第13話 護衛交代、冷徹騎士は外される
その日の午後、旧客室棟の空気が変わった。
窓の外を通る足音が増え、扉の前に立つ兵の気配が“入れ替わった”のが分かる。
エドガーの気配ではない。
彼は動かなくても分かる。岩のようにそこにいる。
今の気配は、同じ形をしていて中身が軽い。命令に従うだけの足取り。
扉が開き、王太子クラウスが入ってきた。
今日の彼は、昨夜よりも王太子の顔をしている。目の奥に疲れを隠し、表情を整えた顔。
「レティシア。動きが出た」
私は椅子から立ち上がり、礼をするふりだけした。
「聖堂派?」
「そうだ。……“保護の形式が不適切”だと苦情が来た」
形式。
つまり、エドガーが監視役であることが気に入らない。
私は即座に理解した。
「外すのね」
王太子は目を逸らさずに頷く。
「外さざるを得ない。正面から拒めば、今度は『王太子が聖堂派に反逆している』という構図にされる」
「だからって」
「だから代替案を用意した」
王太子が扉の外へ合図する。
すぐに、甲冑の擦れる音。人が入ってきた。
背が高い男。金糸の混じった制服。近衛の上位。
顔は整っているが、目が笑っていない。
彼は礼儀正しく頭を下げた。
「レティシア様。監視役、ならびに護衛役を拝命しました。近衛騎士隊副隊長、ルーファス・ヴァレン」
副隊長。
エドガーより上。つまり、権限で潰しに来た。
私は笑った。
「ご丁寧に。私、断罪された追放者ですのに」
「身の安全が最優先です。危険が迫っていますから」
綺麗な言葉。
でも匂いがする。香の匂いではない。政治の匂い。
王太子が言う。
「エドガーは一時的に外す。だが完全に切るわけじゃない。俺の側に置く」
「一時的?」
私は王太子を見上げた。
「彼を外した瞬間に、私は狙われる。……そう言ったのはあなたです」
王太子は短く息を吐く。
「分かっている。だからルーファスを置く。彼は俺の命令に従う」
従う。
その言葉が、逆に不安だった。従うだけの人間は、命令が変われば簡単に裏切る。
ルーファスが私に向かって穏やかに言う。
「ご安心ください。エドガー殿の功績は理解しております。昨夜の件も――」
「昨夜の件?」
私はわざと被せた。
「あなた、どこまで知ってるの」
ルーファスは笑みを崩さない。
「必要な範囲です。令嬢を守るために」
必要な範囲。
それは、口を塞ぐのに十分な範囲でもある。
王太子が机に一枚の書状を置いた。
封蝋は王太子の印。
「これは正式な命令書だ。監視役交代の通達。今この瞬間から、エドガーは配置換えになる」
胸の奥が、きゅっと縮む。
“外される”。第12話で言った通りだ。
私は笑い、頷いた。
「了解ですわ。形式が大事なら、形式通りに」
王太子の眉がわずかに動く。
私が素直すぎるのを警戒したのだろう。
私は続けた。
「ただし、条件があります」
「また条件か」
王太子は小さく笑ったが、目は笑っていない。
「言え」
「ルーファス副隊長が監視役なら、私とセシルの接触は制限しないで。彼女は私の鍵――じゃなくて、協力者よ。私にとって必要」
王太子は頷き、ルーファスを見た。
「可能か」
「可能です。ですが、会うのは決めた時間に。場所も限定します」
限定。
管理。檻。
私は首を傾げた。
「じゃあ、私は自由に歩けないのね」
「当然です」
ルーファスが穏やかに言う。
「王宮内は危険です。あなたを狙う者がいる。……だからこそ、私がいる」
言葉が甘い。
甘い言葉ほど、縛る。
王太子が立ち上がった。
「決まりだ。今夜、聖堂派はもう一度動く。お前が“器”として回収されるかどうか、試される。……耐えろ」
耐えろ。
それは命令であり、祈りでもあった。
王太子が去ろうとしたとき、私は言った。
「殿下。ひとつだけ」
「何だ」
「エドガーは、どこにいるの」
王太子は一瞬だけ黙り、答えた。
「王宮内務の詰所。俺の目の届く場所だ」
嘘か本当か。
私は表情に出さず、頷いた。
扉が閉まり、王太子が去る。
部屋に残ったのは、私とルーファス。
ルーファスは扉の前に立ち、柔らかな声で言った。
「レティシア様。あなたは賢い。だから無駄な抵抗はしないでしょう」
「抵抗?」
「あなたを守るための、当然の管理です」
私は椅子に座り、手袋を膝に置いた。
掌の刻印が、ほんの僅かに熱い。
「管理が好きなのね」
「秩序が好きなのです」
ルーファスは微笑む。
「秩序がなければ、聖女は輝けない。器も、正しく使われない」
器。
この男も同じ言葉を使う。
私は笑った。
「ねえ、副隊長。あなた、私を守るって言ったわね」
「はい」
「なら、約束して。私の口を塞がないで」
ルーファスの笑みが、ほんの僅かに薄くなる。
それだけで十分だった。
「必要な範囲で」
また、それ。
私は息を吐き、心の中で決める。
(この男は敵側の可能性が高い)
少なくとも、聖堂派の“言葉”に染まっている。
直接の黒幕ではなくても、利用される側ではない。利用する側だ。
エドガーを外したのは、偶然ではない。
私と彼の繋がりが、邪魔になったから。
なら――私は逆に利用する。
“護衛交代”という状況そのものを、罠にする。
ルーファスが言った。
「今夜、あなたは移動します。より安全な場所へ」
安全。
その言葉が、喉の奥で苦くなる。
「どこへ?」
ルーファスは優しく答えた。
「祈祷室の近くです。万が一のとき、すぐに――“処置”ができるように」
処置。
起動。
回収。
私は笑みを崩さなかった。
悪役令嬢は、憎まれている間が一番動きやすい。
「分かりましたわ。案内して」
ルーファスが頷き、扉へ手をかける。
その背に向けて、私は心の中で呟いた。
(エドガー。あなたが外されたなら、私は私で動く。あなたに背中を預けたまま)
夜が近づく。
そして、王宮の奥の奥で――“器”を縛る手が、確実に伸びてくる。




