たぶん、剣と魔法の世界⑥
「カリナさん、不躾な質問ですが、前世ではどなたと最後に会われていたのか、どんな状況だったのか、覚えていますか?」
お医者様が口を開く。
「とても複雑で悩ましい状況かと思いますが、もし記憶がはっきりされているのであれば、少しずつで構いませんから教えてください。レティちゃんも私もカリナさんの味方です。一緒に悩んで最善を選んでいきましょう。」
さすがお医者様である。ヤケになりそうな患者にもう特効薬を出してくれた。
睡眠という逃げ道に走り出そうとしていた足を止め、考える。
記憶がない。これが一番の問題である。記憶さえあれば二人の力を借りて死亡フラグを回避することはきっと容易だっただろう。
でも繰り返すが記憶がないのである。
大体のことは昨日のことのように鮮明に覚えているのに、自分が死んだ自覚がない。
よっぽど怖い思いをしたのだろうか。かわいそうな前世の私。
もしくは実は死んでなかったりして!そもそも転生というファンタジーが実在した時点で、死んでないけど転生!みたいなミラクルもあったり……して?その場合は私の魂は二つに分かれるのか?
どんどん現実逃避をしてしまう悪い癖に気づき、とにかく口を開いた。
「まずは、」
そう、まずは。
「まずは、お二人に感謝しています。ありがとうございます。とても心細くて、不安で、どうしたらいいのか分からないこの状況で、お二人が味方でいてくれることが何よりも嬉しいです。これから、今日から、仲良くしてもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします。」
二人の顔をしっかり見て言うと、レティちゃんはあたたかく微笑み、その横で、お医者様が大きく目を開いてキョトンとした顔をした後、声を出して笑った。
「貴女は自分の険しい未来よりまず先に私たちに感謝を伝えてくれる方なんですね。予想していない答えだったのでつい笑ってしまいました。」
この人こんな笑い方するんだ〜とボーッと見惚れた後、焦って訂正を入れる。
「いえ……そんな大それたことはなくて、言葉に詰まったので先に思ってることを口にしただけなんです……。」
「……というと?」
「端的に言います。前世の記憶は昨日のことのようにはっきりと覚えています。ただ、死んだ記憶はありません。」
レティちゃんの顔が強張る。少し悲しそうな顔をした後、真剣な顔で口を開く。
「カリナお嬢様、私がずっとそばにおります。不安な時や元気のない時、特に意味がない時であっても、いつでも私のことを頼ってくださいませ。不肖レティ、全力でお支えいたします。」
レティちゃんも前世の私が碌でもない殺され方をしたと考えたみたいだ。
怪訝な顔をしていたお医者が、椅子から立ち上がり「失礼します」とカリナの腕についたレースのフリフリを捲し上げる。
「カリナさん、少し触診してもよろしいでしょうか。痛かったり、触られて嫌なところがないか確認させてください。」
もう触ってるじゃん。(笑)と思いながら、「お願いします。」と口にする。
この世界ではレディの身体に許可なく触るのはマナー違反ではないらしい。……と思ったが、単純に彼の医者という職業がそうさせているのかもしれない。
左手の指先から肩、首周り、右手の肩から指先。顔周りや頭、耳。左足の指先から付け根、右足の指先から付け根。丁寧に、優しく触られる。
とんでもないイケメンにじっくり全身を触られ、ときおり「大丈夫ですか?」と言葉が降る。
畏れ多くて、だんだんと体がこわばり、顔が硬直し始める。
それを見ていたレティちゃんが何かを閃いた顔をして、代役を申し出てくれた。
「ルーク様、残りは私が。」
そこで初めてお医者様の名前を聞いていないことに気づく。
「ルーク様と仰るんですね。」
優しく微笑みながら、彼が答える。
「ええ、申し遅れました。ルーク・スメルティンと申します。ぜひ、仲良くしてくださいね。」




