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断罪のその夜、悪役令嬢は冷徹騎士に攫われた  作者: 綾瀬蒼


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第4話 悪役令嬢は血を隠し、騎士は嘘を許さない

 路地は狭く、湿っていた。

 石壁に反響する足音が三つ。私とセシルと、前を走るエドガー。


 背後から、黒い霧が追ってくる。

 音はないのに、気配だけが耳を刺す。闇の匂いが、喉の奥に絡みつく。


「左だ」


 エドガーが角を曲がる。私たちは従う。

 曲がった先には、行き止まりに見える壁。けれど彼はためらいなく手を伸ばし、古い鉄輪を引いた。


 壁の一部が沈む。

 再び隠し扉。王都は逃げ道だらけだ。


「入れ。すぐ閉める」


 私とセシルが滑り込むと、扉は音もなく戻った。

 外の闇の気配が、壁の向こうでうねる。けれど入っては来ない。


 通路は短く、すぐに小さな部屋へ出た。

 石造りの簡素な休憩室。机と椅子、最低限の寝台、薬箱。――ここは明らかに、エドガーの“拠点”だ。


 息を整えようとした瞬間、肩の傷が脈打った。

 熱と痛みが遅れて襲い、私は歯を食いしばる。


 セシルが駆け寄り、私の肩に手を伸ばしかけて止まった。

 さっき私に「見えた」せいで、触れるのが怖いのかもしれない。


「レティシア様……血が」


「平気よ」


 平気なわけがない。

 でも、平気と言うしかない。私は悪役令嬢で、弱みは刃になる。


 エドガーが私の前に立ち、無言で外套を脱いだ。

 そして薬箱を開け、布と薬瓶を取り出す。


「座れ」


「命令しないで」


「倒れたら運ぶ手間が増える」


 ぶっきらぼうな理屈。

 私は舌打ちしたいのをこらえ、椅子に座った。


 エドガーの指が、私の肩の裂けた布をためらいなく裂く。

 空気に触れて、傷がひりついた。


「……っ」


 声を漏らしたのは、私よりセシルだった。


「ごめんなさい……わたしが来たせいで……」


「違う」


 エドガーは視線を上げずに言う。


「来たのは闇だ。お前のせいじゃない」


 その言い方は、セシルを慰めているようで、慰めていない。

 事実だけを言う。だから余計に重い。


 彼は布で血を拭い、薬を塗った。

 冷たい刺激が皮膚に走る。


「痛む?」


「……少し」


 答えた瞬間、私は自分が弱音を吐いたことに腹が立った。

 けれど、エドガーは何も言わない。ただ手を止めず、包帯を巻いた。


 その距離の近さが、妙に落ち着かなかった。

 男の手は硬く、温かい。私の肌に触れるたび、心臓が不規則に跳ねる。


(……こんなときに、何を)


 私は視線を逸らし、セシルへ向けた。


「あなた。どうして一人だったの」


 セシルは肩を震わせ、少しだけ俯く。


「皆さん……広間のあと、わたしを部屋まで送ってくれて。だけど、途中で……」


「途中で?」


「眠くなって……気づいたら、ひとりで廊下にいました」


 眠くなって。

 それは、薬か魔術か。――誘導。


「それで、導かれたと?」


「……はい。光が、見えたんです。レティシア様がいる方向が」


 光。

 聖女の力が、誰かに利用されている可能性が高い。

 私が口を開くより先に、エドガーが言った。


「誰の指示で来た」


 セシルが首を振る。


「指示なんて……誰も。わたし、勝手に……」


 エドガーは包帯の端を結び、私の肩から手を離した。

 それから立ち上がり、セシルを真正面から見据える。


「嘘をつくな」


 空気が冷える。

 セシルの目が潤み、唇が震えた。


「嘘じゃないです……本当に、わたし……ただ、心配で……」


 その涙は本物だ。

 でも、“本物”だからといって無関係とは限らない。本人が知らないうちに使われることはある。


 私は息を吸い、言葉を選んだ。


「セシル。あなたがここに来たこと自体が危険なの。あなたを餌にして、私を釣ろうとしている」


「……わたしが?」


「そう。あなたが悪いわけじゃない。けれど、あなたは……」


 “聖女”は、国家の資源だ。

 ゲームの中では恋愛の装置でも、この世界では政治の装置だ。


 セシルは、私の言葉を理解しきれない顔で、涙を拭った。


「それでも……レティシア様に聞きたいことがあります」


 来た。

 さっき見えたという“秘密”の話。


 私は背筋を伸ばし、笑みを作る。悪役の笑み。


「聞けば? ただし期待しないで。私はあなたの味方じゃないもの」


 セシルが苦しそうに眉を寄せる。


「……見えたんです。レティシア様が、誰かに“奪われた”ところ。泣いてる子ども……血の匂い……」


 喉が、きしんだ。


(やめて)


 それは、私が隠してきた真実の断片。

 私の出生に関わる、王宮の罪。

 だからこそ、私は絶対に口を割れない。


 エドガーが、静かに割って入った。


「そこまでだ」


「でも!」


「今夜、これ以上口にすれば、お前は死ぬ」


 セシルが固まる。

 私は、エドガーの言葉に別の意味を感じ取った。


 ――セシルが死ぬ。

 そして私も死ぬ。

 だから“口にするな”。


「エドガー卿」


 私は低く呼ぶ。

 彼は私を見る。灰色の瞳が、逃げ場を塞ぐ。


「あなたは、どこまで知っているの」


「全部じゃない」


「なら、なぜそんなに確信してるの」


 エドガーは一拍置いて、言った。


「俺は、三年前の“聖女選定”の夜に、王宮で血を見た」


 三年前。

 セシルがこの国に“現れた”とされる時期。

 私が、今の家に引き取られた時期。


 心臓が嫌な音を立てる。


「関係者が消された。証拠も消された。だが、匂いは残る。今夜の闇は、あの夜と同じ匂いがする」


 エドガーの声は淡々としているのに、奥に怒りがある。

 それは、正義感ではなく、もっと個人的な怒りだ。


「だから、お前が必要だ。お前の“持っているもの”が」


 私は笑うべきなのに、笑えなかった。

 肩の包帯が熱を帯びる。血がまだ滲んでいるのかもしれない。


 セシルが、恐る恐る言う。


「……わたし、どうしたら」


 私は答える前に、エドガーが先に言った。


「今夜はここにいる。動くな。誰にも会うな」


「でも、王太子殿下が心配します……」


 その名前で、胸の奥がざらついた。

 王太子はセシルを守る側だ。けれど、その周囲には“利用する側”もいる。


 エドガーは冷たく言い切る。


「王太子の元へ戻れば、また狙われる」


 セシルの顔色が変わる。

 私は、ふと気づいた。


(この子は、私だけじゃなく、自分の立場すら理解していない)


 だからこそ、危うい。


 そのとき、部屋の外――地下道の先で、かすかな振動がした。

 何かが壁を撫でるような音。闇の霧とは違う。もっと――人間の気配。


 エドガーが即座に灯りを落とした。

 暗闇の中で、彼の指が私の口元に触れる。


「声を出すな」


 近い。

 息が、頬にかかる。私は息を止めた。


 次の瞬間、扉の向こうから、低い男の声が聞こえた。


「……近衛の犬め。女を匿っても無駄だ。令嬢は“不要”だ」


 別口の刺客。

 しかも、ひとりではない。足音が複数。


 エドガーの指が離れ、剣の柄を握る音がした。

 暗闇の中、灰色の瞳だけが光る。


 彼が、私に囁く。


「レティシア。選べ」


「……何を」


「このまま俺を信じるか。今、ここで逃げるか」


 私は笑いそうになった。

 逃げる? どこへ?

 私の破滅ルートの終点は、どこへ行ってもついてくる。


 けれど――彼の言葉は、試している。

 私が“協力者”になれるかどうかを。


 扉の外で、金属が擦れる音。

 鍵がこじ開けられようとしている。


 私は息を吸い、囁き返した。


「……信じますわ。今夜だけは」


 エドガーの口元が、ほんの僅かに緩んだ気がした。

 そして彼は、扉へ向けて一歩踏み出す。


「なら、守る」


 その一言が、なぜか私の胸を熱くした。

 悪役令嬢のはずの私が、守られる側になるなんて。


 扉が――外から、破られた。

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