているのは私の掌ではなく、私の指先の震えだった。

 私は拳を握りしめ、震えを誤魔化す。


 そのとき、エドガーが私の手を取った。


 掌の刻印に触れないように、指だけを絡める。

 騎士の手は硬く、温かい。


「……歩けるか」


 囁くような声。

 私は不意を突かれて、うまく言葉が出なかった。


「歩けるわ。子ども扱いしないで」


「子ども扱いじゃない」


 エドガーは手を放さない。


「お前が転べば音が出る。それは困る」


 また合理性。

 でも、その合理性の形をした優しさに、胸が詰まる。


 私たちは手を繋いだまま、暗い通路を進んだ。


 やがて石の扉が現れた。

 扉には薄い銀の線で円と十字が刻まれている。祈祷室の封印。


 セシルが唇を噛む。


「……いやな感じがする」


「正しい感覚だ」


 エドガーが言い、扉の前で膝をつく。

 鍵穴ではない。仕掛けだ。彼は指先で刻印をなぞり、わずかに力を込める。


 小さな音。

 封印がほどけるように、銀の線が消えた。


「入る」


 扉が開き、冷たい空気が流れ出す。

 中は小さな石室。中央に台座。壁には古い布。蝋燭立て。乾いた血の匂いが、薄く残っていた。


 私は喉の奥がひりつく。

 記憶の匂いだ。


 台座の上に、金属の輪が置かれていた。

 それを見た瞬間、私の掌の刻印が焼けるように熱くなる。


「……これ」


 私が呟くと、セシルがふらついた。

 彼女の胸元が光り、思わず祈るように手を組む。


「やめろ!」


 エドガーが鋭く止めた。

 セシルは慌てて手をほどき、呼吸を整えようとする。だが光が勝手に強まる。


 台座の輪が、白い光に反応して淡く光った。

 次に、私の掌の刻印が共鳴する。白と熱が絡み、石室の空気が震える。


(まずい)


 この場所は、聖女の光と私の刻印が揃うことで“起動”する。

 そんな仕組みがあるとしか思えない。


 エドガーが即座に私の手を引き、台座から距離を取らせた。


「触るな。見るな。今は」


「でも、証拠が――」


「証拠は逃げない。お前が死ねば終わる」


 言い方は冷たいのに、握る手は強い。

 私は唇を噛んだ。


 セシルが震える声で言う。


「レティシア様……わたし、聞こえる。ここ、誰かの声が……」


 耳を澄ますと、確かに音がする。

 石室の外。足音。複数。巡回ではない。急いでいる。


「来た」


 エドガーの声が落ちる。


「――退路へ戻る。今すぐ」


 私たちは扉へ向かった。

 その瞬間、石室の奥の壁が、音もなく動いた。


 隠し扉。

 そこから現れたのは、黒い法衣の男――いや、男とも限らない。顔が布で覆われ、目だけが見える。


「やはり、来たか。刻印持ち」


 低い声が、石を震わせた。

 背後には兵が二人。王宮の兵装ではない。宗教の護衛のような装備。


 エドガーが剣を抜く。

 私とセシルを背にかばう。


「誰だ」


「名を知る必要はない。近衛よ。お前が守ろうとする令嬢は“器”だ」


 器。

 胸の奥が冷え、同時に怒りが立つ。


 法衣の者は、セシルへ視線を向けた。


「聖女の光も、ここへ戻った。これで揃う。……あとは、起動させるだけ」


 起動。

 さっき輪が光った現象。やはり儀式装置だ。


 エドガーが低く言う。


「レティシア、セシル。走れ。俺が止める」


 また、置いていくという選択。

 私は即座に首を振りかけ――そのとき、セシルが私の袖を引いた。


「……行こう。今は」


 セシルの目は濡れているのに、強い。

 彼女は今夜、初めて自分で判断している。


 私は頷いた。

 そしてエドガーの手を、ぎゅっと握り返した。


「生きて。絶対に」


 言ってしまってから、顔が熱くなる。

 でも引っ込めない。引っ込められない。


 エドガーは一瞬だけ目を細め、短く答えた。


「当然だ」


 私たちは扉を飛び出し、来た道を走った。

 背後で金属が鳴り、剣と何かがぶつかる音がする。息が詰まる。


 通路を曲がった瞬間、セシルの胸元の光が強まった。

 彼女が叫ぶ。


「追ってくる……! ここ、閉じ込められる!」


 前方の石扉が、音もなく降り始めた。

 出口が塞がれる。


 私は走りながら、掌の刻印の熱に耐えた。

 このままでは、出られない。


 ――なら。


 私は覚悟を決め、手袋を握りしめた。

 刻印を隠すための布。けれど今は、逆に使う。


「セシル。光を、最小にして。私が――」


 言い終わる前に、石扉が半分まで降りた。

 間に合わない。


 そのとき、背後から響いた。


「伏せろ!」


 エドガーの声。

 次いで、強烈な衝撃音。


 石室の方角で、何かが爆ぜた。

 封印が破れたような振動。私とセシルがよろめく。


 石扉の降下が、一瞬だけ止まる。

 その隙を逃さず、私たちは滑り込むように扉の下を抜けた。


 扉が完全に閉まる。

 闇の向こうに、エドガーが残された。


 私は息を呑み、扉に手を当てた。

 冷たい石が、現実を突きつける。


(今度こそ、戻れないかもしれない)


 セシルが震える声で言う。


「レティシア様……エドガー様……」


 私は歯を食いしばり、涙を飲み込んだ。

 悪役令嬢の仮面を、もう一度だけ被る。


「大丈夫よ。あの人は、当然戻ってくる」


 自分に言い聞かせるように。


 そして私は理解した。

 王宮の地下には、確かに“装置”がある。

 私とセシルが揃えば起動する何かが。


 だから私は、追われる。

 消される。


 でも――逃げるだけでは終わらない。


 エドガーを助けるためにも、真実を掴むためにも。

 私は次の一手を選ぶ。

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