たぶん、剣と魔法の世界②
ーーコン、コン……。
ーーコン、コン……コン、コン……。
遠くから扉を叩く音がする。目を開けるとそこはベッド。どうやら眠ってしまっていたらしい。
慌てて大きな声を出す。
「はーい!……どうぞ!」
少しの沈黙の後、扉がガチャリと音を立てて開いた。
顔を覗かせたのは長髪高身長のイケメン。ヒロインの攻略対象に違いない。
「失礼いたします。問診に参りました。」
低すぎない低音ボイスが耳に心地良い。
薄紫色の三つ編みを揺らしながら白衣をたなびかせる姿は、前にSNSで見た有名なブランドのコレクションのショー?を想起させる。美しい。
どうやら白うさぎの指示通り、お医者様が派遣されたみたいだ。ずいぶん想定外の美しさを引き連れて。
「お世話になります。よろしくお願いします。」
軽く挨拶を返すと、白うさぎ同様、お医者様も動揺を見せた。やはり発言がズレているようだ。「遅いわね!さっさとなさい!」くらい言わなきゃいけなかったのかもしれない。
部屋の端から椅子を持って近づいてくるお医者様を観察していると、問診という割に手に何も持っていないことに気づく。
彼は椅子をベッドの横につけると腰かけ、両手を下向きに広げた。
「では、始めます。」
途端、目の前が明るく光った。自分の体に沿っていくつかの魔法陣が浮かび上がっているのが分かる。
「魔法……!」
驚きがつい口から飛び出す。
たしかにドラゴンもいたな。……いたな!水の玉を纏ったドラゴンがいたな!!!
急な実感に襲われ、胸が高鳴りワクワクが止まらなくなる。
悪役令嬢とはいえ、ここは魔法が存在する世界。なんて楽しいんだろう!
どうにか死亡フラグを回避して、都会で優雅に生活したい!
前世での漫画を参考にするのであれば、本来なら「田舎でまったり」を目標にするべきなのは分かっている。それでも私は(体感だとついさっきまで)、電気ガス水道が自由に使える世界で快適に過ごしていたのだ。
だから、だから、なるべく都会で優雅に生活したい。
体に沿って浮かび上がっていた魔法陣は、それをベースに新しい魔法陣を展開したり、閉じたり、忙しなく動いていた。
お医者様に目を向けると、彼は微笑んで私を見つめた。
ちょうど終わる頃だったのか、微笑みの後すぐに、芸術のように美しい魔法陣が一つずつ花びらが落ちるように閉じた。
「レティちゃんから貴女の様子がおかしいと聞きました。私に……いや、誰かに、打ち明けたいような聞いてほしい話はありますか。」
まっすぐな視線で、しかし優しい表情で、お医者様が問いかけたその言葉に息を呑む。
微笑まれた反動で微笑み返していたが、今はどんな表情をしているのか自分でも分からない。
明らかにヒロインの攻略対象である彼に、転生なんて話をしておかしな目を向けられるのは困る。
しかしこの魔法陣での問診で得られた結果と私の回答を照らし合わせようとしているのだとしたら。回答次第ではそれこそ目をつけられるかもしれない。
「……レティちゃん……。」
「え?」
「レティちゃんって、言うんですね……。」
言いながら、涙が出た。
なんと答えればいいのか分からない。
自分がどんな状況なのか分からない。
ここがどこなのか分からない。
誰が味方なのか分からない。
なんであれ、死にたくない。
どうして私はこんなところにいるんだろう。
「前世の私は死んでしまった。」それだけが、今の私に分かる事実だった。




