閑話:ルイス・チェルティの苦悩
その日ルイス・チェルティは胃薬を飲んだ。
王国騎士第二部隊騎士団長を務めて初めての出来事だった。
ルイスは若くして騎士団長を務めるほど、実力が高い逸材である。
肝も据わっており、頭の回転も速い。
どんな場面でも冷静に、最善の選択をして修羅場を潜り抜けてきた。
その姿に憧れて、第二部隊を希望する騎士が多いことは有名な話だ。
本人は知らないことだが、感情に合わせて表情がコロコロ変わるのも、人間味があって良いと噂になっている。
数日前に第一部隊騎士団長から呼び出しがあった。
呼び出し先へ向かうと、ソファに腰掛ける人物が二人。
第一部隊騎士団長と……なんと国王陛下だった。
慌てて背筋を伸ばすと、「公式ではないから気楽に」と、国王陛下が優しく微笑まれた。
「団長殿、これは一体……。」
戸惑うルイスに腰掛けるよう促したあと、第一部隊騎士団長が口を開く。
「カタブレア公爵家についてだ。ルイスにも協力してほしい。国王陛下には許可をいただいている。」
「……というと?」
公爵家の名前が出て、緩んでいた表情が一気に引き締まり、ルイスは仕事の顔になった。
カタブレア公爵家といえば、とても魔力の強いご令嬢がいる名家だ。ご令嬢の力については極秘事項であり、規格外と言われる彼女の力を見たことがあるものは数少ない。しかしルイスは知っている。その力がとても危険であることを。
「カタブレアのご令嬢に学園で問題が起きた。ネリオドラノ公爵家の次男が婚約破棄を申し出た上に、ご令嬢が意識を失うような怪我をしたそうだ。」
「命が惜しくないのか……。」
「ご子息はご令嬢の力を知らないからな。」
彼女の力を知っていれば機嫌を損ねるようなことはするべきではないし、そもそも機嫌の悪い彼女に近づくことを想像するだけでも背筋が凍るほどだ。
「調査や手続きは進めているんだが、彼女のことが心配だ。年頃のご令嬢が学園内で恥をかいて普通でいられるはずがない。」
「ああ、暴れたりしたら大変なことになる。」
「そこで、申し訳ないがルイス、彼女の様子を見てきてくれないか。君がこの手の仕事が苦手なことは分かっているんだが、他に対処できる者が今いなくてな……。」
冗談じゃない。機嫌が悪かったらと思うだけで近づきたいとは思えない。
しかし、国王陛下の御前でそのようなことは口にできない。それに、自分にも騎士団長としてのプライドがある。振られた仕事をこなせないで何が騎士団長だ。
「分かった。自分が引き受けよう。」
「ルイス、ありがとう。」
やりとりを穏やかに見守っていた国王陛下が、最後に告げた。
「学園を辞めてしまわないよう、ピアスを外さないよう、それとなく、よろしく頼むよ。」
***
カタブレア公爵家に着くと、カタブレア公爵は不在だった。しかし、ちょうどご令嬢が目を覚ましたらしいことを耳にした。
起きがけの中、きっとまだ混乱して怒りには達していないに違いない。失礼を承知で急ぎご令嬢の部屋へ向かう。
部屋に入ろうとすると、医者が診ている最中という。なおさら都合が良い。周りの目があった方が彼女も変な気を起こさないだろう。
制止を振り切ってノックをし中に入ると、ベッドの上に腰掛けるご令嬢が目に入った。
「お取り込みのところ、失礼いたします。王国騎士第二部隊騎士団長ルイス・チェルティです。突然申し訳ありません。お話があり参上いたしました。お時間をいただくことは可能でしょうか。」
すると、穏やかな顔をしていた彼女の顔が一変。鋭く声を上げた。
「レディの寝室に無作法に入室するなんて許されることではないわ!いくら騎士団の方とはいえ、力づくでも出ていただく必要があるわね!」
どうやら選択を誤ったようだ。
怒りを買ってしまったことに震え上がりそうになりながら、自分にできることを精一杯考える。
防衛本能が無意識に働き、気づけば腰に下げた剣を握りしめていた。
すると彼女は「なぜ剣に手をかけるのか。言うことを聞かなければ…….。」と口を開いた。
これはまずい。
ルイスは咄嗟に謝り、彼女の指示に従い別室に移動した。
恐ろしかった。手には汗が滴るほどで、甲冑の中は汗で冷え切っていた。
別室にてしばらく待機していると、ご令嬢に続き、公爵も椅子に腰掛けた。
話をしているうちに、彼女のことが少しずつ分かってきた。何を恐れていたのか。彼女に対する恐ろしい感情は消え去り、この力のあるご令嬢も、年頃の娘で、守るべき存在であると思うようになっていた。
公爵の退室後には、ご令嬢の怒りを買ってしまっていたことが発覚したが、なんと彼女の方からカリーナではなくカリナと愛称で呼んでいいと言ってもらえた。
なんと心の広いご令嬢なのだろう。
彼女の力ばかり見て警戒していたことを反省する。彼女は国のために、人のために、その力を発揮できる人物に違いない。
***
第二部隊内では、ルイスがカリナを褒めるようなことを口にすることが増えていた。
「カリーナ様ではなくカリナ様と呼んでいいと仰ってくださったんだ。」
その後、第二部隊内で名前に長音のある者は、それを取って愛称呼びする者が増えたらしい。




