たぶん、剣と魔法の世界③
レティちゃんは、たった数時間共にしただけだが、今の唯一の心の拠り所だった。
この子が味方でいてくれますようにと願うほど、あたたかかったのだ。
「すみません、分からないんです。今言えることは、それだけで、今、私、何も分からないんです。」
泣くべきではない。我慢しようと思うほどに涙が流れる。
死にたくない。死亡フラグを回避しなければいけない。判断しなければいけない。この人は敵なのか味方なのか。うまく立ち回らなければいけない。少しでも生存率をあげるために。
転生後、気づかないふりをして端に追いやっていた不安が溢れ出す。
「レティちゃんを、呼んでもいいですか。」
気づけば口から出してしまっていた。
このお医者様も、レティちゃんも、何かが変なことに気づいている。
敵か味方か何も分からない。
けれど、この二人を味方につけよう。
というか、この二人に味方でいてほしい。
「お二人に聞いてほしい、大切な話があります。」
お医者様はただ頷くと、「呼んできます。」と言って部屋を出た。
まだ止まらない涙を拭いながら、拭くものがないかと辺りを見渡すと、サイドテーブルの上にいくつか物があることに気が付いた。
オルゴールと、ハンカチと……日記帳だ。
まずハンカチを手に取り頬や顎、目元を拭う。
ハンカチには「C」の刺繍がある。
不意に、自分自身のことについても何も知らないことに気付く。
顔も、名前も、家族構成も、何が好きで、何が嫌いかも。
そもそもこの身体の元々の魂はどこに行ったのだろう。
婚約破棄を突き付けられて、頭を怪我して倒れるまでの魂。
日記帳に手を伸ばす。
自分のものであるはずだが、魂で言えば他人の日記帳だ。
「読みまーす……。」申し訳程度に誰かに許可を取り、開く。
表紙もそうだが、英語に似た文字が羅列されていて、それが難なく読める。
これが噂の転生チート。ありがたーい、ご都合主義だ。
⚪︎月×日
日記を書くことにした。
もう何冊目だろう。
少しの間は続くのに、いつも気付くと真っ白なまま放置しちゃってるんだよな。
今回こそは最後のページまで書き切ろうね、カリーナちゃん。
⚪︎月△日
今日もママとパパは冷戦状態。
怒鳴り合ってないだけマシかも。
あれだけやめてって言ったのに、またお酒を飲んでた。こんな生活、いつまで続くんだろう。
⚪︎月⚪︎日
今日は前から約束していたお出かけの日。楽しみにしていたのに、またドタキャン。
楽しみにしていることはいつも叶わない。
期待しなければ叶った時に二倍喜べるかもね。
読んでいて苦しくなる。この子に良いことがありますようにと願う。
そして日記を読み進めるごとに確信する。
この子は前世の私と同じような境遇で過ごしていた。
なんて偶然……と思ったが、偶然ではないかもしれない。同じ境遇の私だからこそ、この子に転生したのかもしれない。
前世の辛かったり寂しかったりした記憶がまるで昨日のことのように思い出され、苦しくなり日記帳を閉じた。
「カリーナ……私の名前……。」
絶対に幸せになろう。絶対に死亡フラグを回避しよう。
ふわふわした存在だが、カリーナのことを知れただけで、心細さが少し和らいだ。
ーーコンコン。
扉を叩く音がした。




