たぶん、剣と魔法の世界①
目が覚めると、また知らない天井。……というか、天蓋が見える。
ーー生きてる。
頭に巻かれた包帯が、曖昧な記憶を確かなものにする。
あの会場で感じた生温かさは、どうやら自分の血液で間違いないらしい。
この世界で目覚めたのは何かの間違いで、別の世界での転生のやり直しをさせてくれるのかと思ったが、そうでもないみたいだ。
頭部以外には傷がないようで、天蓋のフリフリに似つかわしくないのはこの頭の包帯だけだった。
手元を見ると随分高そうな服を着せられていることが分かる。
レースのあしらわれたフリフリが重なり、男物のサンバ衣装を思い出させる。
踊るか寝るか以外は向いてなさそうな服だ。
そして天蓋が付けられているのはとても大きなベッド。
高いお金を払って泊まるホテルのベッド。
こういうホテルは朝食ビュッフェがたまらないんだよなあ。オムレツに何入れるかワクワクしたりしてさ。目の前で焼いてくれてさ。
寝ぼけた頭で思考を巡らせていると、小さなノックの後に扉が開き、メイドが姿を現した。
「失礼いたします……お嬢様!お目覚めになられたのですね!ご気分はいかがでしょうか?」
目が合うなり、メイドは小走りで駆け寄ってきた。その姿はまるで白うさぎ。なんとも愛らしいメイドが仕えてくれているようだ。
「おはようございます。気分は大丈夫です。ありがとうございます。あの、パーティ会場?で倒れてたことは覚えてるんですけど、今どんな状況ですかね……?」
話し始めた途端、メイドの顔つきが変わる。
瞬間、あーやっちゃったかもな〜と自分の行動を振り返る。きっとこの白うさぎは「お嬢様が別人みたい!」と思っているに違いない。
私は悪役令嬢なのだから、敬語は使わず、疑問系など言語道断。命令形にするべきだった。「おはよう。今は何時かしら。私が目を覚ますまでに起きたことを簡潔に説明しなさい!」みたいな。
いや、おはようもいらないかも。
とりあえず取り繕ったままの笑顔を保っていると、少し驚いた顔をしていた白うさぎがそつのない落ち着いた表情で話し始めた。
「はい、お答えいたします、お嬢様。お嬢様が倒れられてから二日経ちました。」
「二日……。」
「昨日はネリオドラノ家より婚約破棄の書状が届きました。こちらは現在対応中でございます。」
「ネリオドラノ家……。少し噛んじゃいそうな家名ですね。」
自分が悪役令嬢であることを忘れて素直に感想を告げると、またもや白うさぎは驚いた顔をした。しかし先ほどとは異なり、少し微笑んでいるようにも見える。
「お嬢様。いろんなことがあり、まだ混乱されているように存じます。お医者様以外は通さないようにいたしますので、本日はゆっくりお過ごしくださいませ。」
そう言うと、メイドはとても素早く無駄のない動きで朝食を持ってきた。
ビュッフェではないものの、目の前に広がるのは美味しそうな朝食。香りだけで幸せな気持ちになる。
では早速と、スプーンを取り黄色の鮮やかなオムレツを口に運んでみたが、なぜか喉を通らなかった。
残念な気持ちを飲み込み、飲み物だけを受け取ると、白うさぎは失礼いたしますとだけ言い残し、颯爽と部屋を出て行った。
転生後、唯一まともに会話をした彼女の名前を聞き損ねた。ーーというか、どうすれば怪しまれずに彼女の名前を聞き出せたのだろうか……。
記憶がないこと、転生者であること、どこまで話すべきなのか。
自分が悪役令嬢という立場である以上、味方とそれ以外はハッキリさせておかないといけない。今後の生死に大きく関係してくるのだから。
白うさぎちゃんは味方だといいなあ。
何もわからないまま、そして何もわからないことを告げられないまま、また部屋に一人になった。




