表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪のその夜、悪役令嬢は冷徹騎士に攫われた  作者: 綾瀬蒼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/13

第3話 聖女は扉の向こうで微笑む

 扉の隙間から差し込む廊下の灯りが、倉庫の床を細く切り取った。

 その光の縁に、白い指先がかかっている。


「……レティシア様。ここに、いらっしゃいますよね?」


 セシルの声は柔らかい。けれど、柔らかいだけではない。

 ひどく“確信”に満ちている。


 エドガーの剣先が、鞘の中でわずかに鳴った。

 抜かない。だが抜ける位置。彼の背が私を隠している。


「下がれ」


 低く命じるような声。

 それは近衛騎士が使う声だ。学園で見せたことのない、王宮のそれ。


 扉が、さらに開いた。

 白いドレスの裾が見え、次に金色の髪が覗く。セシルは一歩だけ中へ踏み込む。――ひとりで。


 ひとり? 護衛はいないの?


 その不自然さに、私の背中が冷たくなる。

 この子は今夜、断罪の主役だったはずだ。彼女をひとりで歩かせる人間がいるなら、それは“守る側”ではない。


「エドガー様、ですよね。学園の広間でお見かけしました」


 セシルは礼儀正しく頭を下げる。

 その仕草は可憐で、無害に見える。けれど、目が私を探している。


「レティシア様と、お話がしたいんです。少しだけでいいの」


「拒否する」


 エドガーは即答した。


 セシルが困ったように眉を寄せる。

 その表情は、学園で見せた“傷ついた聖女”そのままだ。


「どうしてですか? わたし、ずっと――」


「今夜、この場所に来るべきではない」


 エドガーの声は変わらない。

 だが、セシルは一歩も引かない。


「でも、レティシア様が危ないって聞いたんです」


 聞いた。

 誰に。


 私の胸の奥で、最悪の想像が形になる。


(誰かが、この子を餌にしている)


 刺客が“別口”なら、こちらを探す手段が必要だ。

 そして誰よりも“レティシアを探す理由”を持つ存在がいる。――セシルだ。


 私は、エドガーの背の向こうから一歩出た。


「お話?」


 声が、想像以上に冷たく響いた。

 自分でも驚く。けれど、驚いている暇はない。


 セシルの瞳がぱっと明るくなる。

 嬉しそうに微笑んで――その笑みが、私の喉を締めつけた。


「レティシア様!」


 名前を呼ばれるだけで、胸がざわつく。

 私は悪役令嬢として、彼女を虐めたことになっている。

 その“物語”の中で、私が彼女に優しくする権利はない。


「あなた、どうしてここがわかったの」


 私は端的に聞いた。

 セシルは小首を傾げ、柔らかく言う。


「わかりました。……だって、わたし、導かれるんです」


 導かれる。

 その言い方は、あまりにも。


(聖女の力――?)


 乙女ゲームの設定では、聖女には“癒し”と“浄化”の力がある。

 そして、終盤にもう一つ――“道を示す”ような演出があった。

 ただしそれは、プレイヤーの都合のいい演出で、現実の力として説明されたことはない。


 けれど、今この世界では。

 それが、現実として存在している。


 エドガーが短く舌打ちした。


「お前が勝手に動くほど、状況は悪化する」


「ごめんなさい。でも……レティシア様を置いて帰れません」


 セシルは、私に向かって一歩近づいた。

 距離が詰まる。私は反射的に後退しそうになり、踏みとどまった。


「悪役令嬢を助けたいの? あなたを苛めた相手を?」


 嫌味のつもりだった。

 けれどセシルは、ためらわず頷く。


「はい。だって、わたし、レティシア様が本当は悪い人じゃないって……思うから」


 思う。

 証拠もなく。根拠もなく。

 その無垢さが、私には凶器に見えた。


 ――そのとき。


 倉庫の奥、積まれた木箱の影で、空気が僅かに揺れた。

 見えない魔術の膜が擦れる音。エドガーの気配が鋭くなる。


「来るぞ」


 低い声が落ちた瞬間、扉の外の廊下が暗くなった。

 灯りが消えたのではない。灯りが“吸われた”。


 影が、廊下を満たす。

 黒い霧のようなものが、扉の隙間から滲み込んでくる。


「……っ」


 セシルが息を呑む。


 エドガーは私とセシルの間に立ち、剣を抜いた。

 銀の刃が暗闇を切り裂く。


「下がれ、二人とも」


 刃の先が、霧を裂いた。

 しかし霧は刃を避けるように流れ、まるで意思を持つ蛇のように倉庫へ入り込む。


 ――狙いは私。

 いや、今夜はそれだけじゃない。


 霧が、セシルの足元へ絡みつこうとした。


「セシル!」


 私は咄嗟に彼女の腕を掴み、引いた。

 その瞬間、セシルの指先が私の手袋に触れ――


 熱が走った。


 指先から腕へ、腕から胸へ。

 私の中の何かが、無理やり引きずり出されるような感覚。

 目の奥に白い光が弾け、耳鳴りがした。


「……見えた」


 セシルが、震える声で呟く。


「レティシア様……あなた――」


 言いかけた言葉が、途切れる。

 セシルの瞳が、驚きと恐怖と、そして――同情で揺れた。


 私は、背筋が凍るのを感じた。


(やめて。見ないで)


 見られたら終わる。

 私が隠してきた“真実”の欠片が、今、この子に触れた。


 エドガーが私の肩を掴んだ。


「お前ら、出口へ――!」


 言葉が終わる前に、霧が凝縮した。

 黒い塊が形を持ち、刃のように尖り――エドガーの胸元へ飛ぶ。


 反射で彼が剣を振る。

 刃が塊を裂く。だが、裂けた影が別の形になり、床を滑って私へ伸びた。


 私は逃げるより先に、セシルを庇うように身を捻った。

 悪役令嬢らしくない行動。けれど、体が勝手に動いた。


 影の刃が、私の肩を掠めた。


 熱い。

 布が裂け、血が一筋、腕を伝う。


「レティシア様!」


 セシルの叫びが響く。

 その瞬間、彼女の胸元が淡く光った。祈るように両手を重ねる。


「お願い……やめて……!」


 白い光が迸った。

 霧が、怯えたように後退する。空気が震え、闇が薄れる。


 ――浄化。


 ゲームの演出では綺麗な光で終わるはずのそれが、現実では“抵抗”だとわかった。

 闇は消えきらない。むしろ、怒っている。


 霧が、壁を叩いた。

 木箱が弾け、乾いた薬草が舞う。倉庫の空気が、粉塵と魔力で濁る。


「二人とも、今だ!」


 エドガーが私たちを押し、奥の小扉へ向かわせた。

 私は肩の痛みをこらえながら走る。セシルがすぐ後ろをついてくる。


 小扉を開けた先は、狭い路地だった。

 冷たい外気が肺に入る。


 背後で倉庫が軋み、闇の霧が外へ溢れ出した。

 追ってくる。


「分かれない。俺の指示に従え」


 エドガーが言う。

 私は頷くしかない。セシルも唇を噛んで頷いた。


 走りながら、セシルが私に叫ぶ。


「レティシア様! さっき……見えたんです。あなた、誰かに――」


「言わないで!」


 私の声が、夜を裂いた。

 自分でも驚くほど必死だった。


 セシルが目を見開く。

 その表情が、確信を強める。


 エドガーが低く言った。


「後で話す。今は、生き残る」


 私たちは闇に追われながら、王都の裏道へ消えていく。

 そして私は理解した。


 この夜、変わったのは刺客の数だけじゃない。

 ――聖女に、私の秘密が触れた。


 もう“何も知らないふり”はできない。

最後までお読みいただきありがとうございます。


『おもしろい』『続きが見たい』と思いましたら…


下にある☆☆☆☆☆から、作品への評価をお願いします。


面白かったら星5つ、正直な感想で構いません。


ブックマークもしていただけると嬉しいです。


よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ